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剥製のジェミニ  作者: ゐなか ろじ
第3章 数理の檻
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第2節 檻の番犬

「 ——— 0501 - 7760 - 1202 ギルベルト隊長(レガート・ハスト) これより汝に特命の任を与える 」


高級羊皮紙(ヴェラン)が擦れる小さな音すら巨大な聖堂のような空間に反響する


「 0501 - 7760 - 1202……刻印エラー 」


無機質な黒石の階の頂から下ろされる声には 温度というものが一切存在しなかった


「 それから無番ども(テアル)だ 」


「 ……軍の道(クラード)の鎖に誓って ギルベルト・レガート・ハスト この命に代えても 」


声は もう揺らがなかった


「 必ずや 」


自らの拳を硬い革の胸当てに強く打ち付ける 鈍い残響は儚かった ———




あの日 俺はまだ 妹の名を呼ぶことができた




原簿編纂官(ノターリウス)

徴収官(クエーストール)

数理検察官(カリキュラトール)…

双子(俺たち)の刻印にまつわる異常が 数理掌庁(マギストラーレ)の中枢に露呈した翌日

俺はただの 筋のいい新人 として 外部軍にいた


その日も 汗と革の匂いが充満する兵舎で 普段通りの軍務をこなしていた俺は 執務室への呼び出しを受けた


通された部屋には 外部軍の頂点に立つ 隻腕の大将軍(マルク・ハイル) ——— ティルグランド・マルク・ハイル と もうひとり 漆黒の軍服を纏った 見慣れぬ人物が立っていた


洗練された立ち振る舞いと 穏やかな微笑みの奥には どこか冷たい目つき

( 内部軍の制服… )


「 ——— 来たか 」

重々しい革椅子に深く腰掛けた ティルグランド大将軍(マルク・ハイル)が 酒焼けした太い声で切り出した


「 昨日 面白い話が内部から届いてな お前の刻印について だ 」

俺の体が不意に強張る

だが 大将軍(マルク・ハイル)の眉間に刻まれた皺は 怒りや軽蔑は見受けられない

隣に立つ内部軍の者もまた 静かに頷きながら 柔らかな声で言葉を継いだ

「 怯える必要はありませんよ ギルベルト兵士……お初にお目にかかります

私は内部軍より使いで参りました リヴァルドと申します

…あなたも あなたの妹上も 赤子の頃に 刻印を正しく与えられなかった 被害者に過ぎない

国家の不手際によって 不利益を被ったあなた方に 何の罪がありましょうか 」

「 ……あ 」

喉の奥から 小さな漏れ声が出た

昨日 異常者を見る目を向けられた俺にとって 彼の言葉は胸の奥に安らぎをもたらした

( 俺たちを理解してくれている 小ギルベルト(ミノル)を助けられるかもしれない )


「 そこで だ…ギルベルト兵士 」

大将軍(マルク・ハイル)が身を乗り出し 大きな左手を机の上に置いた

「 お前には内部軍へ移籍してもらうことにした 」

「 ……内部軍へ ですか?」

驚く俺に 内部軍の使者 ——— リヴァルドは穏やかな微笑みを崩さずに 説明を重ねた

「 はい 今後 このような痛ましい刻印エラーを防ぐためにも 原因解明と対策が不可欠です

そのため あなた方 双子について…調査にご協力いただきたいのです

もちろん 相応の処遇をお約束しましょう 」

「 さよう 」と大将軍(マルク・ハイル)が重々しく頷く


「 お前はゲルマニア・ノドゥスの出で腕も立つと聞く

向こうへ行っても その頑丈な体があれば うまくやっていけるはずだ 」

大将軍(マルク・ハイル)は椅子から立ち上がると 俺の肩を力強く叩き耳元で低く囁いた

「 それに……だ ここから内部への移籍は初でね 外と内の架(・)け(・)橋(・)になると期待しているよ 」


俺は 自分がどれほど冷酷な 巨大な歯車の中に投げ込まれようとしているのかも知らず

ただ 俺たちを守るための 道が開けた深い安堵とともに 腰のサクスに手を添えて一礼していた




" 外と内の架け橋 " " 双子のエラー解明への協力 " ———

頭の中で繰り返される 誇らしい響きは 兵舎の重い鉄扉を開けた瞬間に 霧散した


刺さるような視線だった


濡れた石畳を踏む俺の足音に 広場に集う上級兵士たちが振り向く

その瞳に浮かんでいたのは期待でも歓迎でもない

見知らぬ雑種を害獣扱いするような 冷徹な蔑みと好奇の眼差しだった

「 ──あれが例の『 片割れ 』か 」

「 原簿編纂官(ノターリウス) の連中が泡を吹いて騒ぎ立てていたぞ

なんでも ひとつの番号を2人に打ち込んだ 愚行の産物だと 」

「 外部の泥臭いのを寄越してどうするつもりだ

見ろ あの頭…秩序(オルド)を汚す欠陥品め 」

ひそひそと交わされる低い声は あえて俺に聞こえるように放たれていた

調査への協力という仮面の下を 俺は数日のうちに嫌というほど思い知らされることになった


配属されたのは 内部軍の中でも日陰の雑用を押し付けられる一画

与えられる役目は 過酷なしごきと上級兵士たちの馬の世話や武具の磨き上げだった


その日陰の作業場にはもうひとり 兵士たちの鬱憤晴らしにされていた 俺とそう歳の変わらない男がいた

その男は どこか 緊張感に欠けていた

どれほど過酷なしごきを受けようとも ヘラヘラと力のない笑みを浮かべ まともにやり返そうともしない

戦士としての誇りすら感じられないその佇まいに 俺は胸の奥で 強い苛立ちを覚えていた

この日も男は 上級兵士たちの鬱憤晴らしの標的にされていた

使い古された甲冑の錆を落とすその手は傷だらけで 足元には他の兵士に蹴飛ばされた油壺が転がっていた

「 おい!ぐずぐずするな お前のような鈍くさい奴は 死んだ兵士の装備を洗うくらいしか使い道がないんだよ 」

兵士のひとりに容赦なく蹴りつけられ 痛みに耐えて縮こまる姿を見た瞬間 俺は身体が勝手に動いていた

その上級兵士の足と男の間に滑り込み 背中で衝撃を受け止める

「 なっ!君…… 」

「 ……何の真似だ 欠陥品 」

「 ……そこまでにしてください 作業の手が遅れます 」

俺は上級兵士を強く睨みつけた

だが 当然のことながら 泥を舐めている人間が ふたりになろうと 事態は変わらない

「 ハッ!欠陥品がゴミを庇うか! おもしろい

まとめて叩き直してやる 」

ふたり揃って地面に押しつけられ 容赦のない靴底が背中に落ちてくる

歯を食いしばり 奥歯がギシリと音を立てた

俺が耐えなければならない

ここで折れてしまえば 妹を守るどころか自分すら失う


「 ……おい そこまでにしろ 見苦しい 」

冷ややかな侮蔑の乱打を割り込むように 低く落ち着いた声が響いた

振り返ると 羊皮紙(ペルガメヌム)の束を手にしたひとりの軍人が立っていた

他の兵士たちのように 豪奢な装飾品は身につけず 実質的な書記兵のような地味な身なりをしている


「 カトニス副隊長(サガル・シンプ)……何故 この雑種どもを庇うのです?」

「 庇ってなどいない 城塞(カストルム)の巡察刻限だ 私怨で雑務を遅らせれば 上がどう判断するか知らんぞ 」

カトニスと呼ばれたその男は 兵士たちの不満げな視線を淡々と受け流すと 泥に塗れた俺たちの前に歩み寄ってきた

彼は俺の首筋の刻印を一瞬だけ見つめたが そこに他の兵士のような狂信的な蔑みや好奇の色はなかった

ただひとりの兵士として 俺たちを見つめていた

「 立て 転がっている暇があるなら羊皮紙(ペルガメヌム)の搬入を手伝え 」

「……カトニス副隊長(サガル・シンプ) 感謝します……君も ありがとう 」

( こいつ… )

脇で先程まで蹲っていた男が スッと無駄のない動きで立ちあがっていた

「 ……礼はいい 私はただ無駄な摩擦で軍務が滞るのが嫌なだけだ 」

カトニス副隊長(サガル・シンプ)はそっけない態度で身を翻した


その背中を見ながら 俺は擦りむけた肘の泥を払った

「 ……おい 」

俺は隣の男に向かって不満を隠さずに吐き捨てた

「 お前 あんな風に踏みつけられて 戦士としての誇りはないのか?」

男は一瞬驚いたように目を見開いたが すぐに掴みどころのない笑みを浮かべ 軽く肩をすくめた

「 誇り? ……まさか 俺 別に戦士じゃないし 」

その言葉に 俺は呆れと苛立ちを深めながら その男とカトニス副隊長(サガル・シンプ)の後を追った

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