閑話前編 斧の音と軽口( ルキウス視点 )
石畳を打つ冷たい雨が上がり
裏手の小さな薪割り場には 乾いた木香が漂っていた
少し離れた 乾ききらない草地には ギルベルトと共に我が家へやってきた グラームが繋がれていた
濡れたように美しい青毛の毛並みが 雲の切れ間から覗く太陽の光を浴びて黒く滑らかに輝いている
圧倒的な威圧感を纏う16.1ハンドの巨躯は 俺や姉上が近づこうとすれば耳を伏せて低く鼻を鳴らす
だが ギルベルトがその太い首筋に手を添えると まるで甘えるように 彼の肩に頭をすり寄せる
「 ……ふっ!」
ギルベルトは薪割り斧の平らな背を 丸太の割れ目に差し込んだ木製クサビへと正確に振り下ろす
ゴン と重い音が響いた直後 メキメキと音を立てて丸太が左右に裂け 地面に転がった
( 相変わらず 無駄に筋力だけはあるな こいつは…… )
俺は裏口の踏み台に腰掛け 柄に細かな彫刻が残る小ナイフを動かした
かつては人に剥いてもらう側だった報いか いまだ 少しぎこちない手つきで りんごの皮を厚く削ぎ落としながら 心の中で呆れたように息を吐いた
俺は どんな酷い扱いを受けようが 自分と姉上が生き延びるためなら構わない
だが この男は違った
欠陥品と蔑まれ 泥を舐めさせられてもなお 折れない誇りと愚直なまでの愚かさを持っている
「 無駄ではない これくらい割っておかなければ 夜の冷え込みに薪が足りなくなる 」
汗を拭い 割れた薪を丁寧に積み上げながら ギルベルトが大真面目に返す
「 はいはい 生真面目なのは結構だけどさ……あんた 薪を割る時までそんなに肩に力が入ってると 息が詰まらない?」
「 ……そんなことはない 」
「 嘘つけ 顔に出てんだよ 」
リンゴをシャリと噛み砕き 俺は少しだけ姿勢を崩した
「 あのさ ギルベルト あんた 軍ではあんなに頑固でクソ真面目なのに……
なんでうちの姉上の前だと 急に置物みたいにおとなしくなるわけ?」
ギルベルトの手が ぴたりと止まる
「 ……何の話だ 」
「 とぼけちゃって 昨日だってさ 姉上に『 お湯が湧きましたよ 』って声をかけられた時 跳ね起きるみたいに背筋伸ばしてたろ
見てるこっちが恥ずかしくなるんだよ 」
「 それは……ルシッラ殿が丁寧に接してくださるから 失礼のないようにと思っているだけで…… 」
顔を真っ赤にして慌てる姿を見て 俺は腹の底から可笑しさがこみ上げてきた
軍では恐ろしいほどの強靭さを見せ あのグラームを従える男が 姉上の前でここまで狼狽えている
「 はいはい そういうことにしておいてあげるよ 」
俺は可笑しそうに笑うと 小ナイフの先で彼を軽く指さした
「 まあ 言っておくけどさ?お前みたいな堅物で不器用な奴に 姉上はあげないからね?」
「 っ! だからっ…!俺はそんな不敬な心づもりで ここにいるわけではない!」
必死に弁明する彼の瞳には どこまでも純粋な真っ直ぐさがあった
( ……分かってるよ )
俺は腹の中でそう呟いた
両親が死んでから 姉上はずっと俺のために生き 俺の母親代わりになろうと無理に笑ってた
だが この無骨な男がこの家に来てから 姉上は本当の意味で笑うようになった
俺は一生 泥を舐めて生きる
兵士の名誉も出世もいらない
だが ——— この男なら もし俺に何かがあった時でも 命がけで姉上を守るはずだ
「 ったく そういう重いところが不器用だって言うの……まあいいや
ほら 薪拾うの手伝うから さっさと終わらせようぜ 」
不愛想に立ち上がりながら 俺は胸の奥で この不器用な居候を 少しだけ認めている自分に気づいていた




