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流刑人形の哀歌  作者: 無暗道人
新棟梁の治世
20/366

1

新章突入。まずは安東家の新たな日々から

 牧(まき)に犬が放たれる。

 百匹という数の犬が、一斉に広大な柵の中に広がる。会場の興奮が高まる中、選手である三十六騎の騎士達の顔は真剣そのものだ。

 安東(あんどう)家騎馬隊の恒例行事、春の犬追物(いぬおうもの)大演習がいよいよ始まる。ここで最高の成績を残すことが、安東家の長弓弓騎兵部隊にとっては、戦場での武勲に次ぐ栄誉である。

 他より一段高く作られた特別席からは会場全体が一望できる、ジャンがこの席に座れている理由は自身には無く、隣に座っている人のおかげだ。

 安東(あんどう)高星(たかあき)。異民族アラハバキの民の棟梁にして、ジャンの仕える主(あるじ)。10節程前、高星が今の地位を手に入れるための戦いにジャンも微力ながら参加して以来、従者の様な立場で仕えている。


「ジャン、競技の説明をしてやろう」

「お願いします」

「犬追物は騎射三物と呼ばれる騎射の鍛錬のうち、最も実践的とされている。百匹の犬を的に十二騎一組の騎兵が三組同時に牧(まき)に出て、競い合う」

「棟梁は流鏑馬(やぶさめ)の達人ですが、こっちの腕前はどうなんですか?」


 ジャンより七つ年上、今年二十四歳の高星は、誰もが認めざるを得ない凄腕の持ち主である。ジャンも一度見た事があるが、軍の中でも騎兵からの支持が厚いのも納得の腕前だった。


「そうだな、これは集団戦になるから個人の技能だけでは成績は残せない。四十本が良いところだろう。上位にも入れないな」

「四十本?」

「ああ、犬追物の成績のつけ方だ。頭や心臓など急所を射抜いて即死させたと判定されれば『一本』、それ以外の部分に当てて即死しないと判断されれば『技あり』、当たり方が悪いなど軽傷と判断されれば『無効』、技あり2つを一本として扱い、最終的に一本がいくつあるかで成績を競うのだ」

「犬も選手も走り回っている状況で、判別できるのか?」

「そのために一組に正副二人の審判が同行して、競技中に紅白の旗で判定を出す。一本が赤、技ありが白、審判の判定が異なったら正審の判定を採る」

「なるほど」

「ちなみに矢は鏑(かぶら)という、笛でもある被いを着けているから、犬を傷つける事は無い」

「大体理解した。しかしそれなら同じ犬を何度も射れるんだろう? 棟梁ならもっと好成績を残せそうなもんだが」

「言っただろう、これは個人競技ではなく、集団戦だと。十二騎が連携をして犬を追い込まないと、まともに当てる事も難しいのだ。そういうのは常日頃から息の合った動きができる様に鍛えたチームだからできる事だ」

「一人が凄腕でも駄目なんだな」

「実戦と同じだ、どんなに強くても一人の兵士は一人でしかない。例え一人で二十人を斬り伏せる事が出来ても、何千と言う軍隊が相手では蚊が刺した程でしかない。部隊の中に組み込めば大きな価値を持つがな」


 高星が言っているのは、一般論でありながら特定の人物を指している事はすぐに解った。

 紅夜叉(べにやしゃ)。ジャンと同い年でジャンより一年先輩の、あの狂った赤鬼の事を暗に言っている。それは高星と一緒に暮らした事のある人間なら、皆すぐに解る事だ。

 それを踏まえて今の言葉をもう一度考えれば、どんなに紅夜叉が強くても、これから戦わなければいけない戦争の中では一人の兵士でしかない。紅夜叉の強さは仲間の協力があって初めて大きな価値を持ち、高星の力になると言う事だ。

 そう理解しながらも、ジャンは紅夜叉の事を仲間と呼ぶのにやや腹立たしいものを感じた。

 ゆえに高星がジャンに、紅夜叉と仲良くやれと暗に言った事に対して。決して嫌いではないのだが、正直それは難しいと思った。


「お、始まったか」


 高星の声と会場の歓声で意識を引き戻された。牧(まき)の中を騎兵が疾走し、犬を追いたて、一ヶ所に追い込んでゆく。しかし犬は僅かな隙間から素早く囲みの外に逃げ出したりして、なかなか手強い様だ。


「走ってる犬を射るのはなかなか難しそうだな」

「だが流石中小国(なかおくに)隊長だ、良い鍛え方をしている。これなら実戦でも頼りになるだろう」

「棟梁の目から見たら、やっぱり解るもんですか?」

「言っただろう、最も実践的だと。我が家の騎馬隊は今見える通り、十二騎一組を基本単位として動く。三組三十六騎を小隊として小隊長を置き、三個小隊百八騎と三小隊長を中隊として中隊長を置き、三個中隊が一個大隊にして我が安東家騎馬隊の全軍だ。すなわち総勢三百十六騎と十三騎の士官だ。

 つまり、これは実戦と全く同じ形式での演習なのだ。違いと言えば相手が攻撃してこないくらいか。騎兵の戦を知っていれば犬を敵の騎兵と見立てて、今のは後ろを取られたとか、今のは上手く敵を断ち割ったとか、そういう事が解る」

「俺に解る日が来るかな」

「ジャンは、騎兵を率いる将になりたいのか?」

「いや、別にまだどういう立場になりたいとかは無いんだが」

「なら、あまり気にするな。将としての才覚を身に付ける事を目指すのはいいが、今のお前の言葉には卑下とあきらめを感じたぞ。誰もが最初は無力なのだ、高みを目指す事を忘れてはならないが、今の無力に卑屈にはなるな」

「はい」


 そう答えたものの、やはり今のジャンには、どうしようもなく役立たずだという思いがぬぐえない。何せ少し前から新兵の教育部隊に配属されて、基本的な武術や軍事関連の知識を学び始めたのだ。

 それ以前から、高星が僅かな時間を見つけては断片的にだが色々と教えてくれたし、昔読んだという本も貸してくれた。だから去年よりはましにはなっていると言えるだろう。

 だがそれでも、周囲と比較すると天と地程の開きがある。それを実感するたびに身を斬られる様な思いがする。苦しくなってそんな事を口にしたら高星に、他人と比較して自分を描くな、と叱られた。


「さて、最後まで見ていたいが、私は政務があるのでこの後途中で行かねばならん。ジャンはどうする? 最後まで見ていくか、お前も途中で抜けるか」

「俺は……せっかくなので、最後まで見ていこうと思います」

「そうか、ではゆっくり見物していくといい。本当は私自ら精兵を鍛えたいところだが、そんな余裕も無いのは残念だ……。

 まあ、あの動きを見る限り、中小国に任せておいて大丈夫の様だし、そこは割り切るか」


 高星の頭の中では、あの騎兵を率いて戦場で勝利するための戦術を無数に巡らしているのだろう。その時は近いのか、遠いのか。そしてその時、何ができるのだろうか。


     ◇


 昨日の犬追物大演習は大盛況のうちに終わった。

 細かい部分は解らなくても、六十本以上の成績を残す組が上位に並ぶ接戦は見ていて体が熱くなった。

 最終的に七十二本と言う成績を残した組が優勝し、最高の栄誉と、多額の賞金と、15日間の休暇を手にしたらしい。


「おーい、ジャン! なあ、ジャン!」

「うるさいな、何の用だ、陶明(とうめい)」


 騒がしく話しかけてきたのはジャンより三つ年下の新兵仲間、陶明だ。知り合ってまだ間もないのだが、いつも誰に対してもこの調子の、典型的な陽性人間だ。


「昨日の大演習見たか、凄かったよなー。俺もあんな風になりたいぜ」

「お前、水軍志望じゃなかったか」

「それはそうだけどほら、水陸両用ってことで」

「なんだそりゃ」

「良いだろ、陸戦も水戦もできる名将目指したって。それよりジャンは特等席で見てたんだろ」

「まあ、一応」

「いいよなー、流石高星様の従者は違うなー。俺も討ち入りがあるって知ってたら駆けつけたのに」

「いや……お前も大概だと思うが……」


 この陶明という少年は、去年まだ安東家の当主が高星の父親だった頃のシュヤ家攻撃の際、自前で剣と鎧を用意して勝手に軍勢に紛れ込み、付いて行ったというとんでもない奴だ。

 なんでも名将として名を上げるのが夢で、手柄を立てて見せようとしての事らしい。

 当然、見つかって捕まえられたが、高星は怒るよりも呆れたそうだ。話によると陶明は、そこで初めて志願して兵士として雇ってもらえる事を知ったらしい。まさに馬鹿である。

 そんなこんなでこの春から正式に新兵の一人として安東家の家来になり、同じ新兵教育部隊で学ぶ事になった。


「それで、何か用があるんじゃないのか?」

「そうだそうだ、昨日の演習を高星様はどうな風に評価してたか聞かせてくれ。あとジャンの意見も聞きたいな」

「棟梁はともかく、なんで俺の意見なんか?」

「だって、その歳で高星様の従者なんてしてるくらいだから。何かあるんだろ?」

「何も無い。俺はただくっついてるだけの飾りだ。他の連中と変わらない」


 配属されて初めて知ったが、ジャンの歳で新兵として一から学ぶ者は珍しくない。陶明の様にもっと若い者らもいるが、そういうのは大抵、親も軍属で自然に同じ道を選んだという者が多い。

 それ以外の、武器を執る事とは無関係の家の出身者では、ジャンと同じくらいの歳になって初めてこの道を選んだという者の方が多い。

 早いうちから入隊した者だと、ジャンと近い歳で実戦に出る者も居る様だが、それも大抵は後方での警護で、最前線で戦う事はめったに無いと言う。

 つまり、紅夜叉やイスカなどは、いかに規格外だったかという事だ。ただ彼らと親しいせいで、ジャンも規格外の一員と思われている節があるようだ。


「まあ、棟梁が言ってた事なら、少ないが話せる」

「十分十分! それで頼むよ」


 目を輝かせて迫ってくる陶明に少し気圧され、ついでため息が出る。こいつの相手は疲れる。そう思いながらもポツポツと昨日の事を話し始めるのだった。


     ◇


「お前達、いつまでも話していないで早く席に着け」


 聞きなれた声に諌(いさ)められて、ようやく陶明の質問攻めから解放される。前に向き直ると、教壇に立つエステルの姿がある。

 白銀の長い髪、血の様に紅い目、透き通るような肌。見慣れているとはいえ、こうして注目するとやはり美しさが際立つ。

最も、それは本人にとって必ずしも好ましい事ではないものに由来する。


「私はエステル・ハーカー。安東家当主である高星の副官をしている。今日の座学は私が魔術についての基礎知識を教える事になっている。

 私もあまり時間が取れる訳ではない、次が何時になるかは解らないからしっかりと覚えておく様に」


 威勢のいい返事があがる。流石、新兵だけあって初々しいなどと思ったジャンは、次いで自分の方は枯れ過ぎかもしれないとも思う。


「では講義に入る。魔術とは魔力を使用して様々な現象を起こす技術の総称だ。故にまず魔力の説明から始めよう。

 魔力とは生命を維持するのに必要なエネルギーの一種で、生物ならば全ての者が持っている。ただし魔術を使用するのに最低限必要な魔力量を1とすると、生命維持に必要な最低限の魔力は0.01といったごく微量なものになる。

 そのため実際に魔術を使用する事が出来るのは、生まれつき魔力量の多い者に限られる。鍛錬によって魔力量を増やす事もできるが、前述の通り生物として必要な量が少ないので、鍛錬しても魔術の使用には不足である者の方が多い。

 俗に『魔術師としての力量は、生まれ持った才能で決まる』と言われるのは、完全に正しい訳では無いが、この点においては事実を端的に表している」


 エステルが魔術を使えるのは生まれつき魔力が多いから、自分が使えないのは魔力が無いのではなく少なすぎるからなのか、と講義を聞きながら頷く。

 エステルは、魔術を使う度に自分の生まれを意識してしまうのだろうか。それとも、そんな事はとうに何も思わなくなっているのだろうか。ふと、そんな事を考えた。


「さて、いくら魔力があってもそれはそのままでは何も効果を発揮しない。

 魔力はそれ自体ではただのエネルギーであり、せいぜい放出した魔力で物体を動かしたり、衝撃を与える程度だ。それも小回りは利かず、桶の水をぶつける様な大雑把な働きしかできない。

 魔術を使用するには、古来より様々な手段がある。呪文を唱える、魔法陣を描く、文字として記述するなどだ。いずれもただ唱えたり、書いたりするのではなく、そこに魔力を流し込む事で魔術となる。

 しかし現代ではこれらの古い方法はごく少数の例として使われるのみとなっている。現代の魔術の主流は、使用者の意識に構築式を展開して、そこに魔力を流すことで発動するものだ。それを補助する手段として、古い方法が併用されることもある」


 魔術を使うと言えば呪文を唱えるイメージがあったが、それは古いやり方の様だ。思えばジャンの魔術のイメージ自体、昔話などに由来するものだから古いのも当然と言えるかもしれない。


「構築式については専門的になるのでここでは省く、ただ構築式は数学でできているという事は知っておいて欲しい。

 帝都の魔術大学は魔術師ではない学生の方が多いが、これは数学の最高権威でもあるからだ。さらにあそこには錬金術、つまり魔術を使用した科学も取り扱っているため、純粋な科学を学ぶ者も多い。

 ときに魔術師は、魔術よりも数学者・科学者として重んじられる事も多いのだ。実際、政府機関・魔法庁によって1級魔術師認定を受けた国内最上級魔術師の中には、魔術よりも学者として優れた論文を発表した事で認定を受けた者もいる」


 魔術師は魔術師としてではなく、学者として重んじられる事も多い。意外だが、考えてみれば納得のいく事だ。なにせ、ただ魔術師であると言うだけでは生活できるはずがない。

 魔術師だって生活の糧を得なくてはならない、そうなればどこぞの貴族等に雇われるか、仕事をするしかない。

 雇われるにしても、自分で仕事をするにしても、それは魔術が使えるからではなく、その魔術で何か報酬を得るに足る事ができるからだ。それは魔術を専門技術に置き換えれば職人と何ら変わりない。

 そして高い知識を持つ上級魔術師ならば、その知識を武器に学者として身を立てるのは王道とも言えるだろう。


「さて、ここからは現在の魔術体系の基礎の説明に入ろうと思う。一口に魔力と言っても個人差があり、魔力の種類によっては使用できる魔術に違いがある。

 現在では魔力を五種類に大別している。それぞれシンボルカラーで分類されており、白・黒・赤・青・緑の五種になる。

 昔は火・水と言った属性として区別していたのだが、魔術の発展によって火と呼ぶのは不適切な魔術、例えば電気や物理的な破壊と言った現象が増えたため、色で呼ぶ様に変わったのだ。

 各色の特性を簡単に説明すると、白は抑制を得意とするとされ、自分への影響を抑制する加護を与える事ができる。守りの魔術だ。

 治癒魔術もあるがこれは傷口の化膿等を抑制するなど自然治癒を助けるものだ。残念ながら現在の魔術では、直接的に傷を癒す技術は確立されていない。

 治癒を早めた結果、魔術で傷を治した様に見える事はあるが、自然治癒の能力を超える重傷を治す事は出来ないのだ。

 次に黒は減衰を得意とし、白の加護とは逆に相手に呪いを掛ける事を得意とする。直接的な手段に依らず相手を害する事が出来る為、忌み嫌われた時代も長い。

 この2つは魔術の中でも最も古い分類であり、それだけに研究の進んだ強力なものも多い。ただしやや古風なものという認識もあり、それも謂れ無きものでもない。要は対策も研究されつくしているのだ」


 世に言う白魔術・黒魔術と言うものである。ジャンにも聞いた事くらいはあった。


「赤は活性の魔術だ、火・電気と言ったエネルギーの活性。身体の一時的な強化等を得意とする。ただし安定性に欠け、恒久的な維持は難しい。

 その性質から最も軍事転用されている色でもある。しかし対物特化しすぎていて、自分が魔術の対象にされた時は為す術が無いと言う事も珍しくない。

 青は特殊は魔術が多い。精神と知性の発露とも言われ、ひとまとめにできないほど多種多様な魔術が開発されている。が、反面大きな現象を起こす事は不得手で、使用魔力に対して割に合わないとも言われる。

 緑は自然由来の魔術だ、生物としての力を引き出す事に長けている。赤に比べると恒久的な身体強化や、不自然なもの、即ち魔術に対する耐性等ができる。反面、肉体を超える事は苦手で、魔術らしくない魔術とも言われる。

 以上、五種類の魔術の基本的な特性だ。ここにいる皆はあまり深く関わる機会は無いと思うが、基礎知識はしっかり押さえておくように。今日の講義はここまで」


 教壇のエステルに向かって礼をしてから、机の上に目を落とす。講義の内容をびっしり書き込んだ紙が今日の成果だ。

 質の悪い紙だが安くは無いのだ、進んでしている事とはいえ、紙代を自弁しなければならない事を思うとため息が出るジャンであった。


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