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流刑人形の哀歌  作者: 無暗道人
ひとまずの終章
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流刑人形の哀歌

 変州(へんしゅう)の東側は麦作地帯も多い、比較的乾燥した地域である。それゆえに、冬は乾燥した寒風が吹きすさび、気温以上に寒く感じる。

 この冬の変州で、薄着で過ごせる程室内暖房が効いた建物はなかなか無い。しかもそれが、変州有数、いや、国内でも有数の壮麗な城ともなれば、数える程しかない。

 そんな城の中を、着飾った若者が早足で歩いていた。いや、着飾っている様で、この程度は彼にとって平服である。


「父上、こちらに居られましたか」

「何の用だ、ティトウス」

「ただ今入った情報によりますと、アンドウ家の当主が長男の手にかかって殺された様です」

「なんだ、その事ならすでに掴んでいる。内乱にでもならぬかと思ったが、ひとまずは上手くまとめあげた様だ。まあ、この時期に戦はできんが」


 若者の名は、ティトウス・コルネリウス。そして彼の父親がコルネリウス公爵家の当主、ルキウス・コルネリウスその人である。


「親殺し! 全く蛮族らしい蛮行だ。お前もそう思うだろう? ヴァレリウスよ」


 コルネリウス家の一族の一人であるヴァレリウスは、ルキウスとティトウスの丁度中間程の歳である。一族に今は他の成人した男子はおらず、この三人がコルネリウス家の中枢である。


「ルキウス様、お言葉ながらその発言は、人前では為されぬ方がよろしいかと。都での騒乱に(から)めて捉えられる恐れがあります」

「嘆かわしい事だ、アウストロ一門とあの女を除くのはいいが、陛下まで(しい)すとは。だがそれは言っても(せん)無き事、我らのお役目は何があろうと揺るがぬ」

「父上、では」

「全ては帝国と皇室の安寧のため、そのために我が家はこの変天属州を抑える。不穏な事を(たくら)む輩は、誰であろうと討ち滅ぼす。お前達も覚悟をしておけ」


 二人の返事が重なる。時代は、戦乱へ向けて加速していた。


     ◇


「……様、……ん様、……リョウシュン様」


 目が覚めた、今日はこの季節には珍しく暖かいのでうたた寝をしていたらしい。儂も歳かと髪の無い頭をなでる。


「リョウシュン様、お伝えしたき事があります」


 身の回りの世話をさせているいつもの女官ではなかった、かつて帝都の闇を暗躍させていた者達の(かしら)だ。


「久しいな、お前が来るとは何があった?」

安東(あんどう)家の当主が替わりました」

「殺されたのか?」

「はい。嫡子、高星(たかあき)の手によって」

「そうか、あれも愚かな男だった。愚かなりに努力をして、愚か故に努力が全て悪い方へ出る男だったな。運の無い事だ」


 言いながらも頭の中では、急速に情報の整理がなされていた。まだ若い安東家の新当主がこの時期にクーデターを起こしたとなれば、その目的はまず間違いなく戦だろう。それも生き残るために、絶対に負けられない戦に挑む気だ。


「どうやら、思ったよりも早く乱れそうだな。それとこの時期に事を起こすとは、大した慧眼(けいがん)だ。なかなか侮れぬ若者の様だな」

「いかがいたしましょう?」

「明日、政庁に出る。そう伝えておくように。それと、今後はまた呼べばすぐに出られるようにしておけ」

「御意」


 そういって、音も無く消えた。この十年で腕は鈍っていないらしい。

 十年、長かった様な気もするし、短かった様な気もする。霊帝の下で(ぬえ)(きょう)のあだ名で恐れられた自分を捨て、家督も譲り、寺院に入り、名も捨てて新たにリョウシュンと名乗った。

 寺院に入るとき、古式に乗っ取って頭を丸めたら、今時そんな事をする者はいないと笑われたが、この方が思い切りがついて良かった。

 全ては四十年前の若者だった頃の野望を追うためだった。あの頃は天下への野心を(たぎ)らせた。だがそれは安定した治世の下で、一歩踏み出す事も無く捨て去った。そして今や霊帝と贈られた帝への忠誠のために生きた、それはそれで心地よかった。

 だが十年前に霊帝が亡くなられた時、はっきりと乱世の予兆を感じた。だから、乱世に備えるために公式の身分を全て捨てた。それは間違いではなかった。

 今更若い頃の様には夢を追えない事は解っている、自分の限界も知ったし体力も衰えた。だが老人には老人なりの野望と戦い方があっていいはずだ。

 すでに、戦いは始まっている。


     ◇


 情勢は、目まぐるしく動いていた。1節と少し前に、ついに属州総督が帝国軍の名で攻めてきた、蹴散らせる自信はあったがその前に敵が退却してしまった。

 何故だ、と(いぶか)しむ内に、皇帝殺害の報が届いた。疑問は氷解したが情勢は難しくなったと言って良い。

 だが不安は無かった。むしろ、こうでなくてはという思いがした。自分の力がどこまで通用するか確かめ、天下と後世にどれだけ名を轟かせる事が出来るか挑戦する。

 男子に生まれた身としては本懐と言って良い。そして、それには乱世の方が都合がいい。墜ちるときは、ただ地の底まで墜ちて死ぬだけだ。


「ナリチカ様」

「おう、ミツツナか。どうした?」

「安東家で変事があり、高星殿が当主の座に就いたそうです」

「高星……ああ、あの密書の主か。一度会ってみたいと思っていた男だ、これは意外に早く会えるかもしれんな」

「では、やはり」

「ああ、これ以上皇室に頭を下げる気はない。そもそも、今やその価値もあるか怪しいものだ」

「ならばこのノギ・ミツツナ、殿の片腕となるべく、死力を尽くしましょう」

「おう、これからも頼むぞ」


 頼むぞを言い終わらないうちに、板張りの床を走る低い音が近づいてきた。それも一人ではない様だ。


「殿! 殿ー! 大変ですぞー!」


 勢いよく開けられた襖が大きな音を立て、反動で少し閉まる。


「うるさい! マサツグ、お前もシュヤ家一族の将ならば、もう少し落ち着きを持たぬか」

「あ、ノギさんも居たのですか」

「居たのですか、ではない。お前と言う奴は、どこに居ても騒がしいのだな」

「まあまあ、物静かなマサツグさんなんて気持ち悪いですし、そこは大目に見てやりましょうよ」

「お前が言うな、サイフク! どうせお前が(あお)ったのだろう。それと、その派手な格好は何とかしろ、見ていて目が痛くなる」

「時間と場所は弁えてるから良いじゃないですか。ノギさんもそんな堅苦しくしていたら、人生つまんないですよ」

「私までお前達の真似をしたら、誰も止める者が居ないのでな。ナリチカ様も含めて、皆少し自由すぎるのだ」


 カリカリと怒るミツツナを、ナリチカが笑ってなだめる。


「まあまあ、サイフクの言葉ではないが、これで皆『らしい』のだから、そのくらいで許してやれ。それでマサツグ、何が大変なんだ?」

「そうでした! 殿、大変なのですよ! 安東家の当主が殺されて、息子に替わったらしいです!」

「知ってる、さっきミツツナに聞いた」

「あ、あれ……?」

「その様子では(ろく)に裏付けも取らずに駆け込んできたな? その上、情報が遅いとは、全く……」


 タカツナは軽く頭痛を覚え、頭を抱えた。


「まあ俺は、ミツツナさんが殿に報告に行った事も知ってましたけどね」

「おいサイフク! それならなんで教えてくれなかった!」

「その方が面白そうだし」


 悪びれもせず、ニシシッと笑い声をあげる。


「ま、なんにせよ俺達は俺達の考えで動く。誰の手先にもなる気はない。その上でどことどういう関係で行くかは、相手の出方次第だな。マサツグ、サイフク、お前達は兵をみっちり鍛えておけよ」

「お任せください!」

「御意に」

「ミツツナ、お前は都の動きに気を配れ。変州、蒼州(そうしゅう)は俺が見る」

「はっ」

「さあて、まずはどこが動くか?」


 窓を開けると、鉛色の低い雲が早く流れていた。冬の嵐が迫っている。天にも、そして地にも。


     ◇


 雪が舞っている。雪は良い、心の中まで覆い、真っ白にしてくれる様な気がする。

 引っ越しが大方済んで、三年ほど暮らしたこの屋敷も空になってしまった。今後は名称こそ安東家下屋敷となるが、実際には使い道も思い当たらないので、しばらく空き家となるだろう。


「そんなところに居たら、風邪をひくわよ」


 銀華(ぎんか)が火鉢を持ってきてくれた、流石に指先が冷えていたので早速あぶる。じんじんと痺れるような心地がする。


「銀、いいか?」

「なに?」


 無言で、銀華の膝に頭を預けた。頬にぬくもりを感じる。


「辛いの?」

「虚しいのだ」

「父親を……殺した事?」

「違う。むしろ、父を殺した事が全く悲しくない事が、(たま)らなく虚しいのだ。結局、父も母も、血の繋がりがあると言うだけで、父や母になってくれなかった。それが、(たま)らなく虚しいのだ」

「……ごめんね。私はあなたの母にはなれないから、何もしてあげられない」

「いや、その方が良いのかもしれない。銀は、私にとって親以上に、唯一無二の存在だ」

「いつでも、こうしていいのよ」

「そうはいかん。私は棟梁なのだ、他人の前ではいつでも毅然(きぜん)と、完璧な存在でいなければならない。これから皆が命を()ける中で、最後に頼りにするのは私の存在なのだから」

「だから、二人だけの時はいつでも、ただの安東高星で居ていいんだからね?」

「……そうだな。そうさせてもらおう。……だがやはり怖いよ」

「これからの戦いを思えば、無理も無いわ」

「それもあるが……私は本当に自分の意思で行動したのだろうか?」

「高星らしくないわね。運命に全てを決められているなんて、認めたくないんでしょう?」

「その思いは変わらない。だが、我らはこの四百年で恨みを積もらせ過ぎた。私は自分の思いを遂げるために行動したはずだが、実は怨念に突き動かされただけかもしれない。

 実際、私の中に復讐心は確かにあるのだ。あの男に対してだけではない、皇室、帝国……否、この現状を肯定するこの世界全てに対して、復讐心が確かにあるのだ」

「なら……復讐心に心が焼かれる前に、私が貴方と一緒に焼けて死ぬわ。そうして止める」

「そうか……そうしてくれ。もし、その時が来たならば」


 頭を預けたまま、ぼんやりと空を眺めた。薄い雲の向こうに、すでに冬のものとなった低い陽が、白い光をたたえている。


「なあ、銀」

「なに?」

「私にとって、お前は太陽だよ」

「あら、暖かくて、明るく照らしてくれるって事?」

「眩しすぎて、直視できないと言う事さ」

「それでもいいわ、そこに居て当然の存在で居られるなら」


 遠くで数人の声が聞こえた。即座に身を起こし、雪を被った庭の松を眺める。案の定、彼らがやって来た。


「おう、エステルに、ジャンに、イスカに、(みさお)に、紅夜叉(べにやしゃ)も、(そろ)ってお出ましか」

「子爵、引っ越しの方は大体片付いたぞ。それで、気になる事があるんだが」

「この屋敷をどうするか、か?」


 この屋敷で暮らした時間が一番短いジャンでもそれを気にするあたり、この止まり木での暮らしは心地よいものだったのだろう。


「使い道が無いので空き家になるが、たまに掃除くらいはさせておく。使いたかったら好きに使える様にしておいてやるよ。もっとも、そんな余裕も無い日々になるかもしれんがな」


 どんなに心地よくても、止まり木は止まり木だ、安住の地ではない。安住の地は、これから自分達の手と、血で勝ち取らねばならないものだ。


「さて、行くぞ。遅れるやつは置いていくからな」

「はい、子爵」

「あー……それな。私はもう帝国の諸侯の一人でいるつもりはないから、子爵と言うのは止めてくれ」

「じゃあ……なんて呼びましょう?」

「私達は異民族だ、ならばそれらしい呼名がある。棟梁、と呼べ」

「はい、棟梁!」

「よろしい、さあいこうか。世界と、運命と……全てに戦いを挑みに、な」


 高星が、それに続いてエステルが、ジャンが、イスカが、操が、紅夜叉が、そして一番後ろで銀華が、開け放たれた門の外へと踏み出した。

 誰かの流した血の上で、ようやく彼らは出発点に立った。


――終――


 物語はまだまだ続く、むしろこれからが本番の様なものですが、とりあえずここで一区切り。始まりの物語の終わりです。

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