第2節 7760
「 ……ッ、ぁ、あ゙ぁぁッ!!」
「 ぅわっ!?」「 起きた!」
「 っわ!……えっ?」
小屋を満たしていた薬草を擦り潰す規則的な音を 痛々しく劈くのは 潰された喉から絞り出された 声帯を擦り切るような割れた叫びだった
土間の寝台で 横たわっていた身体が弾かれたように飛び起きる
荒い呼吸とともに肩が大きく上下し 焦点の定まらない両眼が 狂乱気味に部屋の空間を泳いだ
異様な悲鳴の主 —— ギルベルトは 視界に飛び込んできた小さな影に息を呑み さらに低くかすれた驚きの声を漏らして身を縮める
「 お前……たちは……あの…ときの…… 」
「 スヴァだよ! こっちはルヴィ!」「 あっ! 勝手に言うなよスヴァ!」
「 だって起きたもん!」
人形を抱えたスヴァが 寝台に身を乗り出し 弾んだ声を上げると
すぐ脇で布を畳んでいたルヴィが 肩を跳ねさせて後ろへ仰け反った体勢を戻しながら抗議する
作業の手を止め 薬草の汁で濡れたすりこぎから手を離し 使い古された葦ペンを取り上げ手際よくインク壺に先端を浸す
傍らの古い書物の余白へ乾いた音を素早く走らせると静かに腰を上げた
ふたりのやり取りを横目に小さな畑から数種類の薬草を見繕い 粗く織られた麻の薬湯袋へ無造作に しかし緻密な分量で詰め込んだ
乱れた髪の間から覗くギルベルトの瞳には まだ悪夢の残滓と混乱が渦巻いていたが 少なくともその眼差しに 混濁はない
「 目が覚めたのなら 一度身を清めてこい 」
「 ……ハティ…ここ…は? 」
「 小屋だ 持ち主は 多分もう居ない 」
「 ……そう…か……また 世話になったんだな 」
「 ……スヴァ風呂に連れて行ってやれ …これで薬湯の風呂に 」
「 え?ひとりで?」「わぁ!ミンテの匂い!あとはー…サルヴィエとー…ゲアウェは入れるでしょー……もうひとつはなんだろー?」
「 ……あとで教える 早く行け 」
「 約束ね!お湯 急ぐ?」「 あっ!ズルい!僕も!」
「 必要ない 」
「 わかった!お姉ちゃん!こっち!早く!」「 あ!スヴァ危な… 」
「 えっ?ぁっおいっ…… 」
腰のあたりから 抗議の視線を感じる
「 ハティ!良いのかよ 」
「 ……何が?」
「 あいつ 刻印持ちだろ スヴァひとりで何かあったら… 」
「 ……悪いヤツでは ない 」
「 それは……わかる…けど でもっ 」
( 言いたいことは わかる この子は聡い )
ルヴィの頭についた麻の屑を取りながら 少しクセのある毛を梳く
「 お前はそれで良い 」
「 わっ……子供扱いするなよ!」
「 ?子供だろう 」
「 ハティはズルい…はぁ……ねぇ スヴァ やるよ 多分 」
「 ……それは 思う 」
「 やっぱり 僕もスヴァのところに… 」
「 お前はいい 」
「 何で?」
「 …なんでも 」
「 …ねぇ 麻の薬湯袋には あと何を入れ… 」
「 ——— どれだっ!?0501はっ!」
「!?スヴァ!」
悲痛に歪んだギルベルトの叫び声が 小屋まで届く
弾かれたように駆け出したルヴィを 静かに追った
小さな手 ——— スヴァに手をひかれ 桶風呂に案内された私は その異質さに目を見張る
( これが 桶風呂?一体 これはどうなっているんだ?)
石造りの竈の上には 桶が ——— 丸みを帯びた青銅のような底板とそこにピタリと噛み合う頑丈そうなオークの側壁で造られた ——— 置かれている
「 今 水入れるね!」
スヴァが 奇妙な金属の棒についている小さな横木を回すと中から勢いよく水が吐き出された
「なっ…!なんだ それは… 」
「 お水重いからって ハティ造った 」
「 ……そ…そうか 」
「 火をつけてお湯にするんだけど 時間がかかるから フグ…」
「 …私がやろう」
「 わ!お姉ちゃん上手!ルヴィより早い!」
「 …兄上が 教えてくれたんだ 」
「 あに…ルヴィみたいな人?」
「 …あぁ そうだな…お前たちは 家族なのか?」
言いながら首と指の布を巻き取る
「 家族?」
「 ……一緒にいる…いや 大事な人たちのことだ 」
「 ルヴィはずっと一緒!ハティは後から家族!」
「 …そうか 」
無意識に首元を触る
「 お姉ちゃんは 刻印の人?見てもいい?」
「 …っあぁ 構わない… ここに12桁の数字があるだろう?」
「 いち にい さん……8個しかないよ?」
「!」
「 スヴァ!無事か!?」
「 え?何が?あ!最後の薬草 メイゼでしょ!?当たり?」
きょとんとしたスヴァの隣で狼狽えたギルベルトが 首に触れていた
( あぁ なるほど… )
「 おい!お前!スヴァに何を… 」
「 真ん中の数字だ 最初の数字はある 」
「 7760が…?」
「 肉が抉れたからだろう 」
「 …そう か…ははっ…そうなのか 」
「 何だよ 一体 」「 お姉ちゃん 大丈夫?数字 大事?」
「 あぁ…そうだな……いや もうわからない 」
「 あれっ?ちゃんと火を使ってる!」「 お姉ちゃんが着けた!ルヴィより早かったよ!」「 大人と比べるなよ!それに あいつより ハティの方が上手だ!」「 あいつじゃない!お姉ちゃんでしょ!ねぇハティ!メイゼでしょう?何で?」
「 ……小屋に戻るぞ 食事の支度を手伝え 」
「「 食事!」」
「 ……ゆっくりしろ お前の分も用意する 」
返事はなかったが 振り返らなかった
【 次回予定 】第3節 冷めないスープ
09月16日22時頃 更新
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ご一読いただき ありがとうございました
番号に支配された世界で足掻く彼らを
見守っていただけますと 幸いでございます




