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それから毎日、一日数回続報が届いた。
いわく、アウストロ一門の敗北の理由は、近衛兵の命令拒否で実兵力が大幅に減少したのが原因である事。
いわく、近衛兵の命令拒否の理由は、指揮官に就いていたアウストロ一門の若い貴族達が動揺の余り失言を口走り、それに近衛兵が反発したのが理由だという事。
いわく、帝位には行方不明になっていた、不審死を遂げた皇弟の遺児が就いた事。新皇帝は幼年で、明らかにペルティナクス大公の傀儡であるという事。
いわく、ペルティナクス大公が新帝を擁立すると、すぐに帝国有数の大貴族であるユアン公爵が支持を表明し、多くの貴族がそれに倣う動きを見せている事。高星はおそらく、事前に打ち合わせをしたうえでの事だろうと言っていた。
高星はほとんどずっと政庁に行ったきりで、偶に屋敷に戻ってきてはジャン達に最新情報を教えた。だがそんな情報よりも、会う度に高星の表情が深刻に思いつめたものになってゆく方が印象深かった。
口数もひどく少なくなった。必要な事以外はほとんど何も言わず、以前の様に意味深な含みのある発言も聞かなくなった。これはジャンに限った事ではなく、エステルや銀華までもが、高星が思いつめた表情のまま何も話さずにいる事を心配していた。
そんなある日の昼、エステルが一人だけ屋敷に帰ってきたおり。目の前の昼食に目もくれずにエステルが銀華相手にぼやき始めた。
「ここ数日、高星が何を考えているのか全く解らん。今日だってそうだ、新政権のご機嫌伺いに弟君を上京させる様に進言して入れられた。
上京させる事自体は現地での情報収集にもなるから良い。だが事態がまだどう動くか解らぬ以上、家臣の者を送っても良いはずだし、より新政権に好印象を持たせるために危険を承知で一族の誰かを送るにしても、わざわざ弟君を送る理由が解らん。
高星ならば多少の危険はおして自ら現地に行っても良さそうなものだし、なにより家督争いの元になると、先の出兵でも弟君が優遇されていた事に不満を鳴らしていたというのに、わざわざ手柄を立てさせた上に新政権と伝手を作ってやるようなものだ。
まさか都で客死する事を望む様な浅はかな考えではないだろうが……」
「そうね……最近は昔の高星に半分戻っている感じね」
「昔の高星?」
「エステルちゃんは忘れちゃった? まだ私達が出会ったばかりの頃の、全てを心の奥底に押し込んでいた頃の高星の事」
「ああ……そう言われてみれば、最近の高星は昔に近い感じだな」
「変わったというか、一つの面が極端に出た様な性格だったのが、今はバランスがとれた感じね。
でもそれは元々いろんな性格を持っていたのであって、昔の高星が消えたり、今の高星が新しく生まれた訳じゃない。だから今になって、また昔の高星が顔を出してきたのだと思うの」
「そう考えると、もう少し前から少しずつ昔の高星が顔を覗かせていた様な気もするな」
「でもエステルちゃんは高星がどうなろうと、何をしようと信じているんでしょ?」
「当然だ。……だが不安にはなる、ひょっとして私の方が信頼されていないのでは? と」
「大丈夫、高星もエステルちゃんの事は変わらずに信頼しているわ。私が保証する」
「ありがたい、これほど心強い保証は無いからな」
昼食を食べながら横目で一部始終を見ていたジャンの目にも、はっきりとエステルの表情が明るくなったのが解った。
正直、高星とエステルや銀華の間にある『信頼』とやらは想像もつかなかったが、どうやらそれは少なくとも簡単には揺るがない物らしい。
「私も私なりにできる事をしておかなくてはいけないな、私は高星の秘書で副官で護衛なのだから。という訳でそこのお前達! 午後は仕事をしてもらうぞ」
突然こちらを向いて仕事をしてもらうと言われ、思わずキョロキョロと周りを見回す。
周りの何人かとお互いに顔を見合わせて、どうやら指名されたのは自分達らしいと理解する。ジャンと操を含めた6人だ、紅夜叉やイスカは居ない。
「お嬢、そりゃないですよ!」
抗議の声が上がるが、エステルの意思が変わる様子は無い。
「私の愚痴を只で聞いていただろう、見料ならぬ聴料と言うやつだ」
「理不尽だぁ!」
「なに、そう難しい事ではない。街で物価を調べてきて欲しいのだ、ついでに市井の噂も収集してくれるとありがたい」
「物価?」
「帝都での内乱は当然物価にも影響を及ぼすだろう。交易を重要な収入源にしている安東家にとって、物価の急激な変動は死活問題になりうる。はっきりとした影響が出るのはまだ先の事だろうが、早いうちに前兆を掴んでおきたい。
それと噂の方はどんな馬鹿馬鹿しい噂も拾う様にしてくれ。たとえ事実無根の噂でも、大勢がそれを信じれば現実に影響を及ぼすし、半信半疑でも何かしらの火が点いた時に一気に燃え広がる土壌になる、おろそかにはできない。
高星が政庁から動けない間、私たちは市井の情報を拾うのだ。解ったな?」
元々誰も本気で嫌がっている訳では無いので、めんどくさがりながら渋々と言う様子だが了承する。
ジャンも食後の散歩にはいいか位に思っていたが、他の5人の内4人は思いの他素早く食事を済ませ、張りきった様子で出かけて行った。
どうやらめんどくさがっていたのは外見だけで、内心はやる気満々だったらしい。おかげでジャンと操だけが取り残されたが、操の方はジャンに付き合ってゆっくり食事を済ませてくれた様な様子である。
実際、そのままなんとなく二人で組んで調査に出る事になった。
◇
「ジャンさんはこういう調べものとか得意な方ですか?」
「ん? うーん……まあ、得意っちゃ得意かな。下調べとかは慣れてるし」
主に盗みに入る屋敷の下調べなどが多かった。
「私もこういうのは割と得意な方かな? これは捗りそうですね」
「あー、うん。まあ、そうだな」
どう答えていいか解らず、結局これ以上ないくらい歯切れの悪い返事を返してしまった。
「……一つ聞いてもいいですか? いや、聞くともちょっと違うかなぁ?」
「何か知らんが聞きたければ聞いて良いぞ?」
「では遠慮なく聞きますけど……ジャンさんって人の表情を読み取るのが上手いですよね?」
「え? そうか?」
「そうですよ! 紅夜叉と口喧嘩になった時もいつも、これ以上やると言葉だけじゃ収まらなくなるなっていうギリギリのところで切り上げるし」
「いや……たまに殴り合いになるぞ? いつも俺が一方的にやられてるから殴り合いと言えるか微妙だが」
「それはしょうがないです。紅夜叉は感情の起伏と言うか、ムラが大きいですから。同じ様な加減でも相手にしなかったり、叩きのめしに掛かったりしますから。
でも私以外であんなに紅夜叉の微妙な表情の違いを読み取れるのは、ジャンさんが初めてだから凄いなって」
「……まるで自覚が無いんだが」
「そうなんですか? 紅夜叉以外でもなんとなく相手の感情に合わせた対応が上手いなって思ってました。
まあ、こっちは私の方が解らないから、傍から見てそんな風に感じるってくらいでしかないんですけど」
「いや、そう言われても思い当たる節が……あ」
「何かありました?」
「……長いこと身を守るために主人の顔色を窺って生きてきたからな、無意識のうちに相手の顔色を窺って対応を変えているのかもしれない」
「あーなるほど、そういうやつかー」
「……すまん、嫌な話になったな」
「謝る様な事じゃありません。それに理由はどうあれ私はそんな特技を持っているジャンさんを凄いなと思うし、うらやましいとも思いますよ」
「うらやましい? 俺が?」
「はい、うらやましいです。自分では嫌悪しているかもしれませんが、他人から見れば自分ができないことができる人を見れば、『ああ、自分にあれが出来たらどんなに良い事だろう』と思うものですよ。
だから小さな事でも、珍しくない事でも、全員が出来る訳じゃない事ができるのは誇っていいと思います」
「隣の芝は青いというやつか」
「平たく言うとそうかもしれませんね。でも隣の芝ばかり見て、せっかくの自分の庭を見ないのはやっぱりもったいないと思います」
そんな事を話しながらも、操はしっかりと店先に並ぶ商品の値段や数量、その他気が付いた事を細かくメモしていた。こっちは口を動かしている間、手の方は全くのお留守だったというのに。
ジャンにしてみればこの器用さの方がうらやましいが、やはりお互い様なのだろう。
商品の調査の方はもう操に丸投げして、噂話を集める事にした。
聞き込みなんて大層な事をしなくても、ちょっとした買い物ついでに、帝都の方で事件があったらしいですね? と振れば誰も彼も待ってましたと言わんばかりに自分の知っている事をまくし立てる上に、周りの客まで俺にもしゃべらせろと言わんばかりに話に割って入るので、楽と言えば楽だった。
大事件が起こると当事者でもないのに情報通を装って自慢げに人に教えたがるのは、誰もが持っている心理の様だ。
そのほとんどは高星から知らされた情報を大幅に劣化させただけのものだったが、その分所々に想像もしくは妄想がもっともらしく入っていた。
エステルの言葉を思い出し、この想像もしくは妄想の部分を重点的に書き留めておいた、この中のどれかが真実だと誤解されると、それが本当に事実に影響を及ぼす事もあるのだろう。
しばらく情報を集めて回ると、情報料だと思って買った串焼きだのクルミ入りパンだのがたまったので、休憩と情報整理を兼ねて一息いれる事にした。
適当な店で飲み物を注文し、席に座って操ちゃんと集めた情報を突き合わせ、何か解る事が無いかと探してみたが、やはり大した価値があると思える情報は無く、すぐにただの休憩と化した。
「やっぱりジャンさんって、結構いい人ですよね」
有意義な情報も無く、黙ってカップのハチミツしょうが湯を啜っていると、不意に操がそんな事を言う。
「そうか?」
「奢ってくれましたし」
特に食べたかった訳でも無い食べ物を半分あげたのが奢るうちに入るなら、この世の八割はいい人になるだろうと思う。
「それに紅夜叉ともなんだかんだで仲良くしてくれてます」
「仲が良いと言えるか、あれ?」
当たり障り無しか険悪な雰囲気なら思い当たるが、仲が良いと言える様な付き合いを紅夜叉とした覚えは、今のところ無い。
「喧嘩になるくらいには話をしてくれてますから、仲が良い方です。
紅夜叉ってああいう性格だから、屋敷の皆さんの中にもどうしても好きになれないって人が何人か居て、そう言う人達は全く口を利きません。
それは仕方の無い事ですけれども、少なくともジャンさんはちゃんと口を利いてくれます」
「言われてみれば顔も見たくないと思った事は多々あるが、決定的に絶縁しようとした事は無かったな。
しばらくするとまたなんとなく気になって声を掛けて……向こうもそれにいつもと変わらずぶっきらぼうに答えるから、腹を立ててた事もなんとなく忘れてたな」
どうしてそうなのだろう? 無意識に行ってきた事を意識してしまうと、我ながら実に不可解な事をしていると思う。
紅夜叉に対して決して好意を持っている訳では無いし、操の言う通り口も利かなくなってもいいようなものだが、現実には割と頻繁に口を利いている。
しばらく虚空に目を泳がせて、何故だろうと考えていると、不意にその理由が思い当った。それは意外過ぎる物であったが、納得のいくものでもあった。
「ああそうか……俺はあいつが、紅夜叉の奴がうらやましいのか」
「うらやましい?」
「さっきの話と同じだよ、本人は忌み嫌っている物でも、他人から見ればうらやましく感じる。
俺はあいつの命も要らない、何も要らない、ただ自分のしたい様にして、やりたい様にやって……生きたい様に生きて、死ぬときは理不尽に死んで、それでいいって思えるのが。そう思って真っ直ぐに邪魔なものを全部切り捨てて進む様が、うらやましかったんだ」
「本人が聞いたら、『何を世迷言を』とか言いそうですね」
「違いない」
理解はそれに止まらなかった、今まで疑問にも思わなかった事を疑問に思い、その意外な答えを見つけると、まるで玉突きでもするかの様に今まで疑問に思ってきた事が、疑問に思いながらも答えを見つけられないでいた事が突然理解できたのだ。
「そうか……だから俺は子爵に惹かれるんだ」
「高星さん?」
操の声はほとんどジャンの耳に届いていなかった。それはただの独白、止めようとしても止められない言葉が口からあふれ出してきた。
「あの日、あの時、決められた運命からは逃れようがない、俺の人生は俺の力ではどうしようもないと全てを諦めていた俺に対して子爵は、船も人も進む方向を思うがままに選べて、選んだからここに居るのだと、運命が全てを決めているという考え方を明確に否定した。
自分の未来は自分で決めるという子爵の姿勢に、俺は強く憧れたんだ。
そうだ、イスカや操ちゃんや紅夜叉から子爵の事を聞いた時も、子爵は自分で進む方向を決めていた。
俺は……子爵が本当に『運命』を打ち倒して見せる所を見てみたいんだ」
やっと解った、流されるままに生きてきた自分が高星を中心としたこの、銀華いわく、家族の一員で居たいと強く思った理由はこれだったのだ。
「なるほどなぁ、たしかに高星さんはいつだって自分の見ている何かに向かって、自分から進んで行ってる感じがします。
じゃあ、そう言うジャンさんも高星さんみたいに『運命』に戦いを挑んでみるんですか?」
「……いや、俺は……」
そう言われると思わず口ごもってしまう。
「……正直なところ、やっぱりそれは無駄な努力なんじゃないか、勝ち目の無い愚かな挑戦なんじゃないかって思いを捨てきれない。
運命に逆らおうとすること自体が、運命で決められてるんじゃないかと思ってしまって、どうしても子爵の様にはなれる気がしない」
「んーそうかぁ、まあ私もそんな大風呂敷広げられてもなー、って思いますもの。むしろ紅夜叉なら『面白そうな事を言うな。いいだろう、そこまで言うなら地獄まででも付き合ってやる』とか言って結構乗り気になりそうな気がしますけど」
「あいつ、そんな事を言うのか? むしろ冷笑すると思ってたが」
「ああ見えて結構、大風呂敷とか大ホラ吹きとかを楽しむんです。高星さんについて行くのも、ある面で高星さんの大言壮語に惹かれたからっていうのもあると思います」
「自分の生き方に邪魔はさせない所が似てるのかもな」
「かもしれませんね」
思わず軽快な笑いが漏れる。後から思えばこの時ジャンは、高星の下に付き従うという重大な選択を、実にあっさりと決心したのだった。
「さて、すっきりしたところでそろそろもう一頑張りと行こうか」
「そうね、行きましょうか」
席を立ち再び地道な調査に戻る。しかし、その足取りは決して重くは無かった。
◇
「こんなものかなぁ……操ちゃん、そっちは?」
「私も大抵調べつくしちゃいましたし、この辺で帰りましょうか?」
「そうだな、特に目新しい噂も無かったし……これ役に立つのかなぁ?」
「それを決めるのも使うのも、高星さんやエステルさんですから。私達はとにかくできる事をしましたし、良いんじゃないですか?」
「そうだな、決めるのは俺達の仕事じゃない……あれ? あれ、子爵じゃないか?」
「え? あ、ほんとだ。高星さんだ。高星さーん!」
操の呼びかけに気づいた高星がこちらに顔を向ける。すぐに優しい顔を作ってこちらへ来たが、顔を向けた一瞬、最近の様子から言ってもすさまじく不機嫌そうな顔をしていたのを見逃さなかった。
「2人してこんな所で何をしてたんだ、買い食いか?」
「エステルさんの指示で物価の調査と噂の収集をしていました。そろそろ終わりにしようと思っていたところです」
「エステルの? そうか……いや、ありがたい事だ」
「なあ、子爵が来た方向は政庁の方じゃないよな? 俺はてっきりずっと篭りっきりだと思ってたんだが」
「ああ……いや、政庁詰めはもう終わりだ。現時点で判る情報は出尽くした感があるしな。今は……港に行ってこのまま帰るつもりだった」
「港……船を待つなら丘の上の政庁からよく見えるはずですから、見送りですか?」
「相変わらず操は賢いな。弟の見送りをしてきたんだ、不本意だがあいつを帝都に送るのは俺が提案した事だからな。形式と言うものがある」
「ああ、それであんな凄い形相をしてたのか」
「……そんなに顔に出てたか?」
「操ちゃんが声を掛けるまでは凄く」
「参ったな……」
高星が目をそらして後頭部を掻く、どうやら完全に無意識だったらしい。
「弟って俺が来た時に一度会ったあの人ですよね? 何かあったんですか?」
言った瞬間袖を強く引っ張られた、操の目がその事に触れちゃダメと言っていたがもう手遅れだ。
「何かあったかだと? あの野郎、出かけ際になんて言いやがったと思う!?」
高星が声を荒げる。以前も短い間だったが気まずい空気になった事を、いまさらながら思い出した。高星に家庭の話は鬼門らしい。
「な、なんて言ったんですか?」
怒気に気圧されながらこう答える他無い。下手な事を言えばとばっちりを受けそうな剣幕だ。下手な事と言っても何も思い浮かばないが。
「『憐れだな、お前も、家も』だと! ふざけた事をぬかしやがって!」
「憐れ……何が憐れなんでしょうか?」
「考えたくもない。だが私達は憐れみを受ける謂れは無い! 確かに安東家の歴史や、それを継ぐ私や、銀華やエステルやイスカや紅夜叉や操やジャンや他にも少なくない皆は不幸かもしれない」
「ま、まあ、幸福とは言えませんけど……」
「だがそれでも、私達は紙一枚分だって他人よりも低くは無い! それぞれ苦しみは抱えていようとも、皆前を向いて生きようとしている! 勝手に低く見られて、上からの物言いで憐れまれる筋合いは無い! 他人から見下される様なものは何一つ無い! それを事もあろうかあいつが! 同じ安東家の血をついでいるあいつがぁ!」
高星の顔はすでに真っ赤になり息も荒い、しまいには怒りのあまり言葉を発する事もできないかの様だった。
操がどうにかなだめているが最終的に、高星さんが帰ったら銀華さんが大喜びでお菓子を作ってくれると思います、が一番効いたらしい。
ある程度という言葉が付くだろうが、とにかく冷静さを取り戻した高星を伴って帰路に就いた。するとさっきは剣幕に気圧されて入らなかった言葉を、頭が理解し始めた。
自分達は世間的に言えば不幸な過去を持つ人間と言えるだろうし、自分でもどちらかと言えばやはり幸福よりも不幸に属すると思う。
だが可哀想な人間では決してないと言う。高星の言葉は怒りの為か断片的だったが、憐れまれるという事は見下されているという事で、自分達は見下される様な人間ではない。あくまでも幸福な人間と不幸な人間は対等で、そこに上下は無いというのが高星が言いたかった事で間違いないだろう。
確かに自分が周りから可哀想可哀想と言われる事を想像すると、あまりいい気はしない。それは高星の理論によれば見下されているからだと言う。
高星は見下される事を極度に嫌っている様だ。それも自分だけではなく、自分の周りの者達も含めて。
たしか以前に高星は自分達の事を『流刑人形』と呼んだ、それはつまり人間では無いと言う意味、人間以下の存在と言う意味。この土地に暮らす、この土地で生きていかざるを得ない人々は人間扱いされない。
それが高星には我慢ならないから、その事を連想させる些細な事、憐れだなという一言にもあんなにも過剰反応するのだろう。
「ジャン、操」
不意に高星が前を向いたまま、呟くように語りだした。
「憐れみと見下しが同義であるという自覚の有無に関わらず、憐れまれる事を良しとしていると、その人間は自分自身を卑下する様になる。
自分自身を卑下する人間は、やがて魂が凍るのだ」
「魂が凍る?」
「あらゆる人間味のある温かさをむしろ苦痛と感じ、自ら孤独を望む。そして全てが見えているのに何一つ変わらない、全てが凍りついた『氷の世界』に安住する様になる」
「氷の世界……」
「あそこには何も有りはしない、そして一度踏み込んだらそう簡単には抜け出せない。お前らはそんな所へは行くなよ」
それだけ言うと、また屋敷に帰るまで高星は何も言わなかった。




