夏の前の苦しさ
「夏休みは皆さん楽しみでしょうが、羽目を外し過ぎないようにしましょう。それからーー」
今日は学園の1学期の閉会式だ。生徒会長である3年の豊里秀頼が、全校生徒の前でマイクを持っている。水はボーッとしながら、生徒会長を眺めた。
豊里秀頼とはまた、歴史上人物の名前をそっくりで苦労しそうだな。
「秀頼先輩、今日もかっこいい〜」
「良いなあ、お千ちゃん、あんなカッコいい人が彼氏なんだもん」
皆がコソコソと話している。へえ、千はあの秀頼と付き合っているのか。それも歴史とまったく一緒ではないかーー。
ーー『水、聞こえているか』
ーー『水……秀頼さまに頼まれているのですね……!』
水はハッとした。
なんだろう、今の声は。心臓がドクドクと音を立てる。
気が付けば、全校集会は終わったていた。生徒たちは教室へ帰って行く。水は流れに任せて出口へ足を進めた。
そして、少し先に桜音の姿が見えた。ハーフアップに髪を結っているし、横顔の雰囲気が柔らかい感じだから、桜音のはずだーー葉名はいつも仏頂面だから話しかけにくいーー。
「桜音さん!」
水は少し駆け足で桜音を後ろから呼んだ。桜音は驚いたようにこちらを振り返る。
「あ……凄い、よく私だって分かったね」
「分かりますよ」
桜音は、嬉しそうに微笑んでくれる。
「桜音さん、夏休みは部活あるんですか?」
「ううん、私たちは基本休みなんだ」
じゃあ、剣道部の練習で学校に来ても、桜音に会うことはできないかーー。
水はそれが少し寂しく思った。その理由がなぜだかは分からない。ただ、桜音がいると、剣道も勉強も頑張ろうと思えた。
「あ、やっぱり!君、水じゃないか!」
男性の声に名前を呼ばれる。こちらに駆け寄ってくるのは、先ほど全校集会で見た生徒会長だった。
ーーこの人、会ったこと、ある?
生徒会長・豊里秀頼は満面の笑みを浮かべている。自分は、この人に見覚えなどーー。
ーー『必ず生きて、皆を守って欲しい。これは豊臣からの最後の命令だ』
また、先ほどの声が水の頭に響いた。
これは、誰の記憶なんだ、自分の妄想なのか。
この声、知っているような……。
「良かった。桜音さんと会えたんだね」
「……え?」
秀頼はそう言葉を続ける。
どういうことだろう。水は横目で桜音を見てみた。桜音は動揺して、目を泳がせている。
桜音は、何か知っているのか。
「ちょっと、秀頼さん」
「ああ、千」
千が水たちに気付き、秀頼の横に並ぶ。千は自然に秀頼の腕に自分の手を添えていた。カップルというより、なんだか長年を共にした夫婦みたいだ。
「引っ掻き回しては駄目です。さあ、行きましょう。水、またね」
「あ……うん」
秀頼は、千に腕を引かれてその場を後にした。少し焦ったように、水に「ごめんね」と言いながら。
水は、千と秀頼の背中を眺めたあと、桜音の顔をもう一度見た。桜音は斜め下を向いてしまっていて、こちらを見てくれる気配はない。
「……あの、桜音さん」
「ごめんね、私も……もう行くね」
「あっ、ちょっと」
桜音は駆け足で行ってしまった。水の手だけが、行き場がなく宙で彷徨っていた。
ーー私たち、会ったことがあるんですか。




