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剥製のジェミニ  作者: ゐなか ろじ
第3章 数理の檻
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第5節 定期検分

整然と積み上げられた大量の羊皮紙(ペルガメヌム)と木札(タリー・スティック)の山を前に 俺は思わず重い息を吐き出した

『 ——— 明後日(みょうごにち)行われる定期検分(コルプスペクティオ)の準備だ 抜かりなくやれ 』

カトニス副隊長(サガル・シンプ)からそう告げられたのは 今朝のことだった

検分の設営だけだと思っていた

しかし 今回の定期検分(コルプスペクティオ)における聖数原簿(レギストルム)の写しの作成と保存までとは 思ったより重い軍務だ

「 聖数原簿(レギストルム)の写し……ですか 」

「 そうだ 定期検分(コルプスペクティオ)は単に兵士の傷病を見る場ではない

外内の総勢2,500人に及ぶ全兵士の最新の身体状態を二重に記録するためだ

羊皮紙(ペルガメヌム)への転記と整理をお前たちにも覚えてもらう 」

( ルキウスならともかく…何故 俺まで )


ルキウスの葦ペン(カラムス)捌きは相変わらず早い

膨大な兵士の名簿と12桁の刻印(ノタメルキ)を淀みなく照合していく

俺はルキウスが仕分けた作業用の木札(タリー・スティック)を受け取り 当日の検分順に棚へと並び入れる

( ……しかし これは凄いな )

作業を進めるにつれ 聖数原簿(レギストルム)の恩恵を肌で感じずにはいられなかった


3ヶ月毎という高頻度で行われる定期検分(コルプスペクティオ)

2,500人もの人間の身体状態を把握するのは簡単なことではないはずだ

しかし聖数原簿(レギストルム)と12桁の刻印(ノタメルキ)のおかげで 過去の記録との比較も瞬時に行えるらしい

さらに 生命の息吹(オンド)の状況を管理しているおかげで 傷病の早期発見が可能とあれば 末端の兵士にとっても利の大きいシステムだ

便利で 確実で 兵士たちが守られている

この合理性に俺はただ感嘆した


そして定期検分(コルプスペクティオ)当日

聖数原簿(レギストルム)のある地下では整然と兵士の列が作られていた

普段の検分は医術師と司祭(サケルドール)が測定器に手をかざし 聖数原簿(レギストルム)と原簿の写しを照合して淡々と進められるらしい

だが この日は会場内の空気が違っていた

リヴァルドの隣に立つ人物の姿に 並んでいた兵士たちがざわめき立つ

「 おい……見ろよ大司教(サケルドミヌス)だぞ 」

「 なんであんなお方が…… 」

「 例の刻印の奴を見に来たらしい 」

「 教皇(パパティル)へ報告するためじゃないのか?」

ひそひそと交わされる兵士たちの不穏な視線と囁きが 背中に突き刺さる

自分に向けられている言葉

冷たい不安が込み上げて拳を握りしめた

己の存在そのものが この世界で浮き彫りにされていくような 嫌な感覚が背筋を伝う

「 おいギル お前有名人じゃん 堅物のくせに 」

隣から飄々とした声が降ってきた

ルキウスは兵士たちの話など意にも介さず いつもの少し呆れたような半目で見上げてきた

「 な……ルキウス お前…… 」

「 たかが数字の羅列なのにな 間違いなら修正すれば済む事だろ お前はお前だよ 」

こともなげに言われたその言葉にハッとした

「 ……ふっそうだな俺は俺だ 」

「 分かればいい 仕事しろ 」


俺たちの視界の先で 検分は驚異的な速さで処理されていく

全体を統括するのはカトニス副隊長(サガル・シンプ)

そして大司教(サケルドミヌス)を伴いながら数理掌庁(マギストラーレ)の代表として立つリヴァルドだ

「 第4区の照合 完了しました 滞りありません 」

「 よし カトニス副隊長 外部軍の第5区をそのまま導線へ流してくれ 」

リヴァルドの指示はどこまでも的確で 笑みを絶やさない

その姿を見ていると 現場の兵士たちまで自然と動かされていく


やがて 俺たちふたりも検分を受ける順番が巡ってきた

3回目となるルキウスは慣れた様子だが俺は はじめて受ける定期検分(コルプスペクティオ)にわずかに緊張した

「 次……首を見せろ 」

俺は言われた通り測定器へ首を向けた

皮膚の上を青い光線が走り頸(うなじ)の12桁の刻印(ノタメルキ)を読み取る

「 照合開始……0501-7760-1202 」

医術師たちが眉をひそめ羊皮紙(ペルガメヌム)の控えと原簿を見比べた

俺の心臓がドクンと嫌な跳ね方をした

刻印エラーが頭をよぎり身構えた

そこにすっと静かに割り込んできたのは リヴァルドだった

その隣には大司教(サケルドミヌス)が立っていた

彼は控えの羊皮紙(ペルガメヌム)を受け取り 何かを確認しているようだった

( ——— なるほど )

リヴァルドの瞳の奥で 何かが一瞬だけ小さく動いた気がした

だが 彼はすぐに いつもの穏やかな笑みを向けてきた

「 驚かせてしまいましたね ギルベルト兵士

心配いりませんよ あなたが内部軍へ配属された際の転記手続きが少し遅れた影響でしょう

今のところ問題は確認されていません 」

「 あ……そう なんですか 」

「 えぇ…今日は長時間の準備もあり あなたも疲れているでしょう

無理に今 ここで原因を調べる必要はありません 」

リヴァルドは俺の肩をポンと優しく叩き 隣のルキウスへ視線を向けた

「 特殊な転記案件なので私が確認します

ルキウス兵士 君は検分には慣れましたね?

君たち2人の検分は明日 行いましょう

ギルベルト兵士も君がいれば安心でしょうから 」

「 私も ですか? ええ まあ……私はいつでも構いませんが 」

ルキウスが呆れたように肩をすくめて請け合ってくれたおかげで 俺の胸を占めていた緊張が幾分和らいだ

「 その際にギルベルト兵士の 転記手続きについても確認してみましょう 」

( ……ただの手続きの遅れ だよな )

リヴァルドの配慮と 当たり前のように隣に立っているルキウスの存在に 俺は安心していた

「 ありがとうございます リヴァルドさん 」

「 いいえ 大切な兵士の身を守るのも 私の役目ですから 」

リヴァルドはどこまでも穏やかな目だった

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