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剥製のジェミニ  作者: ゐなか ろじ
第2章 剥製の片割れ
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第7節 差し出された頸

薬草(ハーブ)の匂いが満ちる小屋の中で 植物の茎を削る「 カリッカリッ 」という 乾いた音だけが染み渡っている

サクスの大きな刃で葦ペン(カラムス)の先を薄く削ぎ落とす

新しく生まれ変わるペン先を 幼い2組の目が追い

「 おお…… 」と小さな歓声を漏らしそうになれば 小さな手でその口を押さえていた

 

「 私は……これから どうすればいいんだろうか 」

ギルベルトの掠れた声が ぽつりと溢れた

 

「 ここにいればいいよ!」

スヴァが真っ先に口を開き ギルベルトの袖を引いた

「 ここにいればいい ハティも ルヴィもいる 」

無邪気な声だった

刻印の重さを知らない 幼子の真っ直ぐな言葉

ギルベルトの唇がわずかに動く

救われたような顔と申し訳なさの混ざった複雑な影


だが隣にいたルヴィはスヴァのように笑わない

その小さな目は ギルベルトではなく 床に落ちている丸い木屑を見ていた

「 ダメだよ 」

ルヴィの声は静かだったが はっきりとしていた

スヴァが驚いたようにルヴィを見る

「 なんで?お姉ちゃん かわいそうだよ 」

「 ……かわいそうでも ダメなんだ 」


ルヴィは視線をあげ 目の前の葦ペン(カラムス)を握る腕を見た

「 この人がここにいると ハティがまた痛い思いをする 」

ギルベルトが息をのむ音が聞こえた

「 また……?」

つぶやきは小さく 室内を巡る


ルヴィはギルベルトに向き直った

その目には嫌悪はない ただ 子供なりの観察の果ての決断

おそらく あの日の夜の も(・)う(・)消(・)え(・)て(・)い(・)る(・)痕(・)を思い出しているのだろう

「 あんたを連れてきた夜 ハティは腕を切った その刻印の色を戻すためだって… 」

ギルベルトの顔から 血の気が引いていく

「 2…度目……? ハティ 私……私はあの時 また……?」

ギルベルトは知らない それを責めるつもりはない

逃亡のさなか 無意識のうちに生命の息吹(オンド)を使ったのかもしれない

ギルベルトの縋るような視線を感じたが何も言わず 再び手を動かす


重い沈黙が落ちる

言えることなど 多くはない

ルヴィの言うことは正しい

彼女の体内を巡る生命の息吹(オンド)は 数理掌庁(マギストラーレ)が管理する12桁の刻印(ノタメルキ)を揺るがすエラーだ

ギルベルトがここに居続ければ いずれレギオン・ヌメリアの眼がこの森に届くだろう

スヴァもルヴィも この暮らしもすべて 呑み込まれるのだろう

突き放すべきだ

「出ていけ」とひとこと言えば済む

だが ———


 

高床式の炉床(レイズド・ハース)の柱の 少しだけ低い位置にある 半球型日時計(クレプシー・フリオン)を見る

屋根の隙間から落ちる白い光が 青銅の底に刻まれたζ(ゼータ)に重なるまで もう間も無くだった

「 ルヴィ 」

短い呼びかけに 小さな身体が硬くなる

「 第7時(へブドメー)になったら 薬を届けに行く 」

「 ぼっ僕も行く 」「 皆で行こう!お姉ちゃんも!」「 なっ… 」

「 わ…私…は 」

ギルベルトは立ち上がることもできず 震える手で膝の布を握りしめていた

自分が知らぬ間に 誰かを傷つけていたという事実に打ちのめされているのだろう

「 ね!良いでしょ ハティ 」「 スヴァ… 」

「 ……好きにしろ 」

それだけを言い 棚から必要な薬を取り出す


「 ハティ……私…… 」

「 明日の朝 」

手を止めることなく言った

「 薬を塗り直す 」

「 ……え?」

「 傷が塞がるまでは 休め 」

それ以上の言葉は重ねない

引き留めたわけではない だが 追い払ったわけでもない


ギルベルトは息を詰まらせたあと 深く跪いた

ルヴィが息を呑んだ

不揃いに切り落とされた髪の隙間から

布を巻いた頸(うなじ)が露わになる

その下には この国の人間を縛る番号が刻まれている


「 ……私は 結び目を切った 皆を裏切り もうギルベルトを名乗る資格もない お前に渡せる財宝も 戦士としての力も…ない…だから ——— この命 お前のものにしろ 」

その首を差し出した少女の あまりにも重い懇願に

わずかに顔を顰め そこから視線を外した

「 ……よせ 俺は無番の民(ウンゲタロド)だ そんなもの 望んでいない 」

「 ……そう…か……傷が塞がり次第 立ち去ろう 」

「 お姉ちゃん… 」「 …… 」

ルヴィは唇を噛んだが それ以上は何も言わなかった


——— トゥン…トゥン

濾過装置(ヒュドロ・マニキオン)の水滴だけがやけに響く


外の森は 嵐の前の静けさのように深く沈み込んでいる

遠く離れた首都で どのような数字が動き始めているのかを この小さな小屋の誰も まだ知らない


——— トゥン…トゥン

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