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剥製のジェミニ  作者: ゐなか ろじ
第2章 剥製の片割れ
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第1節 銀の波紋

( 臭うな )


狭い小屋の中を 濁った熱がじわじわと侵食していく

湿った水苔(スファグナム・モス)と 体温で煮詰まった生乾きの血が混ざり合い 異臭を撒き散らしている


( この時期に放置すれば 明日の朝には腐敗するな )

土間にある 低い小さな寝台に横たわる身体は まるで魂を抜き取られた肉の塊だ

乾ききった唇から漏れる浅い喘ぎ声は 途切れ途切れで今にも途絶えそうにか細い

感染症の熱だろう 自らの身体の構造すら知らず ただ恐怖から異物を押し込んだ代償


( 無知は罪だな )


憐憫(れんびん)とも軽蔑ともつかない思考が脳裏を掠(かす)める


片隅から 幼いふた組の目が 恐る恐るこちらを覗き込んでいるのを尻目に 半乾きの血に染まったギルベルトの麻のズボン(ブレー)を下ろす

脚に異常が無いことを確認し 膝裏と踵にそっと手を添え 膝を曲げさせる


高床式の炉床(レイズド・ハース)から 冷えた木灰を手に取り 少量の水で両手をこすり合わせ 灰のザラついた感触とアルカリの匂いを水で洗い流す

天井から吊るした濾過装置(ヒュドロ・マニキオン)で清めたぬるま湯と清潔な布を 手早くギルベルトの傍らに置く


木灰で清めた指先で ギルベルトの穴の中で 固く膨れ上がった異物を取り除いてゆく

「ゔぁっ……ぁ゙あっ」

熱の帯び具合を指先で感じながら どこまで異物が入っているのかを静かに測る

「耐えろ」

ギルベルトにあの時と同じ声をかける

処置が終われば 再び木灰を手になじませ 粘りついた血と生臭い匂いを洗い落とす

汚れた桶と布も 灰汁(あく)で手早く洗っておく

( 首と指も確認するか )


「 …終わったのか?」「 お姉ちゃん 死んじゃうの?」


「 まだだ 」

「 手伝う 」「 ……え゙っ?」

「 不要だ 」

「 私だって綺麗なお水 できるよ 」

「 お前たちは 寝台だけで 十分だ 」

「 どいただけで 何もしてない 」「 ……十分じゃん… 」

「 ………… 」

「 お水くらいなら できるよ 」

「 ……手を洗ってこい 水はいい 布と傷薬(ガルウェ)を頼む 」

「 首とお手手?」

「 あぁ 」

「 布 少し綺麗にする? 」

「 必要な……少しだけだ 」

「 わかった!行こう! 」「 …なんで僕まで 」


濾過装置(ヒュドロ・マニキオン)を見る

……トーン……トーン

下に置かれた素焼きの水甕の底へ 空間を震わせるように低く反響しながら 濁りを失った透明な水滴が規則正しく落ちていく

ひしゃくで新たな湯冷ましを注ぎ足すと 袋は小さく身震いし 水滴の落ちる速度が少し速まる

音の間隔が消失し 一筋の細い透明な糸となって素焼きの底を叩く

「 ……少し急がせるか 」


不自然な静寂の中 手慣れた動作で左の耳元へ手をやる

仕込んだ微細な針が 小指の腹を食い破り 赤が滲んだ ——— 瞬間 その赤など 最初から存在しなかったかのように 再び皮膚の底へ吸い込まれて消えていた


水甕の水滴の音は 水(・)自(・)身(・)が水を迎えるような優しくまろやかな音に変わり 響きを失いながら 耳元で弾けるような 高くて冷たい短い音に変わる

最後に落ちた一滴が 暗い水面に静かな銀の波紋を広げた


「 ……少し やりすぎた 」

満水の水甕を見て小さく呟いた

『 第2章 剥製の片割れ 』よろしくお願いいたします

この章は全9節の予定でございます

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