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流刑人形の哀歌  作者: 無暗道人
遠き光
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3・運命の先

 第6節も半ばを過ぎた。都はそろそろ、花咲く季節に入る。

 変州(へんしゅう)軍と史上空前の大戦を行い、見事に敗れてから、もう五十日以上が過ぎている。

 今もこうしてエルモアの一族が都にいるという事が、サイモンにはいまだに信じられなかった。

 これは夢で、起きたら落ち武者として原野で寝ているのではないかと、毎日のように思う。

 あの大戦の後、変州軍は南へと転進した。消耗が激しかったのだろうが、力を取り戻したら、また都へ上って来るものと思っていた。

 しかし変州軍は、今はもう変州軍とは言えないほどまでに、その勢力を衰えさせている。

 あれほど奇跡的な勝利を重ねた軍勢だ。遠征軍と言えど、拠った炎州(えんしゅう)はウンベルト皇子やアクセル・イズミが、しっかりと心を掴んだ地盤だった。すぐにも盛り返して当然のはずだ。

 だが現実は、シェンゴンの軍勢は兵を失い、主だった将まで失い、滅びに向かって進んでいる。

 エルモア家にとっては喜ばしい事だが、何故だ、という疑問が尽きる事は無かった。


「一つ一つの理由は、いくらでも言えるだろう。しかし全体を見ると、それがあの若者の運命だったのだ、としか言えぬだろう」


 兄アーサーは、シェンゴンが滅びて行く理由をそう語った。その目は、どこか哀しそうですらあった。


「運命、では納得ができませぬ。それを言ってしまえば、我ら自身が生きるか滅びるかも、運命次第という事になってしまいます」

「そこの二人が今も生きている。それが運命ではなくて、何なのだ」


 そこの二人と言われた、ゴットフリート・ベルンシュタインと、ランス・ブライアンが肯いた。

 二人とも変州軍との大戦で重傷を負い、辛うじて一命を取り留めていた。ブライアンに至っては、一時は生死も行方も不明となったのだ。

 幸い、二将とも回復は順調で、遠からず前線復帰できるだろう。有力な将軍を二人失わずに済んだのは、確かに運が良かった。


「運命が人を支配しているのであれば、我らが戦ってきた意味は何なのですか」

「勘違いするな。人間が何を為せるかは、その人間の行動がまず決める事だ。その上で、どれだけ死力を尽くしても動かせなかったものを、後から運命と名付けて納得させているにすぎぬ」

「では運命とは、言い訳ですか」

「理由を付けられないものに付ける理由、だろうな。悪意を持って言えば、言い訳と言えるかもしれん」

「実際私は、あれを見たときに、自分は死ぬのだと思いました」


 ベルンシュタインが、左手で傷跡を押さえて言った。


「今、こうして自分が生きている理由は、どう考えても分かりません。そういうものは、運命と呼ぶしかないのでしょう」

蒼州(そうしゅう)の、赤い悪魔だったか? そんなものが本当に――」

「その目で見なければ、信じられないでしょう。なぜか知りませんが、安東(あんどう)家に飼われている様でした」

「安東家か」

「安東家当主の病は、重いのですか?」

「いつ死んでもおかしくない、と見る。あまり隠す気も無い様だ」

「そうですか。あれほどの将が、病で倒れますか」


 ベルンシュタインは惜しんだが、安東軍が途中離脱した事も、エルモア家にとっては幸運だった。そして、シェンゴンにとっては致命的な痛手だった。

 やはりこれも、運命と言う他無い、理由のつけられない事だろう。

 ニコラス・ヘイグが入ってきた。腹に矢を受けて、一時は都を騒然とさせたが、重傷には至らず、すぐに復帰している。


「殿。第6節9日に、我が方の軍勢とシェンゴン軍がぶつかりましてございます」

「また負けたか?」

「はい」


 シェンゴン軍とは、炎州各地で何度も戦を繰り返している。そしてその全てに負けている。エルモア方の軍勢は、ただの一度もシェンゴンに勝てないままなのだ。


「戦況を詳しく聞かせてくれ」


 ヘイグが、9日に行われた戦況を語り始めた。

 戦は、一千ほどの手勢を率いたシェンゴンが、こちらの軍勢の待ち受ける地域に侵攻してきて起こった。

 シェンゴン軍はまだ九千ほどの兵力を抱えているはずで、号令を掛ければ集まって来る兵もいるはずだが、この頃は寡兵での行動を続けていた。

 こちらの軍勢は二千五百。五百を伏兵とし、二千は意図を悟られないよう、陣形も組まずに散開して待ち受けた。

 シェンゴンは、六百ほどの兵をまず前面に出してきた。こちらの二千がシェンゴン軍を寡兵と見て押し包もうとすると、シェンゴンは全軍で逃げた。

 そのまま伏兵の五百も姿を現し、全軍での追撃戦になった。しかし、シェンゴンの騎兵が巧みに追撃を妨害して、敵を追いきれないまま走り続けた。

 そうして、2㎞ほど敵を追ったところで、シェンゴン軍が反撃に転じた。二手に分かれた騎馬隊によって、一瞬にして軍勢は三つに分断され、各個撃破されたという。

 シェンゴン軍を2㎞追撃した事で、始めは地の利を得た場所にいたが、不利な地形に誘い出されてもいた。


「勝てる。そう思わせられた時点で、負けていたな」


 アーサーが言った。

 寡兵のシェンゴンに、一方的に負け続けている。それは本来、許されない事のはずだった。エルモア家の威信に賭けて、シェンゴンを討ち果たさなければならない。

 そう思って、サイモンはシェンゴンの戦を分析する事を続けた。しかし、どう分析しても、勝つ方法が見つからない。

 詭計奇策を用いるのであれば、いずれ種も尽きるし、癖の様なものも出る。そこを突けば、勝てないまでも、負けない事はできる。

 しかしシェンゴンの戦術は、兵を三段に分けて自在に扱う、といった様に、単純にして変幻なのだ。

 今ヘイグが報告した戦で、自分が指揮を執ってシェンゴンと戦ったとする。やはり、前に出てきた寡兵を包囲しようとしただろう。

 包囲しようとしなければ、どこかの時点で陣形を組まなくては戦えない。陣形を組めば、どうしても伏兵を見破られただろう。伏兵を活かすためには、それを前提とした陣を組むしかない。

 見破られた伏兵など、意味がない。むしろ、逆手に取られかねない。つまり、伏兵を置いた時点で負け、という事になる。

 だが最初から全軍を正攻法で対峙させたとして、それで勝てるか。答えは否だ。まともなぶつかり合いで、エルモア軍の名だたる将達が負け続けたのだ。とてもではないが、正面からの勝負で勝てるとは思えない。


「兄上。我らとシェンゴンの戦いは、どういう形で決着が付くのでしょうか?」


 どんな敵を相手にしても、ある程度先の展開を予想する事は出来た。しかし、今度ばかりは、全く読めない。


「なるようにしかならぬだろう」


 シェンゴンは滅びる。兄がそれを確信している事は、なんとなく分かった。しかしサイモンには、本当にシェンゴンがこのまま滅びゆくとは信じられなかった。

 それこそ理由の無い。運命としか言いようのない事だった。


     ◇


 ユウキ・タダアキと合流した。


「またお会いできるとは、夢のようでございます。シェンゴン様」


 少し見ない間に、タダアキはすっかり老け込んでいた。


「タダアキ。残りの軍勢全てを連れて、変州へ帰ってくれ。私の下には、我が麾下だけで良い」

「そうですか。ついに、お帰りになりますか。それがよろしいでしょう」


 残っている軍勢は、一万を少し超える程度だった。

 兵糧の余裕ができるたびに、少しずつ兵を帰していった。残っているのは、最後まで帰る事を拒んだ者ばかりだ。

 それでも、山野に朽ち果てた兵は数知れない。


「充分とは言えないが、なんとか帰路の兵糧を集める事が出来た。これで、全ての兵を帰してやる事ができる」


 エルモア軍との戦いを重ねた理由の一つは、敵の兵糧を奪う事にあった。


「出立はいつになさいますか?」

「それは、タダアキが決めてくれ。私はもう少しだけ、ここに留まってやるべき事がある」


 タダアキがじっとこちらを見つめてきた。

 澄んだ目だった。限りない優しさと、深い哀しみに満ちている。


「承知しました」


 タダアキは、すっかり聞き分けの良い老人になっていた。何もかもを、諦めたのかもしれない。


「エステル殿も、今日まで良く戦ってくれた。タダアキ殿と共に、お帰りになると良い」

「シェンゴン殿。私の主は、あなたではない。あなたの命令は聞けない。私の主は、あなたを生きて連れ帰れと命じた。それを放棄するつもりが、私には無い」


 エステルの紅い目には、タダアキとは対照的に、一片の諦めも浮かんではいなかった。


「しかし、安東殿の事も心配でしょう」

「高星は死なん。死んだりするものか。だから、心配する必要など無い」


 本当は揺らぎ、強がっている。それが良く分かったが、何も言う事は出来なかった。

 第8節4日。タダアキ率いる軍勢が、東へ向けて立った。

 シェンゴンはそれを見送ると、残る一千の麾下を率いて西へ移動した。

 死ねなかった。無為に生き残った、という思いだけがある。いまさら生きたところで、自分に何をする資格があるというのか。

 戦い続けた。戦う理由は変わっても、いつも全力で戦い続けた。思う様にならなくても、何の為に戦うのか分からなくなっても、戦い続けた。

 悔いはない。自分は、何かに抗い続けた。何かを掴もうと、もがき続けた。

 ただ、人を死なせ過ぎた。死んで行った者達に、済まないという気持ちで一杯だ。

 十日ほど、各地を転戦して回った。四、五千の敵は、たやすく打ち破った。

 この程度の敵ならば、もはや相手にならなかった。麾下の兵が、二百騎の安東軍が、シェンゴンを死なせないために、力を出し尽くしている。

 シェンゴンはそれを、皮肉な思いで見つめていた。誰も自分を死なせてはくれない。彼らの思いが、より一層シェンゴンを切り刻んだ。

 自分が生きている限り、自分の為に誰かが戦い、傷つき、死んで行く。もう、終わりにしようと思った。

 ただ、自分の胸に剣を突き立てるような真似は出来ない。それは自分のために命を懸ける者達。そして自分の為に死んで行った者達に対する侮辱だ。

 それに蜘蛛の糸よりも細いが、まだ一つだけ望みはある。

 シェンゴンが一千を率いて転戦している事が、次第に知られ始めた。噂を聞きつけた者達が軍勢に加わり始め、五千近くまで軍勢は膨らんだ。

 噂は、エルモア伯の耳にも届いているだろう。シェンゴンの存在を、エルモア伯に知らしめるための転戦だった。

 討伐軍が都に集結し、南下を始めたという情報が入った。

 二十万の軍勢だった。

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