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剥製のジェミニ  作者: ゐなか ろじ
第2章 剥製の片割れ
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第4節 夜を刻む雫

食器が重なる細やかな音が 静まり返っていた食卓に落ちた

スヴァとルヴィが木皿を綺麗に空けたのを確認し 席を立つ

皿を重ねようとしたとき 視界の端でギルベルトが身を乗り出すのが見えた

重い身体を無理に持ち上げ 空いた皿へとぎこちなく手を伸ばしてくる

「 ……私も 手伝う 」

「 お姉ちゃんは休んでー!」「 …お前は余計なことはするな 僕が手伝う日だ 」

「 寝ていろ 」

短く制し ギルベルトの手から落ちかけた皿をそのまま取り上げる

拒絶というよりは 単なる事実の指摘だ

手負いの少女にやらせる仕事など ここにはない


だが 食卓で どこか気まずそうに 不安を抱えていた者が 今は自発的に動こうとしている

客としてではなく この小屋の日常に身を置こうとするような 小さな足掻き

それを咎める気にはなれなかった

皿をまとめ水場へと運ぶ


食卓を離れた子供たちに 夜の気配が落ちてくる

スヴァがギルベルトの袖を引いて何かねだり ルヴィがスヴァの首根を掴み引き離す

警戒を解ききっていないルヴィだったが 腹が膨れれば押し寄せる睡魔の波には勝てず 小さな欠伸を噛み殺していた

手早く隅に毛布を敷いてやると 二人は申し合わせたようにそこへ潜り込んだ

スヴァが名残惜しそうにギルベルトを振り返って見ていたが すぐに規則正しい寝息に変わる


高床式の炉床(レイズド・ハース)の火を小さく絞る

明かりが引き 壁の影が深く伸びた

——— トーン…

濾過装置(ヒュドロ・マニキオン)の水滴が落ちる音が 静寂の隙間を埋めていく

子供たちの穏やかな呼吸音と 水滴の音

小屋の空気が 本来の沈黙を取り戻していく

高床式の炉床(レイズド・ハース)の前の丸椅子に腰を下ろす


「 ……話してくれると言ったな 」

掠(かす)れた声でギルベルトが切り出してきた

火を見つめたまま 短く応じる

「 あぁ 」

ギルベルトの手は無意識に自らの首を擦(さす)っていた

布の下にある刻印を確かめるように

数理掌庁(マギストラーレ)の人間なら その刻印をただの記号や識別番号として処理するのだろう

だが自分に見えているものは違う


「 ……お前は 私の刻印を見ただけで 何が起きたのか分かったのか?」

ギルベルトの問いに 火から視線を外さずに答えた

「 全てでは無い が お前の刻印の波形が歪んでいる……本来 刻印は 魂の(フ)…いや生命の息吹(オンド)の循環を認知するためだけのものだ 」

「 生命の息吹(オンド)の?… あの時 お前が介入したと言っていたレギ…それはなんだ?」

「 聖数原簿(レギストルム)…刻印を持っている全ての人間が記録されている 」

「 す…べて……だが わざわざ生命の息吹(オンド)の循環を認知する必要はなんだ? 」

「 あぁ 生命の息吹(オンド)の循環が認知できれば その人間に起きた異常にも気付けるからな

だが お前の刻印は 循環の認知だけではない…身体の内部から生命の息吹(オンド)を どこかへ流出させている 」

「 流出……?」

「 お前の身体の中で起きている現象…ギルベルト自身が 刻印には想定外の存在なのだろう 」

それ以上は口を閉ざした

知識を誇示する必要もなければ 不確定な推測でギルベルトを動揺させる必要もない

自分が視認できた事実だけを渡す

ただ それだけだ

国家が何を画策し ギルベルトをどう定義しようとしていたのかは知らない

ただ ギルベルトの身体の中で起きている変化は 数理掌庁(マギストラーレ)の机上の計算からはみ出した現象だ

数字や規格として処理されたギルベルトだが いま眼前にいるのは 歪みと熱を抱えた生身の人間だった

「 お前…ハティは…… 」

ギルベルトの視線が 揺れるような色を帯びたのを感じる

なぜ そんな目をするのかまでは追いかける必要はない

だが 少なくとも自分に対する警戒の毒が抜けたことだけは解った

立ち上がりギルベルトに背を向ける

「 これ以上は 今夜話すことはない……明日も話せる 」

薪が爆ぜる音を聞きながらギルベルトに最後の言葉を投げかける

「 今は 寝ろ 」

明日という時間が当然あることを告げ 高床式の炉床(レイズド・ハース)の火の残照の中にギルベルトを残した

濾過装置(ヒュドロ・マニキオン)の水滴が 規則正しく夜を刻み続けていた

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