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剥製のジェミニ  作者: ゐなか ろじ
第3章 数理の檻
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第4節 歪な双皿

カトニス副隊長(サガル・シンプ)の下についてから数日

俺の胸中にあったのは 拍子抜けするような戸惑いだった

上級兵士たちからの執拗な嫌がらせや 意味のない過酷なしごきが 減っていたのだ

いや 正確には 俺たちに嫌がらせをする余地がなくなっていた

「 おい欠陥品 この兵糧庫の整理 今日中に終わらせ…… 」

「 あ それならもう終わってますよ 」

倉庫の入口で 上級兵士が声を荒らげようとすると 横からルキウスが薄い羊皮紙の束を差し出す

「 昨日の搬入分と照合して穀物庫(グラナリス)から腐敗した麦樽三つは破棄処分として 落としておきました

副隊長(サガル・シンプ)と兵糧調達官(プロヴィドール)の署名も済んでます 」

「 な……っ 」

「 ほら…次は何をすればいいですか?羊皮紙(ペルガメヌム)の筆写なら ギルベルトが馬車2台分運んでくれますけど 」

ヘラヘラと力のない笑みを浮かべながら 手際よく羊皮紙(ペルガメヌム)を押し付けるルキウス

上級兵士は不満げな鼻鳴らしを漏らし 捨て台詞を残して去っていく

( ……あいつと組むようになってから 軍務がしやすい )

俺は手にした重量のある木箱を抱え直しながら 隣で古い詩集でも眺めているかのように羊皮紙(ペルガメヌム)をめくる男の横顔を注視した

最初はいちいち不快だった彼の浮ついた佇まいが 一層 手際の良さを際立たせていた


 


「 ……そこまでだ 」

訓練場の冷たい石畳の上に 木剣が撃ち合わされる鈍い音が響いていた

カトニス副隊長(サガル・シンプ)の指示により 俺とルキウスは1対1の模擬戦(ディミカティオ)を行っていた

俺は木剣(ルディス)を構え直し 息を整える

ルキウスを軽視していたわけではない

だが 身体の出来も 腕の太さも明らかに俺が上だ

正面から打ち合えば 三打と持たずにこいつをへし折ることができる

——— そう思っていた

 

「 次 行くぞ 」

俺は踏み込み 上段から一直線に木剣(ルディス)を振り下ろした

確実に入る間合い

だが 手応えがない

ルキウスは力で受けることを端から放棄していた

俺の踏み込みの始動と同時に 最小限の歩幅で身体を半身に捻り すれ違いざまに 俺の肘の関節へ木剣(ルディス)の腹を軽く当て 軌道を逸らした

「 ……っ!」

空を切った俺の木剣(ルディス)が石畳を叩く

態勢を立て直して横薙ぎに払うが それすらも彼は円を描くような滑らかな足さばきでかわし すでに俺の間合いの外へ逃げていた

捕まえられない

ルキウスの剣技には力強さも華やかさもない

だが 俺の攻撃が驚くほど当たらない

「 なら……これはどうだっ!」

攻撃速度を上げる

木剣(ルディス)の切っ先がルキウスの肩を掠めた

「 ……今のは危なかった 」

「 避けられなかったな 」

「 そりゃ全部避けられるわけないだろ 」

俺は息を吐きながら ルキウスを睨みつけた

「 ……結構 強いんじゃないか 」

「 は? 何言っちゃってんの 」

ルキウスは木剣(ルディス)を肩に担ぎ 嫌そうに顔をしかめた

「 弱いよ あんたと正面から殴り合ったら 一発で骨が折れる 」

「 ならなぜ 俺の打ち込みをすべて交わせる? 動きに迷いがない 」

「 当たりたくないからに決まってるだろ?」

ルキウスは呆れたように肩をすくめた

「 痛いの嫌だし 怪我して動けなくなったら困る 相手が力任せに振ってくるなら その分軸がぶれるから避けやすいってだけ

……勝つ気なんて更々ないよ

死ななきゃそれでいい」

「 死なないため…… 」

「 そう 前線に出るつもりはない でもさ……

いざという時に 死なない程度の強さは持っておかないと 困るだろ?」

ルキウスの言葉が 胸の奥に重く沈む

俺にとって 戦う力とは " 戦士としての誇り " であり " 妹を守るための鎧 " だった

だが この男にとっての力とは 無駄に死なず ただ " 大切な場所へ帰る " ための最低限の術なのだ

( こいつは……誇りがないから戦わないんじゃない

守るために あえて " 戦わない術 " を磨いているんだ )


「 無駄口はあとにしろ 」

 

カトニス副隊長(サガル・シンプ)の低い声が訓練場に響いた

腕を組み鋭い眼光を 傍らに控える俺の愛馬 ——— グラームへと向けている

「 ギルベルト お前は騎乗戦の経験があると聞く……少し馬で動いてみろ 」

「 はい 」

短く応え グラームの太い首筋に手を添える

掌の皮膚を通して グラームの血流と筋肉の躍動が伝わってくる

そして息を合わせ鞍へ

右手に握りしめたのは戦場で使い慣れたサクスだ

手綱を引き絞る必要すらない

脚で腹を叩くまでもなく 己の意識と呼吸をグラームの四肢にまではり廻らせる

( ——— いくぞ グラーム )

踏み出した一歩目から世界が後ろへと飛び去る

グラームの筋肉と自らの体幹を繋ぎ止める

脚にかかる異常な負荷を分散させながら地を抉るように加速する

風を切り裂きながら鋭角に旋回し 間合いに入った標的へサクスを閃かせる

馬の速度をそのまま刃の重みへと乗せる

己の手足と馬の四肢

二つの生命が噛み合っている感覚だけに意識を研ぎ澄ませていた


息を整え 静かに蹄の音を響かせてふたりの元へ戻ると ルキウスが息を呑んだまま固まっていた

カトニスは顎に手を当て鋭い眼光のままゆっくりと頷く

「 ……なるほど その馬で ゲルマニア・ノドゥスからここまできたのか?」

「 はい 少し急いでおりましたので 2日ほどで 」

隣でルキウスの素っ頓狂な声が跳ね上がった

「 はぁ?! 嘘だろ……!?」

「 ……なるほどな 訓練はもういい 少し休め 」

カトニス副隊長(サガル・シンプ)の背を見ながら ルキウスは小難しい顔をしていた




それからも俺たちは 訓練と軍務のほとんどをふたりで組むことになった

数日も経つ頃には 互いの動きにも慣れていた


主計室に積み上げられた膨大な羊皮紙(ペルガメヌム)の山を前に 俺は唸り声を上げていた

「 おかしい……昨日搬入された万能槍(スピア)の数が3本 合わない 」

1つずつ数字を指で追い 計算をやり直す俺の横で ルキウスは提出された木版(タリー・スティック)と本帳簿をみながら 部屋の隅に積まれた木箱を一瞥した

「 ああ それならその3番目の箱 開けてみなよ 」

「 箱? まだ封が解かれていないぞ 」

「 紐の結び目が違う 他の箱は内部軍の二重結びだけど それだけ外部の納入業者の結び方のままだ ……中身 入ってないか数が誤魔化されてる 」

俺が慌てて木箱の蓋を開けると 案の定 底には上げ底が仕込まれ万能槍(スピア)が3本抜かれていた

「 ……なぜ分かった?」

「 言っただろ?結び目が違ったって 」

「 いや 普通はそこまで見ない 」

俺が呆気にとられていると ルキウスは手元の羊皮紙(ペルガメヌム)にすらすらと修正の文字を書き込みながら 気のない声で言った

「 雑穀の袋も 武器の箱も 運んでくる人間の癖が出るんだよ

数字だけ追ってても分からないけど " モノ " と " 人間 " を見てれば どこで誤魔化してるかなんて すぐ分かる 」

「 ……お前 随分と手慣れているな 」

「 まあ ね……昔 こういうのを嫌というほど 見させられてたから 」

「 昔?」

俺が尋ねると ルキウスは一瞬だけ葦ペン(カラムス)を止め すぐにいつもの掴みどころのない笑みに戻った

「 ちょっとこういう仕事をする家だったんだよ……まあ 昔の話だけどね 」

それ以上 語ろうとしなかったが 俺には十分だった

こいつには何か理由があるのだろう

ただの惰性でここにいるわけではない


「 ……なるほどな 」

背後から静かな声が響いた

振り返るとカトニス副隊長(サガル・シンプ)が腕を組み 冷ややかな瞳で俺たちを見下ろしていた

「 ……お前たちにやらせたのは正解だったようだな 」

「 副隊長(サガル・シンプ)…… 」

「 無駄な摩擦を起こすより 2人で処理した方が早い

このまま滞りなく進めろ 」

そう言い残し カトニスは去っていった

俺とルキウスは顔を見合わせた

「 ……だってさ よかったね ギル?俺がいてくれて 」

「 ……フン 生意気を言うな 」

俺は鼻を鳴らしたが 否定はできなかった

ひとりでは決して処理しきれなかった

その巨大な歯車の中で 俺たちはふたりで並ぶことで 初めてまともに息ができるようになり始めていた


 


「 ただいまー 姉上 今日の買い出しの荷物 ギルが全部持ってくれたよ 」

「 まあ お帰りなさい ギルベルトさん いつもすみません 」

夕暮れ時

暖炉の火が灯る小さな家に戻ると ルキウスは軍でのあの冷めた観察眼を綺麗に隠し 甲斐甲斐しくルシッラ殿の手伝いを始めていた

野菜を刻み 薪をくべる手つきには何の迷いもない


「 ……ルキウス 」

薪を抱え直しながら 俺はふと彼に問いかけた

「 お前……最初から こういう奴だったのか?」

「 ん?どういう意味?」

ルキウスは鍋のスープをかき混ぜながら 振り返りもせずに言った

「 まあ 両親が死んで 姉上と二人きりになったら 誰だってこうなるんじゃない? 格好つけて死ぬより 泥舐めてでも生きて スープ飲んでる方がいいしさ 」

「 ……そうか 」

明確な答えではなかった

それでも 俺の胸の奥にあった偏見は 完全に消え去っていた

俺は『 お前は戦士としての誇りはないのか 』と この男を蔑んだ

なんと浅はかな問いだったのだろう

目の前でスープの湯気を見つめるこの男は 俺とは全く違う方法で 俺と同じくらい切実に ———


大切な家族を守るために戦っているのだ


( こいつも……俺と同じだ )


俺は木彫りの椅子に腰を下ろし 小さな食卓を見つめた

自分とは違う生き方を選び 自分にない強さを持つルキウス

 

こいつになら……しばらくは 背中を預けてもいいのかもしれない


——— そう 思った

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