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8/11

憧憬と今

 8月、すっかり暑い。桜音おとは汗を拭いながら図書館からの帰路をのんびりと歩いていた。


『良かった、桜音さんと会えたんだね』


 秀頼が言った言葉。すいの反応を見る限り、水は何も分かっていない。あのあと、水に名前を呼ばれても立ち止まることができなかった。だって、どんな顔をすれば良いのかが分からない。だから、この夏休みという長期休暇が、少しだけ救いでもあった。


「桜音、水となんかあったの?」

「……なんで?」

「別に。……今日あいつ、桜音は元気かって聞いてきたから」


 昨日、葉名はなが桜音に言ったことだ。剣道部は夏の試合が終わったため、今日からお盆まで休みになる。


 葉名と水は、どんなふうに会話をするのだろう。この前の試合を見に行こうと思ったが、水と合わせる顔がなかった。双子である葉名には悪いと思いながら、試合の間、桜音は家で留守番をしていた。


 なんとなく、もう分かっていた。自分は、水と会ったことがある。それはこの17年の間ではなく、ずっとずっと昔のこと。だから、水が覚えていないのなら仕方がないーー水は今を生きているのだ。


 あの日、桜吹雪の中での別れのあと、水がどんな人生を歩んだのか知る由もない。それに、この16年間だって、どうやって生きてきたのかも知らない。


 よく考えれば、水がスペインでどう過ごしてきたかなど、話してはくれない。聞けば教えてくれるのかもしれないけど、絶対に素直な気持ちで話を聞くことはできない。それが申し訳なくて、夏休み前は水のことを避けてしまった。


 今何時だろう、そう思って携帯電話を手にしたとき、男に声を掛けられた。


「お、かわい〜」

「俺たちと遊ばない?」


 3人の男が、桜音の前に立ちはだかった。大学生くらいだろうか。考え事をしながら歩いていたから、周りに気を配っていなかった。


 桜音は何も言わず、横をすり抜けようとするが、一人が道を塞いでくる。


「あの、やめてください、帰りますので……」

「え〜、良いじゃん。あ、そうだ、君の友達も呼ぼうよ。一人じゃちょっとアレだもんな」


 そう言いながら、桜音の携帯電話をヒョイと奪い取った。


「かっ、返してっ」

「返してあげるから、友達呼んでくれる〜?」


 桜音は手を伸ばしたが、返って腕を掴まれてしまった。喉がヒュッと音を立てた。


 どうしよう、どうやって逃げたら良いのーー。


「呼びましたか」

「ああ?」


 済んだ艶のある声と共に、桜音の腕を掴んだ男の手に、もう一つの手が添えられていた。形の良い、特徴的な白い肌の手ーー。


 男たちがそちらの方を見る。


 ーーそこには水がいた。


「あ……」


 水は、桜音と目が合うと、ニコッと笑った。その笑顔を見ると、なぜだか安心した。

 

 ああ、もう大丈夫ーー。


「なんだよお前」

「この方の友達です。お呼びだったみたいなので」

「へえ〜、何、めっちゃくちゃ美人じゃん!」

「モデルとか、やってる?」


 男たちの興味は一気に水になり、桜音は解放された。携帯は取られたままだ。


「その携帯返してください」

「返すから、一緒に遊ぼうよ」

「遊びません」

「そう固いこと言わずにぃ」


 そう言って、携帯を持った男は水の肩に手を置いた。水はその手を握って捻り下ろす。男は大勢を崩して膝をついた。


「いでででででっ」


 力が緩んだ隙に、水は携帯を奪い返した。そして即座に、桜音を庇うように立ってくれる。なんて華麗な動きなんだろう。


「てめえ、何すんだよ!」


 もう1人が水に突っかかるが、水は優雅に避けた。相手がバランスを崩した隙に、背中をトンと押して男を転がせた。男たちは悔しそうに水を睨む。怖気付いたようで、徐々に後ろに下がっていった。


「てめえ!覚えてろよぉ!」

「いこーぜ!」


 男たちがどこかへ行ったのを水は確認すると、桜音に向き合って携帯を差し出してきた。


「お怪我はありませんか?」

「……うん、大丈夫……ありがとう」

「良かったです」


 そう、あなたはいつだって、私を守ってくれる。だって、そう言っていたものーー。


「怪我は……ない?」

「ありません。通り掛かって良かったです」

「うん、助かったよ」

「……近くまで送ります」


 水は微笑んでそう言ってくれる。桜音は頷いて、二人で一緒に歩き出した。


 昔と同じように、2人で並んでーー。

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