閑話中編 スープと夜の祈り( ルシッラ視点 )
小さめの暖炉の中で 干した薪がパチパチと穏やかな音を立てて爆ぜていた
昼間の冷たい雨が嘘のように 狭い居間は温かな香辛料と干し草の匂いに満ちている
ルキウスは「 今日の仕事は疲れた 」と言い捨て 自分の部屋ですっかり寝息を立てていた
居間には優しい静寂が満ちている
私は湯気を立てる木鉢を手に 暖炉の前に座るギルベルトさんに近づいた
最初に弟が彼を連れてきた日のことを覚えている
短い髪と手足に刻まれた痛々しい擦り傷
この国の軍人様といえば 豪奢な装飾を纏い 威厳を誇示するようなお召し物の方ばかりだ
けれど ギルベルトさんは違っていた
刈り込まれた髪の一筋一筋が 過酷な日々に耐えてきた証のようで その痛みが想像に難くなかった
傷だらけの身体は 彼がどれほどの痛みを背負って生きてきたかを物語っていた
( この方は どれほど冷たい風に晒されてきたのだろう…… )
はじめは 弟を助けてくださったことへの感謝と 痛ましさばかりを感じていた
けれど この小さな家で共に過ごすうちに 私の胸の中に小さな別の感情が芽生え始めていた
どれほど苛烈なしごきを受けて帰ってきても 私と目が合うと 彼は少し緊張したように背筋を伸ばし 照れくさそうに頭を下げる
薪を割り 雑用を手伝い 私が作ったささやかなスープを「 美味しい 」と本当に嬉しそうに食べてくださる
その無骨な手と誠実で優しい瞳
いつしか私は 夕暮れになると「 今日も彼が無事に帰ってきてくれるだろうか 」と胸の奥を締めつけられるような思いで扉を見つめるようになっていた
「 ……痛みますか?」
「 ルシッラ殿 いえ ただの擦り傷です 」
「 だめですよ そのままにしたら
傷から泥が入って熱が出てしまいます 」
「 あっ 」
私はギルベルトさんの隣に腰掛け 小さめの布巾を薬湯に浸すと恐縮する彼の手を取り上げた
彼の手は 鍛え上げられ タコだらけで硬く 私の手が中にすっぽりと収まってしまうほど大きい
その手を 両手で包むように触れると 胸の奥が小さな音を立てる
「 痛かったら 仰ってくださいね 」
私は薬湯に浸した布巾で 優しく丁寧に 傷口の泥を拭った
ギルベルトさんは息を呑み じっとしている
「 ……不思議ですね 」
手当てを続けながら 私は胸の内に秘めていた言葉を溢した
「 ギルベルトさんがいらしてから この家が……とても温かいんです 」
「 俺のような者が……邪魔になってはいませんか?」
「 まさか 」
私は顔を上げ 小さく首を振った
そして ギルベルトさんの目をまっすぐに見つめた
「 ルキウスは 外ではああやって気を張って ヘラヘラと嘘の笑顔ばかり作っていますけれど……ギルベルトさんの前では 年相応の顔を見せるようになりました
今日だって 薪割りの手伝いをしながら とても楽しそうにしていて 」
そして私自身も……彼がここにいてくれるだけで 自分が優しく守られているような 甘やかな錯覚を覚えてしまう
「 ……彼には 苛立たせてばかりいると思っていました 」
「 ふふっ あの子の照れ隠しですよ それに……私もです 」
「 ルシッラ殿……?」
「 毎晩 あなたがこうして無事に帰ってきてくださることが……
軍の恐ろしい話ではなく ただ『 今日のスープは美味しかった 』と笑ってくださることが……
私にとって どれほど救いになっているか分かりません 」
「 っ俺 は……俺は あなた方に出会えて この家で過ごせて 本当に良かったと思っています 」
震える声でそう言ってくださったギルベルトさんの瞳には 偽りのない真実だけが宿っていた
手当てを終えた彼の大きな手の上に 私はそっと自分の手を重ねた
「 明日も 温かいスープを作って待っていますね……ギルベルトさん 」
暖炉の光に照らされた彼の横顔を見つめながら 私はこの穏やかな時間が少しでも長く続くよう 密やかに祈っていた




