第7節 差し出された頸
薬草の匂いが満ちる小屋の中で 植物の茎を削る「 カリッカリッ 」という 乾いた音だけが染み渡っている
サクスの大きな刃で葦ペンの先を薄く削ぎ落とす
新しく生まれ変わるペン先を 幼い2組の目が追い
「 おお…… 」と小さな歓声を漏らしそうになれば 小さな手でその口を押さえていた
「 私は……これから どうすればいいんだろうか 」
ギルベルトの掠れた声が ぽつりと溢れた
「 ここにいればいいよ!」
スヴァが真っ先に口を開き ギルベルトの袖を引いた
「 ここにいればいい ハティも ルヴィもいる 」
無邪気な声だった
刻印の重さを知らない 幼子の真っ直ぐな言葉
ギルベルトの唇がわずかに動く
救われたような顔と申し訳なさの混ざった複雑な影
だが隣にいたルヴィはスヴァのように笑わない
その小さな目は ギルベルトではなく 床に落ちている丸い木屑を見ていた
「 ダメだよ 」
ルヴィの声は静かだったが はっきりとしていた
スヴァが驚いたようにルヴィを見る
「 なんで?お姉ちゃん かわいそうだよ 」
「 ……かわいそうでも ダメなんだ 」
ルヴィは視線をあげ 目の前の葦ペンを握る腕を見た
「 この人がここにいると ハティがまた痛い思いをする 」
ギルベルトが息をのむ音が聞こえた
「 また……?」
つぶやきは小さく 室内を巡る
ルヴィはギルベルトに向き直った
その目には嫌悪はない ただ 子供なりの観察の果ての決断
おそらく あの日の夜の もう消えている痕を思い出しているのだろう
「 あんたを連れてきた夜 ハティは腕を切った その刻印の色を戻すためだって… 」
ギルベルトの顔から 血の気が引いていく
「 2…度目……? ハティ 私……私はあの時 また……?」
ギルベルトは知らない それを責めるつもりはない
逃亡のさなか 無意識のうちに生命の息吹を使ったのかもしれない
ギルベルトの縋るような視線を感じたが何も言わず 再び手を動かす
重い沈黙が落ちる
言えることなど 多くはない
ルヴィの言うことは正しい
彼女の体内を巡る生命の息吹は 数理掌庁が管理する12桁の刻印を揺るがすエラーだ
ギルベルトがここに居続ければ いずれレギオン・ヌメリアの眼がこの森に届くだろう
スヴァもルヴィも この暮らしもすべて 呑み込まれるのだろう
突き放すべきだ
「出ていけ」とひとこと言えば済む
だが ———
高床式の炉床の柱の 少しだけ低い位置にある 半球型日時計を見る
屋根の隙間から落ちる白い光が 青銅の底に刻まれたζに重なるまで もう間も無くだった
「 ルヴィ 」
短い呼びかけに 小さな身体が硬くなる
「 第7時になったら 薬を届けに行く 」
「 ぼっ僕も行く 」「 皆で行こう!お姉ちゃんも!」「 なっ… 」
「 わ…私…は 」
ギルベルトは立ち上がることもできず 震える手で膝の布を握りしめていた
自分が知らぬ間に 誰かを傷つけていたという事実に打ちのめされているのだろう
「 ね!良いでしょ ハティ 」「 スヴァ… 」
「 ……好きにしろ 」
それだけを言い 棚から必要な薬を取り出す
「 ハティ……私…… 」
「 明日の朝 」
手を止めることなく言った
「 薬を塗り直す 」
「 ……え?」
「 傷が塞がるまでは 休め 」
それ以上の言葉は重ねない
引き留めたわけではない だが 追い払ったわけでもない
ギルベルトは息を詰まらせたあと 深く跪いた
ルヴィが息を呑んだ
不揃いに切り落とされた髪の隙間から
布を巻いた頸が露わになる
その下には この国の人間を縛る番号が刻まれている
「 ……私は 結び目を切った 皆を裏切り もうギルベルトを名乗る資格もない お前に渡せる財宝も 戦士としての力も…ない…だから ——— この命 お前のものにしろ 」
その首を差し出した少女の あまりにも重い懇願に
わずかに顔を顰め そこから視線を外した
「 ……よせ 俺は無番の民だ そんなもの 望んでいない 」
「 ……そう…か……傷が塞がり次第 立ち去ろう 」
「 お姉ちゃん… 」「 …… 」
ルヴィは唇を噛んだが それ以上は何も言わなかった
——— トゥン…トゥン
濾過装置の水滴だけがやけに響く
外の森は 嵐の前の静けさのように深く沈み込んでいる
遠く離れた首都で どのような数字が動き始めているのかを この小さな小屋の誰も まだ知らない
——— トゥン…トゥン




