3
屋敷に戻ると高星は疲れたから寝ると言い残して自室に籠ってしまい、夕食の席にも現れなかった。エステルが久しぶりに全員揃って食事ができると思ったのに、とぼやいていた。
「皆、この後少しいいか?」
高星が居るが居ない夕食もそろそろ食べ終わる頃、エステルが皆を呼び止めた。
「なんですかお嬢?」
「うむ、ここ数日の騒ぎも一段落し、帝都での内乱に関する情報も大方集まった。高星はこの件に関して『それぞれ自分の身の振り方を考えて欲しい』と言っていた。
だからここで一つ、私達の置かれている状況を改めて確認し、今後どうするべきかについても考える場を設けるべきだと思う」
口々に賛成の声が上がる、ジャンも置かれている状況の理解度では、この中で最低に属するだろうから、こういうのはありがたい。
「ではこの後ここで状況会議を始める、資料を用意するからその間に休憩を挟んでで構わないな?」
特に異論も上がらず、会議の開催が決定した。
◇
「さて、ではこれより私達の置かれている状況を確認し、今後の方針について検討する状況会議を開催するが、欠席は食事当番組と……銀華さんはどうした?」
「姉御でしたら、若が夕食も食べてないので、そっちの様子を見に行くので欠席すると言ってました」
「そうか、遅刻者が居ない様ならこのまま始めるが誰か遅れている者は?」
無言が参加者全員揃っている事を示す、もちろんその中にはジャンやイスカ、操、紅夜叉も居る。
「さて、すでに説明するまでも無いが、去る20節3日、帝都で内乱が勃発した。片や皇帝を擁する外戚アウストロ一門の軍勢およそ八千五百、片や皇族中最大勢力を誇るペルティナクス大公の軍勢およそ一万が激突した。
その結果はアウストロ一門側の失策もありペルティナクス大公が勝利、皇帝皇后他アウストロ一門とその派閥に属する多くの貴族・大臣が死亡または逃亡した。
現在帝都と帝位は新帝を擁立した大公の支配下にあり、大貴族であるユアン公爵をはじめ、反アウストロ派を中心に新政権の支持を表明している。
が、現段階ではまだ大多数は様子見の姿勢でいる。それは高星の属する安東子爵家も同様であり、非公式ながら高星の家臣の様なものである私達もそうだ。
だからできるだけ早く現状を正確に把握して、これからの方針を決定しなくてはならない、ここまではいいか?」
何人かが小さく頷いたり、うむと漏らしたりする。その中でイスカが明確な声を上げて質問をする。
「それはいいが、現状を把握と言っても一体何について知ればいいんだ? ここは帝国領内でも北の辺境だ、あまり都の事件が直接関わるとは思えない」
「良い質問だ、確かに帝都での事件が直接及ぼす影響は少ないと言っていいだろう。帝都に関して大事なのは、新政権は旧政権の様な帝国全域に及ぶ支配力を持
っていないという事だ」
「そうなのか?」
「クーデターに成功したと言ってもアウストロ一門は健在だ、また武力による皇帝の殺害とすげ替えに賛成しない者も少なくは無いだろう。
新政権の影響力は今のところ、賛同し協力を申し出た勢力に対してのみ存在する。ならば新政権の当面の課題は、いかにして旧政権の残党や反対派を抑えて確
固たる支配権を確立するかであり、その他の事に力を割く余裕は無い。
さらに支配権を確立するにも、近い所から手を付けて足元を固めざるを得ない。ならば帝都から遠く離れたこの変天属州はどうなる? 操、答えてみろ」
「えっと、新政権は周りを固めるのに忙しくてこちらに構ってられないし、反対派は対新政権の用意を整えるのに忙しいでしょうから、そのどちらでもない勢力
は、ほったらかしにされるという事ですか?」
「その通りだ、私達はほったらかしにされる。それは即ち無秩序状態になるという事であり、私闘を始めても介入される事は無いと言う事だ」
「つまり……野心を持った勢力がここぞとばかりに動き出すという事ですか?」
「そうだ。そして戦乱が巻き起こった時、安東家にはそれに巻き込まれる原因となるものが二つある。なんだか解るか?」
「戦争に巻き込まれる原因……? お金、ですか?」
「まあ正解だ。正確には金を生む安東家の経済力だな。
積極的に戦争を仕掛けるにしても、専守防衛主義を採るにしても、潤沢な資金があれば軍備の増強、政治的工作、内政の拡充といいことずくめだ、これを掌中に収める事ができればとは誰もが思うだろう。
そして実際に収められるか否かに関わらず、収められると思えば、場合によっては展望の無いままでも手に入れたいという思いだけで、安東家は獲物として狙われる事になる。
これが第一の原因だ。では第二の原因が解る者は?」
しばらく皆が考え込む、ややあって誰が言ったのかポツリと声がした。
「軍事力……を手に入れる事ですか?」
「正解だ! 皆はあまり自覚がないかもしれないが、安東家は帝国初期に帝国軍と死闘を繰り広げた異民族の末裔で、その精強な軍事力で恐れられた存在だ。
だからこそ殲滅を断念し、子爵の位を与えて懐柔せざるを得なかった。当時の記憶は半ば伝説化して今も受け継がれている。
ならばその精強な軍勢を配下にする事ができれば? 四百年を経て昔日の勢いは無い今の安東家ならば征服できるのでは? そう考える者が居たとしたらどうだろう、やはり安東家は獲物として狙われる事になる」
「そうは言っても本当に今の安東家の軍勢とやらにそれだけの価値はあるのか? 俺より修羅場をくぐった経験の少ない連中ばかりじゃないか」
紅夜叉がそんな嫌味な事を言うが、お前より修羅場をくぐった経験の多い人間なんてめったに居やしねーよとジャンは思った。
流石にここでそれを口に出して喧嘩になるのは不本意だから止めておいたが、そうでなかったら例え喧嘩になろうとも一言言ってやっただろう。
「それに昔日の勢いが無くて征服されるような軍勢だったら、配下にする意味も無いんじゃねーか?」
「そこで第一の理由が言い訳として機能するのだ、例え安東家が配下として使える軍事力が無かったとしても、経済的利益が得られるから損は無い。配下として使うのに価値があれば苦戦もするだろうが、精強な軍隊が得られてその上莫大な経済力までついて来れば十分採算は合う、とな」
「それは……」
イスカが顔を曇らせて呟く。
「それは、道具扱いじゃないか」
「道具扱いか……そうだな、その通りだ。高星は絶対にそれを良しとはしないだろう」
◇
「さて、世が無秩序状態になり、安東家が否応なく戦乱に巻き込まれる可能性が高い事は解ってもらえただろう。ではもっと具体的な話に移ろうと思う」
エステルが脇に避ける、広間の奥の壁一面に張ってある変天属州全域の地図に皆の目が集まる。
「変天属州は帝国の北東部、人口約四百万、領域は南北に長く東西と北は海、南は蒼天属州に、南東は玄天属州に隣接している。
帝国の政略として大きな領地を持つ大貴族は帝都から遠方に、領地の小さい貴族や領主は帝都近くに配置されているため、変天属州にも大勢力が多い。俗に言う変天属州の三強だ」
「皇族コルネリウス公爵家、シバ侯爵家、シュヤ伯爵家ですね」
「そうだ、各勢力の位置関係はまず属州西側の北辺に安東家、その南に深山イヌワシの森を挟んでシバ家があり、西半分のさらに半分を占める形で中央部を占めている。
その更に南に小勢力が混在しているが、これらの小勢力は現時点ではあまり影響力は無いだろう。あのユウキ公爵家の分家など曲者揃いではあるがな」
「むしろ問題は東側の二大勢力、だね」
「そうなるだろうな。属州東側は北部がコルネリウス家、南部がシュヤ家で二分されている。だいたい二対一でコルネリウス家の方が大きいな。
政府が整備した大街道は、安東家領―コルネリウス家領間に一本通っているのみだ。即ち軍事的観点から言って、大軍を動員して攻めるのも、攻められるのもこのルートを使ってしかない。
安東家―シバ家間の街道は大軍が一度に通れる程広くは無い。道路状況も良くないし、道を広げる事も非現実的だ。そしてコルネリウス家の南にシュヤ家が存在し、そのさらに南は蒼天属州だ」
「じゃあ、安東家にとっての仮想敵は、コルネリウス家って事になるのか?」
「仮想敵の第一位には間違いないだろうな。ではそれぞれの内情についても確認しておこう。
まずコルネリウス家は、初代武帝の弟を開祖とする、名門中の名門の家柄だ。帝国初期に、帝都から遠い変天属州の監視の役目を負って、封じられた家だ。
無論、最大の役目は安東家の監視にある。領土もかつての安東家の領土の大部分に当たる……らしい。単に領土が広いだけではなく、力の源泉となるものも押さえている」
「力の源泉?」
「鉄と馬だ。コルネリウス家領には多くの鉱山と、馬の飼育に適した土地がある。これらを使って精強な部隊を組織して抱えているという話もあるが、その実態は明らかではない。
しかし何より重要なのは、コルネリウス家が尊皇と反異民族主義で高名な家だという事だ。四百年に渡って自らに課せられた役目を堅く守り続け、一切の妥協を拒否する気風が強い」
「へえ、つまり俺達と仲良くする気は微塵も無いという訳だ」
「言い方はともかく紅夜叉の言う通りだ、故に仮想敵の第一位と言って良い」
「コルネリウス家が敵なら、残りの二家の立場はどうなんですか? 私達の味方は居ないんですか?」
「うむ、今のところ味方は居ないが、味方候補ならいるな。シュヤ家だ」
「でもシュヤ家はこの前子爵も従軍して戦争をした相手じゃないか、味方になんかなるのか?」
ジャンが当然の疑問を挟む。
「シュヤ家は霊帝と先代当主の昌国君の時代は政府と蜜月の関係だったが、今はシュヤ家の力を削ぎたい政府との対立が深刻化している。
先の出兵も両者の対立が武力衝突にまで発展した結果だ、つまりシュヤ家は政府に対して反旗を翻す立場にある」
「でも帝都の内乱で政権が変わりましたよね?」
「まさにそこが重要だ。この事態に対してシュヤ家はどう対処するのか、新政権に臣従して昌国君時代の勢力を取り戻すのか、それともこの機にいっそ完全な独立を志すのか。
後者の場合、当面の敵は遠く帝都のペルティナクス大公では無く、隣接する帝国の藩屏コルネリウス家となる。つまり我らと共通の敵を持つ事になる
訳だ。
なお先の出兵での高星の感想によると、未だ十八歳のシュヤ家現当主の才覚は悪くは無いだろうとの事だ。もっとも、優秀なのは昌国君の残した側近の方と云う可能性は否定できないが、とも言っていたが」
「私達の運命は、私達以外の勢力の動向に左右されるんですね……」
操が沈んだ声で言う。それは高星が唾棄する『運命』に全てを決められているという事に繋がるからだ。
「残念ながら安東家の全陸兵力を集めても、三強のいずれかの半分にも満たないからな。海兵は勝手が違う陸上の戦では戦えなくはないが、精鋭にはなりえない。
さて、最後に残るシバ家だが……はっきり言って、良く判らないというのが正直なところだ」
「シバ……聞いた事があるような……」
イスカが額にしわを寄せて思案顔をしている。ジャンもそういえばなんとなく聞き覚えがある様な気がするが、良く思い出せない。
「昌国君の陰に隠れがちだが、帝都ではシバ家の先代当主は今でも有名だからな。『鵺卿』の渾名を言えば解る者も居るだろう」
とたんに皆がざわめく。鵺卿と言えば大分前に引退したという大物政治家の通称だ。
引退後も何かある度にその名が引き合いに出される存在で、政治的な事件がある度に鵺卿ならばといった話が出ていたのを、その頃は特に興味も無く聞き流していた。
「鵺卿こと先代シバ侯爵は政界に三十二年身を置き、九卿にまでのし上がった男だ。特に後半の八年は霊帝の左腕として活躍した。
当時は軍事面で多大な功績を上げる昌国君シュヤ伯爵が『栄光を掴む右手』、鵺卿シバ侯爵が『汚れた左手』と言われ、政敵の失脚などにも多く関わった……らしいな。
なにせ十年前、霊帝崩御と同時に全ての官職を辞し、家督も息子に譲ってしまって寺院に入ってしまい、それっきり全く公式の場には姿を現さないからな。
私も含めてここに居るほとんどの者は、現役時代をよくは知らない相手だ」
エステルはそのシバ侯爵、いや先代シバ侯爵の事をよくは判らないが凄い政治家と言いたいらしいが、ジャンには出番の終わった隠居爺にしか思えなかった。
それよりも今は聞きたい事があった。
「あの……九卿ってなんですか?」
「ん? 九卿は政府の要職の通称だが、説明が要るか?」
「お願いします」
なんかすげぇ恥ずかしい状態だと、内心で汗をかく。
「俺も知らんから頼む」
めずらしく紅夜叉がフォローをした。いや、単に事実を述べただけかもしれない。さらに言えば紅夜叉に一緒にされるのは無性に腹が立った。
「九卿と言うのは政府の高官の総称で、所謂大臣だ。その名の通り9つの役職があり職務を分担している。さらにその上に宰相職である三公が居て、全体の政務を統括している。
三公は元々は職務を分担していたのだが、今では職務に違いななく、役職の違いは三公内の序列の違いを表すものとなっている。
だから実際に政務を執るのは一人で、残りの二人は名誉職という事も多いな。九卿の方の職務の違いの説明は、今は必要無いだろう。話を進めてもいいか?」
「はい、ありがとうございます」
「さて、まとめると私達の今後に影響を及ぼすであろう三強勢力の内、コルネリウス家は明確に敵、シュヤ家はまだどちらとも言えないが味方になる可能性あり、シバ家は方針については未知数、軍事力に関しては特に際立ったものを持つとは聞かない。と、こうなる訳だ」
「三強の立場と方針の違いから言って、私達は当面シュヤ家と手を結んでコルネリウス家に対抗する、という戦略を採りたいですね。挟み撃ちにもなりますし」
「挟み撃ちなら無理して手を出す必要も無いぞ。そこに俺達が居るってだけで相手はこっちを無視できないんだ、後ろからバッサリやってもらって楽に獲物を狩るのもいい。
たまにこいつと一緒に使った手だ」
それは紅夜叉が囮で操が後ろから襲ったのだろうか、それとも操が囮で紅夜叉が後ろからバッサリやったのだろうか。そんな事を考える。
「紅夜叉の意見は尤もなのだが、残念ながらそんな悠長な事を言っている余裕は無い」
「どうして? 無理に強敵に挑むのは危険だし、守る方が有利なはず。安東家の領地は天険に囲まれているって、子爵様もいつも言っている」
イスカが尤もな疑問を挟む。
「皆は帝国の二代・文帝が定めた諸侯法に、領地を持つ諸侯が持てる軍事力を制限する法があるのを知っているか?
それにより諸侯の軍事力は、厳しく制限が加えられている。皇族の大諸侯たるペルティナクス大公や、コルネリウス公爵家すら10,000という数が持つ事が許されている最大だ。これまではな」
「あっ、そうか。今の政権には全国に法律を守らせる力は無いから……」
ジャンもピンときて、イスカの言葉に被せる様に続ける。
「無制限の軍拡競争になる?」
「そうだ。無論、すぐに兵力を2倍3倍にする事などできないが、いずれそうなる事は明白だ。この場合どこまで軍備を拡充できるかは、その諸侯の抱える領土の広さ・人口・経済力等で決まる。
例えばコルネリウス家の領土は安東家の約3倍、人口は約2.5倍だ、領土と人口が2倍に増えれば、動員できる兵力は2倍以上に増える。
領土面積が2倍になっても国境線の長さは2倍より少ないから、それを守る兵力も2倍より少なく、費用もまた2倍以下となる。その余剰分を純粋に攻撃に回す事ができる。
さらに現段階での制限された兵力と人口の比率を比べると、大諸侯ほど人口比の兵力が少なく、小諸侯は多い。つまり大諸侯ほど兵士として集める事ができる余剰人口に余裕がある。この状態で全ての諸侯が同時に軍拡を始めたらどうなる?」
エステルの話はつまり、安東家が兵力を2倍にできる余地があるとしたら、三強は兵力を3倍にできる余地があるという事で、その上大勢力程守りに回す必要のある兵力の割合が少なくて済んで、その分を攻撃に回せるという事である。
ならば答えは明白だった。
「時間が経つ程、大きい勢力と小さい勢力の差が開いて不利になる……?」
「そうだ、つまり私達は戦う道を選ぶなら他の勢力に先んじて行動を起こし、戦力差がこれ以上開かないうちに勝利を収める必要がある。
さもなくば時間が経つほど戦力差が開き、勝利を得る事は難しくなるだろう。だから今決断しなければならないのだ」
「あれ? でも待てよ、俺達の意思に関係無く、安東家は戦争に巻き込まれる可能性が高いんだよな?」
「そうだ、例えどこかの勢力に身売りしたとしても最前線で戦わされるだろう。独自路線を貫くなら、打って出るにしても守りに入るにしても、どんな道を選んでも戦う事は避けられないだろう」
「これもう答えは決まってないか? 戦いが避けられなくて、早く戦わないとどんどん不利になるなら、今すぐこっちから仕掛けるべきだろ?」
「だがそれで負ければ安東家は完全に滅亡だぞ」
滅亡。そうだ、これは本当に命を懸けた戦争の話なのだ。万が一にも失敗は許されない、だが確実な答えは存在しない、そんな選択肢を選ばされているのだ。重い、重すぎる。
「言ってしまえば安東家の採るべき道は二つに一つ、世界の全てを敵に回す覚悟で独自の戦いをして、敗れれば滅び去るか。どこかの勢力の道具に成り下がってでも、完全な滅亡だけは避ける事を選ぶか、だ。
そしてそのどちらかを安東家が、高星が選んだ時、私達はそれぞれどうするかという問題なのだ」
無言、それも今までで一番空気の重苦しい無言。最初から理解していた者も居るだろうが、改めて正面から突き付けられた究極の選択。
しかもどの道を選んでも明るい展望は見える気がしなかった。ごく少数のすでに決めた人間以外は、決定的な判断材料を持たずに迷っていると言うところだろう。
いっその事、安東家を捨てるという手もあるが、考えてみればここに居るのは他に行く当てのない人間ばかりのはずだ。
あちこちで戦が起こる中に単身放り出されたら、野垂れ死ぬ未来しか見えない。ジャンも少し前ならそれでもかまわないと思っただろうが、今はせっかく初めて自分で決めた事を早々に投げ出したくないと思っている。
そうだ、ジャンは決めたのだ。高星の家来になって高星の進む先が見てみたいと。
まさかそんな事ができるはずが無いと思いながらも、そのまさかが成し遂げられるのを見てみたいと思っている。
そのために役に立てるなら、役に立ってみたいと思っている。ならばするべき事、言うべき事は。
「子爵は……子爵は自ら戦う事を選ぶんじゃないか? あの子爵がどこかの誰かの道具になって生き延びる道を選ぶとは思えないのは、俺の勝手な想像か?」
「……いや、ジャンの言う通りだろう。むしろ高星はこの時のために今日までの日々を過ごしてきたはずだ。今、私達がこうして確認している事などとっくに把
握し、さらに先を見据えているはずだ。
ただ何かに迷っている、何か思いきる事ができないでいる印象だ。もう時間もあまり無いはずだが……」
「これはもう、高星さんの決断待ちじゃないですか? 私達がそれぞれどう決断するかも、高星さんがどういう決断を下すかを見てからじゃないと、これ以上はどうしようもないと思います」
皆が小さくうなずく。操の言うとおり、最終的には高星の決断待ちしかない。
「そうだな……よし、今日はもう遅いしこれで解散とし、後は各自それぞれ明日までに自分の心を決めておこう。そして明日、皆で高星の決断を仰ごう。それでいいか?」
異議無しの声が次々と上がる。決まった、明日高星に決めてもらう。おそらくそれでこの先の全てが決まる。
◇
解散し、皆がそれぞれの部屋に戻る。顔を上げてすでに心を決めたと言う風の者、眉間に皺を寄せ深刻な表情で居る者、無表情で何を思っているか判
らない者と様々だ。
そんな中、ジャンは紅夜叉とイスカを呼び止めた。自分なりに決めたつもりではいるけども、決してそれに自信がある訳ではない。だからこの二人がどう考えているかが聞いてみたかったのだ。ちなみに操は聞くまでも無い、どこまでも紅夜叉と一緒で紅夜叉の世話を焼くつもりだろう。
「ふん、俺がどうするかは決まっているとも言えるし、決まっていないとも言えるな」
先に答えたのは紅夜叉だった。
「俺は安東家が無謀な戦いに挑もうと、地べたを這いずって生きようと、知ったこっちゃない。どうせどこかでゴミの様に死ぬなら、好きな様に戦う。安東家な
んかについて行く気はさらさら無い」
「薄情な奴だな」
「最後まで聞け馬鹿。だが、そんな馬鹿馬鹿しい駆け引き以外の何かがあるなら、それのために戦うのは悪くないと思えるなら、ここで戦ってやってもいい。
そしてそれを俺に示してやると大口叩いたからには何かあるんだろうよ。その何か次第だな」
それは言い方には棘があるが、結局はほとんどの者と同じく、高星が何を示してくれるか次第と言っているのではないかと思ったが、また喧嘩になるだろうから口には出さなかった。
「私は……」
イスカは瞼を半分下ろして憂い顔をしていたが、すぐに顔を上げて決意の表情を見せる。
「私は高星さんの目指しているものの全ては解らない。でも、理不尽に悲劇を強要される世の中を変えたいと思ってる事は知っている。そのためには自分が悲劇を作り出す側に回るしかない事も高星さんは解っている。
だから……だから私は、高星さんの夢がこれから流れる血で穢れきってしまわない様に、高星さんの下で真っ直ぐに理想を追っていたい。それが私の決意を貫く事でもある」
「『悲しい別れを誰にもさせたくない』だったか」
「私が折れない限り高星さんの理想も、流した血で濁らず、一点の清さを失わずにいられるんじゃないかと思うんだ」
「甘っちょれぇ」
紅夜叉が口を挟むのではないかと思っていたら、案の定だった。
「君こそ荒み過ぎだ、それを良しとしてる訳でもないくせに」
「なんだと、貴様に何が解る」
二人が睨み合う、ヤバイ空気と思ったが、すぐに操が仲裁に入った。
「はーい、そこまで! 明日は大事な日なんだから今日はもう寝る! いい?」
にらみ合う二人が渋々別れる、どんな時でも彼らは変わらない様だ。だがそれが奇妙な安心感を感じさせる。とにかく今日はもう寝よう、きっと明日から全てが動き出すのだろうから。




