第6節 過客の温度
——— 熱い
焼け落ちる家屋の爆ぜる音と 泥に塗れた骨の軋む音が 鼓膜の裏で渦を巻いている
自分の腕なのか それとも誰かの腕なのか分からない肉が 冷たい石床の上で引きちぎられていく
「 ……ッあ゙……!」
跳ね起きると同時に 冷たい夜の空気が喉の奥へと飛び込んできた
荒い息が白く乱れ 激しい動悸が胸の内側を叩く
無意識に右の掌を強く握りしめていた
掌の中に残る硬い感触
指を解くと 月光に照らされたのは 粗末な紐で結ばれた小さな木彫りの塊だった
( …スヴァ…… )
冷や汗に濡れた額を拭い それを胸元へ強く押し当てる
少しずつ 暴れていた心臓の音が静まっていく
ここがどこなのかを自覚する
西の谷筋 街道から遠く外れた岩陰だ
人目と関所を避け ハティの言葉をたよりに 人通りのない荒野を進んでいた
「 ……ハティの言ってた橋…落ちてたな 」
膝を抱え 掠れた小さな声で呟く
ハティが示してくれた道筋や地理の情報は 古い記憶に基づくものだ
この十数年の間に 関所の配置は変わり かつての迂回路は崩落し 渡れるはずだった橋は跡形もなく流されていた
麦の月のうちに レギオン・ヌメリアに着くことは難しいだろう
下手をすれば霜降りの月近くになるかもしれない
旅が長引くことへの焦り以上に 私を苛んでいたのは身体の異変だった
( ……また 熱い )
指先を見つめる
夜の闇の中だというのに自分の輪郭がほんのりと揺らめいているように “ 視える “
ハティの処置によって 猶予を与えられたこの体だが ひとりきりの孤独な旅と野宿の緊張感からか 生存本能が過剰に働く
獣や他人の気配を恐れるあまり 私は無意識のうちに 生命の息吹を網のように周囲へ広げてしまっていた
( 今まで こうやって使ってたんだな…… )
『 これは時間稼ぎにしかならない その猶予すら 生命の息吹を外へ張り巡らせれば 短くなる 3度目ともなれば反動もあるかもしれない 』
ハティの静かな警告が脳裏をよぎる
理解はしていた
だが 暗闇の中で生き延びるためには 感覚を研ぎ澄ませざるを得ない
( 私の中を覆っているものを 私の生命の息吹が剥がしていく感覚… )
皮肉にも 命を繋ぐための警戒行動が 猶予を削る引き金となっていた
( 本当に 私は何も知らないまま 生きてきたのだな )
向こうで立ち上る微かな熱 ——— 旅人の群れや 集落に蠢く人々が ぼんやりとした光の渦として感触を伴って伝わってくる
( ハティの言っていた流出とはこれか…確かに何処かへ流れている )
翌朝
崩れた外壁の影で私は身を潜めていた
廃墟と化した小さな宿場跡
そこで 泥に濡れた小さな影を見つける
ボロ布を纏って蹲る少女の 痩せこけた小さな肩が震えていた
( 無番の民か……いや 私には時間がないんだ )
立ち去ろうと足を踏み出した
─── カロン
懐の塊が立てた微かな音が私の足をとめた
「 …… 」
袋の中から干し肉の小さなひとかけらを取り出す
助ける気も 関わる気もない
ただ 少女の足元へそれを滑り込ませると 影のように立ち去った
背後に残された少女の微かな熱を感知しながら 冷たい風の吹く谷筋へと再び脚を進める
( 無番の民……先ほどの少女もやはり何か違う……
生命の息吹が流出することなく 彼らの体内を循環しているからなのか……
いや 考えたところで 私にはわからないだろう
……ハティなら……いや やめよう )
もう会うことのない 彼らを少しだけ思う
僅かな猶予が 少しずつ擦り切れていくのを感じながら




