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剥製のジェミニ  作者: ゐなか ろじ
第3章 数理の檻
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閑話前編 斧の音と軽口( ルキウス視点 )

石畳を打つ冷たい雨が上がり

裏手の小さな薪割り場には 乾いた木香が漂っていた

少し離れた 乾ききらない草地には ギルベルトと共に我が家へやってきた グラームが繋がれていた

濡れたように美しい青毛の毛並みが 雲の切れ間から覗く太陽の光を浴びて黒く滑らかに輝いている

圧倒的な威圧感を纏う16.1ハンドの巨躯(きょく)は 俺や姉上が近づこうとすれば耳を伏せて低く鼻を鳴らす

だが ギルベルトがその太い首筋に手を添えると まるで甘えるように 彼の肩に頭をすり寄せる


「 ……ふっ!」

ギルベルトは薪割り斧(ウーデ・エックス)の平らな背を 丸太の割れ目に差し込んだ木製クサビへと正確に振り下ろす

ゴン と重い音が響いた直後 メキメキと音を立てて丸太が左右に裂け 地面に転がった

( 相変わらず 無駄に筋力だけはあるな こいつは…… )


俺は裏口の踏み台に腰掛け 柄に細かな彫刻が残る小ナイフ(レイフ・クニーフ)を動かした

かつては人に剥いてもらう側だった報いか いまだ 少しぎこちない手つきで りんごの皮を厚く削ぎ落としながら 心の中で呆れたように息を吐いた


俺は どんな酷い扱いを受けようが 自分と姉上が生き延びるためなら構わない

だが この男は違った

欠陥品と蔑まれ 泥を舐めさせられてもなお 折れない誇りと愚直なまでの愚かさを持っている

「 無駄ではない これくらい割っておかなければ 夜の冷え込みに薪が足りなくなる 」

汗を拭い 割れた薪を丁寧に積み上げながら ギルベルトが大真面目に返す

「 はいはい 生真面目なのは結構だけどさ……あんた 薪を割る時までそんなに肩に力が入ってると 息が詰まらない?」

「 ……そんなことはない 」

「 嘘つけ 顔に出てんだよ 」

リンゴをシャリと噛み砕き 俺は少しだけ姿勢を崩した

「 あのさ ギルベルト あんた 軍ではあんなに頑固でクソ真面目なのに……

なんでうちの姉上の前だと 急に置物みたいにおとなしくなるわけ?」

ギルベルトの手が ぴたりと止まる

「 ……何の話だ 」

「 とぼけちゃって 昨日だってさ 姉上に『 お湯が湧きましたよ 』って声をかけられた時 跳ね起きるみたいに背筋伸ばしてたろ

見てるこっちが恥ずかしくなるんだよ 」

「 それは……ルシッラ殿が丁寧に接してくださるから 失礼のないようにと思っているだけで…… 」

顔を真っ赤にして慌てる姿を見て 俺は腹の底から可笑しさがこみ上げてきた

軍では恐ろしいほどの強靭さを見せ あのグラームを従える男が 姉上の前でここまで狼狽えている

「 はいはい そういうことにしておいてあげるよ 」

俺は可笑しそうに笑うと 小ナイフ(レイフ・クニーフ)の先で彼を軽く指さした

「 まあ 言っておくけどさ?お前みたいな堅物で不器用な奴に 姉上はあげないからね?」

「 っ! だからっ…!俺はそんな不敬な心づもりで ここにいるわけではない!」

必死に弁明する彼の瞳には どこまでも純粋な真っ直ぐさがあった

( ……分かってるよ )

俺は腹の中でそう呟いた

両親が死んでから 姉上はずっと俺のために生き 俺の母親代わりになろうと無理に笑ってた

だが この無骨な男がこの家に来てから 姉上は本当の意味で笑うようになった

俺は一生 泥を舐めて生きる

兵士の名誉も出世もいらない

だが ——— この男なら もし俺に何かがあった時でも 命がけで姉上を守るはずだ

「 ったく そういう重いところが不器用だって言うの……まあいいや

ほら 薪拾うの手伝うから さっさと終わらせようぜ 」

不愛想に立ち上がりながら 俺は胸の奥で この不器用な居候を 少しだけ認めている自分に気づいていた

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