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流刑人形の哀歌  作者: 無暗道人
終末の角笛
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4・彼岸

「高星(たかあき)、入るわよ?」


 襖(ふすま)を開けて寝室を覗(のぞ)くと、寝るという宣言通り、高星が布団の中でこちらに背を向けていた。

 いや、正確には宣言通りではない。高星は一人で塞ぎ込むとき、何時だって布団の中で、入り口に背を向けていた。だから寝ると言っておきながら、今も起きて葛藤を続けている。


「夕ご飯は食べなくていいの? なんならうどんかお粥を作るけど?」

「……いや、いい」

「何か食べないと頭も回らないわよ、皆は集まってこれからどうするかを話し合ってるわ。でも結局は高星がどうするかを決めないと、皆もはっきりした事は決められないと思うわ」

「そんな事は解っている。皆、私に期待して付いて来てくれた者達だ。私が道を決めて、それに失望しない限り、付いて来る気でいるというのが前提になっている」


 銀(ぎん)華(か)が部屋の中に入り、静かに襖(ふすま)を閉める。明かりを点けていない部屋の中は、目が慣れるまで真っ暗である。このところ曇り空で、窓からも星明り一つ差し込まない。


「高星がこうして塞ぎ込んでいるのは久しぶりね」

「昔はこうしていると朝まで誰も声を掛けなかったが、お前が来てからは変わったな」

「高星が塞ぎ込むたびに、私が話してみてって言って、それで話したときは大抵どうにかなったわ」

「話さなかったらお前は朝までそこでそうしていたな。

 ……もうだいぶ寒くなった、お前をそこで朝まで待たせる訳にはいくまい」

「それはありがたいわね」

「……時が来たのだ、望んでいた時が、だが恐れていた時が。この日の事を思い、打てるだけの手は打ってきた、それは実を結びつつある。だがその実は禁忌の実だ、手に取る事は決定的な罪を犯す事でもある」

「その実を手にする事をためらっているの?」

「手に取ったは良いが、震えて実を取り落とせば罪だけが残り、私は死ぬだろう。取り落とさなかったとしても、禁忌に手を出した報いを受けるかもしれん。

 確実な手段などありはしないのは百も承知だが、失敗した時の事を思うと……私一人の命では済まないだろう。そんなことに数多の無関係な者を巻き込んでいいのだろうか」

「そうね……じゃあ失敗した時は、私が一緒に死んであげるわ。無関係に巻き込んでしまった人達には、いつかあの世で謝りましょう」

「おいおい、そんな無責任な」

「自分の死んだ後の事に誰も責任なんて持てないわ、なら生きてる間に後悔しない様にしましょうよ」

「……お前が言うと、重いものがあるな」

「ま、まだ少し時間はあるわ。明日、皆と決めればいいでしょう。高星はもう一人じゃないもの」

「未だに一人になりたい気持ちは、どこかにあるのだがな」

「一人で良いときに一人でいれば良いわ、例えば今。じゃあね、おやすみ」

「おやすみ、良い夢を」


     ◇


 翌朝、薄氷が張る程に寒い早朝の庭で、高星は刀を振っていた。しばらく素振りをすると体から白い湯気が立ち上る、体が温まったところで刀を鞘に納めた。

 目の前に架空の相手を想定する。体格はほぼ同じ、抜身を八相の構えにしている。こちらは納刀したまま足を肩幅に開き脱力、刀の鍔がへその前まで来る程に、鞘ごと刀を前に出す。

 互いに呼吸を整え相手の隙を窺う、一呼吸ごとに実在しないはずの相手が本当にそこに居る様な現実味を帯びてくる気がする。

 動いた、相手が袈裟切りを繰り出す。だらりと下げていた右手の親指と人差し指の間で刀の柄を掬(すく)い上げ、左足を大きく引いて半身になる。同時に腰を大きく落とし、左手で鞘を引いて、刀身を微動だにさせぬまま抜刀。

 抜刀したら左足を戻して正対に戻る。その間に柄を頭の上まで垂直に持ち上げ、鞘を放した左手も添える。切っ先がやや下がり自分の左後ろを向いているこの構えで、相手の剣撃を刀の鎬(しのぎ)に沿って左後方へ受け流す。

 受け流したらそのまま逆に相手の面を打つ、自分にだけ見える相手が唐竹割に両断された。動いてからここまで1秒以内の動作だった。

 死合を制すとまた半身になり、刀を水平にして納刀する。こうすると納刀中に襲われても、また正対するだけで構えた状態になれる。完全に納刀したら最初の正対姿勢に戻って、全てが終了した。

 一部の無駄も排した『抜き則斬』の抜刀術、戦場で使う様な技ではない。だが高星は剣術の中で抜刀術が一番好きだった、無駄を排した動作は美しい程であるし、高い集中力を要求される抜刀術は精神の鍛錬に良い。

 どうせ大将自ら敵を多く討ち取る必要は無い、先頭切って敵に突撃する姿勢を兵に見せさえすればよいのだ、将の責任は指揮にこそある。

 心に迷いがあるとき、何かわだかまりがあるとき、気がつけばいつも抜刀術の鍛錬をしていた。それで何かが変わる訳でもない、所詮いくら虚空を斬っても迷いは斬れぬのだ。

 だからこれは、これから迷いと向き合うときの儀式の様なもの、直接的な意味は持たないものだ。


 布団の中にまで染み込んでくる様な寒気で目を覚ました。今年もまだ50日は残っているのに都の真冬並みの寒さだ、これでようやく冬の入口らしい。

 布団の中で惰眠を貪ろうにも足先が冷えて堪らない、仕方がないのでさっさと着替えて火に当たれる場所を探しに出た。

 早朝の中庭に一人佇(たたず)む人間に気づかない方が難しいだろう、なにせ廊下は中庭に面しているのだ。それが体から微かに白い湯気を上げる高星だと気づいたなら、なおさら無視できるものでは無い。

 しばらくの間、高星は左手で刀の鞘を掴んだ以外は、ただ力を抜いてそこに立っているだけの様に見えた。まなざしも何を見ているという風でもなく、どこか遠くを見ているようだった。

 突然、高星が動いた。いつの間にか抜身になっていた刀を高々と掲げ、そのまま見えない何かを両断した。鞘を掴(つか)んでいた左手が、いつ柄を握っていたのか解らない程だった。

 張りつめた空気が白刃に切り裂かれた様な気がした、高星が刀を納めると、知らず知らずのうちに身を固くしていたジャンの緊張も解け、声が出せる様になった。


「おはようございます、子爵」


 その時初めて高星はジャンの存在に気付いた様だった。


「ジャンか、おはよう。今朝はずいぶん早いな」

「子爵こそ、毎朝半分寝たまま銀華さんに引きずり出されてくる様な感じなのに」

「……そんなに酷いか?」

「少なくとも、嘘は言っていないつもりですが」

「むぅ、そう見られていたのか。流石にそれはまずいかな」

「終わったのなら、暖かいところに行きませんか? 寒くて寒くて」

「ははは、そうするとしよう。体の慣れないこの時期の方が、真冬より寒くてかなわんからな」

「慣れるもんですか?」

「人間どんな事でも慣れる事ができるものだ。慣れてはならないものさえ慣れる」


 それは少し解る気がした。しかし決断の時は迫っているはずなのに、こうしていると高星は全く変わりがない。今日がまるでなんでもない一日になるような錯覚さえ覚える。

 高星はそのままさっさと大広間に上がってしまった。後を追うとすでに火鉢で炭が赤く燃え、鉄瓶にお湯が沸いていた。屋敷の皆と朝食が来るまで、高星は黙って湯呑で白湯を啜(すす)り続けていた。


     ◇


 朝食は表向きはいつもと変わりなかった。ただやはり皆それぞれ落ち着かない様子で、皿を落としたり、汁物をこぼしたりがいつもより多かった。

 そのなかで高星、エステル、銀華、それと紅夜叉(べにやしゃ)と操(みさお)は流石に平然としている様に見えた。逆にイスカはどこかぼんやりしていて、汁物のお椀を落としそうになっているのを、危うく止めて事なきを得た。

 何を食べているのか良く解っていないうちに、全て食べ終わってしまった。だが銀華以下食事係が食器を下げる以外は、誰も立ち上がりすらしない。食事係もすぐに戻ってきたところを見ると、台所に置いただけで洗わずに戻ってきたのだろう。

 またしばらく沈黙の時が続くかと思ったが、銀華達が戻ってくるとすぐにエステルが話を切り出した。それこそが自分の役目だと自負しているのだろう。


「高星、解っているとは思うが……」

「解らんな、何の事やら」

「……ならこの際だ、はっきり言おう。高星、安東家の未来はお前の決断に懸かっている、そしてここに居る私達の未来もだ。

 ここに居る者の多くは高星が決めた事ならば、それが何であれ全力で支えるつもりでいる。もう迷っている時間は無いはずだ、今ここで進むべき道を決めて、それを皆の前で宣言してくれ」


 高星はしばし押し黙っていたが、やがてため息を一つ吐いた。


「お前達、何か思い違いをしてやしないか。私は安東家の当主ではない、私に安東家の行く末を決める権利も力も有りはしない。何も決める事なんて有りはしないよ」

「なっ……!」


 エステルが思わず大声を上げそうになる。しかしすぐにそれを飲み込んだ様だ。


「……高星らしくない物言いだな。今まで散々、このままではいけないと苦心を重ねてきたではないか」

「だがこれ以上はどうしようもないのだ。今の私の身ではもはや何をしても微力すぎるのだ。だからもう何もできないし、何もする気は無いよ」


 意外過ぎる展開だった、まさか高星がこんな事を言うとは。ジャンが今まで思っていた高星像はしょせん幻想だったのだろうか?

 高星の事を知りたいとは思ったが、まさか全てを理解できるなんて思ってはいない。だが今目の前にいる高星は、あまりにも思い描いていたものと違い過ぎた。それが無性に腹立たしかった。


「待ってください! それが高星さんの本心とは思えません。何か考えがあるけれど言う訳にはいかないのなら、せめて考えがある事だけでも教えてください!」


 真っ先に談判したのは操だった、このままだと紅夜叉がさっさと出て行くかもしれないと思ったのかもしれない。


「……考えなら、ある」


 操の顔が一瞬明るくなった、いや、ここに居るほぼ全員が声を上げそうになった。しかしその前に、高星の次の言葉が冷や水を浴びせた。


「だがその考えを実行に移す気は無い、その方がいいのだ。だから何もしない」

「そんな……」

「高星さん、あなたは私に悲劇を止める手伝いをしてくれと言った」


 堪(たま)り兼(か)ねた様にイスカが割って入る。


「私の剣が届く限りにおいては、誰も理不尽な運命で泣かせる事はさせないとも言った。あなたは私に嘘を吐いたのか!」

「騙す気はなかったが、あの頃とは違う。力及ばす諦めるに至ったのだ。すまん」


 高星が流石に申し訳なさそうに顔を曇らせた。


「嘘だ! 私が無謀な理想を諦めていないのに、あなたが諦めるはずがない。あなたは私よりももっと強い人のはずだ、もっと覚悟のある人のはずだ!」

「買いかぶりすぎだ、私だって覚悟できずに諦める事がある」

「それが今か!? そんな簡単にあきらめる時なのか!?」


 イスカが高星の肩に掴みかかり揺さぶる。しかし高星は無言のままだった。


「私は、あなたをもっと立派な人だと信じていたのに……」


 イスカはもう、高星の肩を掴(つか)んだまま涙声で俯(うつむ)いている。エステルがイスカを高星から引き離して、抱きかかえる様にして宥(なだ)める。


「落ち着け、イスカ。気を落とすのはまだ早い。そうだろう? 銀華殿」


 エステルの発言を受けて、高星が隣の銀華の顔を見る。しかし銀華はすまし顔だ、何も言ってないと言う事だろう。高星が正面を向き直りエステルに問う。


「気を落とすのは早いとは、どういう意味だ」

「なに、操とイスカのおかげで高星の考えが読めたという事だ。言うなと言われてもこれは言わせてもらうぞ」

「……いいだろう、言ってみろ」

「まず最初の高星の言葉、『今の私の身ではもはや何をしても微力すぎるのだ』という事は、今の身、今の情況を変える事ができればやり様があるという事だ。

 次に『考えはあるがそれを実行に移す気は無い』と言った。これは情況を変えて、未来を決められる立場になる策があるという事ではないのか?

 そして『私だって覚悟ができず諦める事がある』という事は、その策が実行を躊躇(ためら)う様な手段で、使いたくは無いと思っているという事だ。

 ここまで来ればもう答えが解った者も居るだろう。手段自体はありきたりなくらいだ」


 いつの間にか高星は両目を固く閉じて、エステルの言葉だけを聞いていた。


「高星の考えた、だが実行を躊躇(ためら)っている策とは即ち……お父君を殺して、安東家当主の座を奪う事だ」


 息をのんだ。自分だけではないだろう。見なくても皆が高星に注目している事が解る。


「……そう、その通りだ。すでに手は打ってあり、家中の支持を得る目処(めど)も立った。時も味方している。条件は最高と言って良い」


 ここで高星は目を開き、ゆっくりと満座を見回した。


「だが皆は私に親殺しをしろと勧めるのか?」


 答えられる訳の無い問いかけだった。


「解っている、いろいろ試みたが他にもう手が無い事は。だが怖いのだ。父を手に掛ける事がでは無い。むしろ嬉々として手に掛けそうな自分が怖いのだ。

 今もあの男を父と呼ぶことに、強烈な違和感を感じずにはいられない。だが、喜んで親を手に掛けたら、それはもう人間では無いなぁ」


 自分が高星に感じた不満は、高星が高星らしくない選択を選ぼうとしていたからなのだという事が解って、少しほっとした。

 だが未だ高星の決心を変えた訳では無い、なんとかして高星には高星らしく、自分から道を切り開く選択をして欲しい。

 だがそのために親を殺してくれと頼むのは、やはり身勝手すぎるだろうか?

 いや、それよりももっと言うべき事がある。少なくとも、高星に言いたい事がある。例えそれが遠まわしに親殺しを勧めるものであっても、とにかく高星に一言言いたいのだ。だからジャンは高星の前に立った。


「子爵」

「ジャンか」

「一言……じゃ済まないかもしれないが、言わせて欲しい」

「良いだろう、言ってみろ」

「子爵は親を殺す事を迷っているけど、俺だって親を殺した」

「……そうだったな」

「俺だけじゃない、銀華さんは家族を亡くしているし、エステルさんは半分人間じゃないし、イスカだって一人になったし、紅夜叉に至っては何十人殺したか知れないし、操ちゃんはそんな紅夜叉についていく物好きだ」

「一つ訂正だ、俺はとっくに百人以上殺しているはずだ」


 紅夜叉がそんな口を挟んできたが、その口ぶりはむしろ楽しんでいる様な感じで、少なくとも妨害ではない。紅夜叉なりに応援してくれているのかもしれない。


「この土地に住んでいる子爵達アラハバキの民は、人間扱いされないんだろ? 新しくここに来るやつらも、流刑者や亡命者で、まともに人間扱いされないんだろ?」

「そうだ」

「ここはそんな俺達みたいなのが居てもいい場所なんだろ? 子爵は俺達みたいなのが、胸を張って生きていい世の中を作りたいんだろ?」

「……そうだ」


 高星の言葉に徐々に力がこもってきた。


「なら一番上に立つのがまともな人間じゃなくて良いじゃないか。俺は俺達をまともな人間扱いしない連中の基準でいう『まともな人間』じゃなくて、子爵の、安東高星の家来になりたいんだ。だからお願いだ、子爵は子爵らしくいてくれ。俺には真似できない様な人間でいてくれ」


 思いの丈を一気呵成(いっきかせい)にまくしたてたという感じだ。自分の思っている事を上手く言葉にできたかは判らない、自分の思いを上手く高星に伝えられた自信は無い、でも言いたい事は言った、後はどうとでも成れだと思った。


「はぁ、好き放題言ってくれるな」


 高星が頭を掻(か)きながら皆を見回す。


「一つ、確認しておく事がある。お前達まさか私にだけ覚悟を決めさせようと言うのではないだろうな? やるならばとことん付き合ってもらうぞ。そうでないなら私も御免だ」

「お望みとあらば、地獄まで」


 白銀の髪を揺らして黒い女騎士が誓う。


「私は言うまでも無いわよね?」


 黄金色の母が確認する。


「悲しい結末になんてさせない、私が必ず止めてみせる」


 強い瞳で少女が宣言する。


「邪魔だと言われても、付いて行く。初めて俺が自分で決めた事だ」


 まだ何者でも無い少年が決意した。


     ◇


 その後も次々と忠誠を誓う宣言がされた。それぞれが自らの言葉で協力し、手を汚し、罪を背負う事を宣言した。


「どいつもこいつも……馬鹿ばっかりだな」


 そう言いながらも、高星の口元には隠し切れない笑みが浮かんでいた。


「さて、後はお前だけだな」


 高星が部屋の隅を見る、そこには片膝立てて刀を抱えた紅夜叉が居る。


「私の記憶が間違っていなければ、私はお前に意味のある戦いを始めて見せるから、それに身を投じる価値があるか見極めろと言ったな?」

「ああ言った。利益だ、正義だ、法だ、意地だ、誇りだ、そんなくだらない戦とは違う戦をあんた始められるのか?」

「始める。いや、すでに始めている」

「何のために戦う?」

「言葉にしようとすると難しいな……そう、星を追うために戦う。かな」

「星を追う? つまり、夢を追い求めると言う事か?」

「似てはいるが違う。夢よりももっと遠く、もっとか細く、もっと鮮烈な何かだ。だから、星、としか言いようが無い」

「星、か……それを手に入れたらどうする?」


 高星が静かに首を振る。


「たとえ世界の全てを手に入れても、それには届かないだろう。永遠に手に入る事は無い」

「絶対に手に入らないと解っていて、追い求めるのか?」

「だからこそずっと追っていたいのだ、そして追い求めている限りそれはそこにあり続ける。追い求めるのを止めたときそれもまた失われる」


 紅夜叉がまぶたを半分閉じて床を見つめる。いや、何も見てはいないのだろう。


「……悪くねぇかもなぁ」


 不意に紅夜叉がそんなことをつぶやく。


「夢を語る奴なんて掃いて捨てる程居る。夢を行動に移す奴だって、その何分の1かは居る。だが星を追うなんて言う奴はあんたしか居ないだろうな。

 そんななんだか解らないもののために死ぬなら、ありきたりな理想の踏み台として死ぬよりは面白いかもな」


 紅夜叉がすっと立ち上がり、高星と鼻がくっつきそうなくらいまで近づいて止まる。


「いいぜ、殺す以外に何も知らない俺でよければ好きに使え。操もそれでいいよな?」

「当然。私があんたの銀華さんをやるから、男同士好きなだけやればいいわ」


 言いえて妙だと思った。


「よし皆、もう一度確認するが、ここから先はもう降りられないぞ。それこそ死ぬまで付き合ってもらう。いいな?」


 応! と力強い返事が響く。もちろんその中にはジャンの声も混じっている。


「うむ、ならば私も覚悟を決めよう。私は人間をやめるぞ!」


 その言葉には、微塵(みじん)も悲壮さは無かった。


「高星、安東家や我々やもっと大勢のためとは言え、やはりお前には辛い事を強いた。だがその責任は取る、必ず高星を――」

「待て、エステル。お前は何か勘違いをしている様だな」


 高星がエステルの言葉を遮った。そしてはっきりと高星らしい宣言の言葉を続けた。


「私は安東家もお前達もどうだっていいのだ。ましてや誰かの為や、理想の為に屍山血河を築く道を選んだ訳でも無い。

 全ては私の私利私欲のため。私の望みのために、私を極悪非道と非難する善人が居れば、殺して進む事を躊躇(ためら)わないのだ。

 そして私の望みを叶える為にお前達が必要なのだし、より多くの者を助ける手段を採る方が、敵を増やす手段よりも成功率が高いと言うだけだ。

 だから、私に辛い道を強いたなどと思いあがるな」

「そうだったな。高星は世間の道徳など気にする様な者では無かったな」


 エステルがやれやれと言う風に、ため息をつきながら言う。すかさず高星の反撃が飛び出した。


「私はとっくに善悪の彼岸の住人だ。それを忘れるとは、これから副官としてやっていけないぞ」

「それは悪かった。ここしばらく主人が腐抜けていたもので勘が鈍った様だ」

「言ってくれる。だがそうでなくては。頼りにしてるぞ」

「仰せのままに」


 エステルがわざとらしく深々と頭を下げる。高星はそんなエステルを苦笑いで見ていたがすぐに顔を引き締めた。


「さあ、時間がない。すぐに行動に移ってもらうぞ!」


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