第5節 寄せ集めのテッセラ
朝の光が 薄布のような霧を透過し 小屋の床に淡い光の綾を織りなしていた
パンを切るサクスの音とスープの煮立つ匂い
子供たちの賑やかな目覚めとともに 小屋の時間は再び動き出す
その片隅で ギルベルトはまだ浅い呼吸のまま 昨夜と同じ場所に身を縮めていた
「 お姉ちゃんはどこから来たの?」
木匙を握ったスヴァが スープの湯気の向こうから 思い直したように尋ねた
あまりにも素朴で境界線のない問いかけ
ギルベルトの手がぴたりと止まる
「 どこ……から…… 」
掠れた声が混濁する
ギルベルトの瞳が迷子のように彷徨うのを 高床式の炉床の薪をくべながら静かに見ていた
普通の人間の子供なら「東の村」や「山の向こう」と答えるのだろう
だがこの少女にとって自分の起源を辿る作業は 絡まり合った糸の束を前に立ち尽くすようなものなのだろう
「 ……ここから 少し南へ下った 広い西の土地だ 」
長い沈黙の末 ギルベルトが絞り出したのはそれだけだった
だが ルヴィが皿を置きながら小さく鼻を鳴らす
「 西のどこなのさ わからないの?刻印つけてるのに 」
子どもたちの無遠慮な興味が ギルベルトの背中を静かに追いつめていく
逃げ場のないその空間で 彼女はぽつりぽつりと 自分の知っている 事実 だけを足元に落とし始めた
「 刻…印……私は 兄上と共に生まれ 同じ数字の刻印を与えられた 」
「 お兄ちゃんと一緒に生まれたの? 」「 ふーん 双子ってやつ?」
「 あぁ……名前も 同じだった 私は 兄の影として育てられた サクスを握り 戦うことだけを教えられた 」
淡々とした語り口だった
自分の生い立ちを嘆く風でもなく ただそうであった と報告するかのような無機質さ
( 2個体に1つの刻印……?)
刻印は人間を識別するためのものだ
だが 彼女には兄と同じ刻印が与えられている
刻印だけでは 目の前の少女と兄を区別できない
その名も身体に刻まれた数字も存在を定義する記号になり得ない
「 兄上とずっと同じだった…それが少しずつそうではなくなった 」
「 同じ?お姉ちゃんはお兄ちゃんじゃないでしょ?」「 当たり前じゃん?」
「 っ!あぁ…そう だな…私は15になり 身体が……私の知らないものになり始めた 」
ギルベルトの指先が頼りなく布を巻かれた首に触れる
「 喉を潰しても無意味だった それを知ったのは あの日…ハティ お前に初めて会った日だ 」
伏せられていた睫毛の奥で 遠くを見つめるギルベルトと視線が交わった
「 父上は私を見て……穢れ と…… 生命の息吹と12桁の刻印を本来の姿に戻すために灼き祓わねばならない と 」
「 ……それで 逃げてきたのか 」
ルヴィの声から先ほどまでの刺々しさが消えていた
子供なりに それがどれほど絶望的なものであったかを察したのだろう
スヴァは黙って自分の干し肉を小さくちぎり ギルベルトの皿の縁にそっと置いた
ギルベルトはそれ以上語らなかった
彼女が知っているのは " 自分が経験したこと " だけなのであろう
自分が何故 兄と同じ刻印であるのかも 何故 15歳で " 穢れた " のかも その理由は何も知らないのだ
深く息を吐き 思考の深層へ潜る
己の眼で確認した 刻印による生命の息吹の流出
そして今 ギルベルトの口から語られた " 兄と同じ刻印 " " 15歳での身体の変化 "
頭の中で少しずつ モザイク画が姿を現そうとする
( だが まだ……全ては見えていない )
彼女に施された刻印と 15年という歳月を経て生じた生体エラー
だが それは単なる秩序からの逸脱ではない
巨大な秩序の中で 初めから折り込まれていた
捨て石への仕様なのか あるいは ———
ギルベルトに向かってその答えを提示することはできない
しかし 今 目の前にいるのは 穢れや歪みという名の抽象概念ではなく 子供から分け与えられた干し肉を 戸惑いながら見つめている 一人の手負いの少女だ
「 ……スープが冷める 食え 」
昨夜と同じ短さで告げ 自分の丸椅子へと戻った
自身もまだ 全ての解が見えているわけではない
ただ 目の前の歪みの背景にある 昏い泥濘だけを 静かにその胸に刻み込んでいた




