あなたがどんな人か
桜音は、千代に聞いた転校生のことが気になっていた。
「水ちゃんっていう、ものすごい美形が後ろの席にきた!」
そう嬉しそうに話していたのが3日前。それから、彼女の話がよく出てくるようになった。
聞けば、スペインからの帰国子女だそうで、地毛が茶髪、高身長。剣道部に所属する予定らしい。
水、という名前。
私は、あの子を知っている。
葉名に聞いてみようと思ったが、どうして気になるのかなんて言えないので、黙っておいた。
初めて水と話してから、水の姿を常に探してみたが、どこにも見つからない。水が剣道部に入るのであれば、きっとどこかのタイミングで会えるだろうか。葉名の剣道の試合に顔を出せば、また会えるのか。
「水ちゃーん!おはよ!」
朝、千代と千と校門で会い、一緒に下駄箱に行くと、ちょうど水がいた。その横顔が、やっぱり綺麗だなと思った。動くたびにふわりと靡く茶髪も素敵ーー。
そして、不意に目があった。
「あっ……」
桜音の顔を見ると、水は固まってしまった。
上履きに履き替え、ローファーを下駄箱にしまう。そして顔を上げるところで千代に挨拶をされる。そこには、千代、千、そして、葉名がいた。
千代と千は、葉名と仲が良いのか。
「あっ……」
葉名と目が合い、思わず声が漏れた。先日の部活見学で手合わせをしてもらったとき以来だ。妙に気まずい。それに、どこか葉名は水に対して冷たい気がするのだ。
ジッと見てしまうと、葉名は「ん?」と首を傾げてくる。
あれ、葉名ってこんなに可愛らしい人だっただろうか。
思わず、目を逸らしてしまった。葉名は、「じゃあね」と千代と千に声を掛けると2年の下駄箱へ向かってしまった。どうしよう、絶対挨拶するべきだったのに。
「水、どうかしたの?」
立ち尽くす水に、千が言う。
「……ううん、なんでもない」
「そういえば、今日は部活行くの?」
「まだ引越しの荷物が片付いてなくて……来週から行くよ」
「そう、頑張ってね」
「……うん」
本当に頑張れるだろうか。先ほどの千代と千を見る限り、葉名は人当たりも良さそうに見えた。どうして自分には、あんな態度なのだろう。
人間関係にとても不安を感じる。この学校で、うまくやっていけるのだろうか……。
昼休み、桜音は茶道部の部室である茶室で千代と千とお昼と食べていた。水を連れてくると言っていたのに、転校や部活のことで今日はここには来ないらしい。せっかく会えると思ったのに少し残念だった。
桜音はお昼を済ませると、2年の教室へ向かった。階段を登る最中、踊り場に人だかりができていたので覗いてみた。女子が集まってキャーキャー騒いでいる。なんと、その中心にいるのはあの子ではないか。
「なになに〜!?1年の転校生?」
「王子様みたいでカッコいい〜!」
「名前は?なんて言うの?」
水は、小さい声で「い、伊咲水です……」と力なく言う。先輩たちに囲まれたら反抗はできまい。なんだか可哀想に思えてくる。
「じゃあ、あだ名は水様にしよ〜!」
「水様、何組に入ったの?」
ーー水様。
懐かしい響きだった。当の本人は目を泳がしていて、誰の質問にも答えない。だんだんと顔を顰めていく。
千代に聞いたが、水はまだスペインから帰ってきて間もないという。もしかして、慣れない日本語で騒がれているのことに、気後れしているのだろうか。
桜音は皆に声を掛けた。
「ちょっとちょっと、困ってるじゃない、どうしたの?」
桜音が言えば、皆の視線は今度はこちらに集まる。
「ねえねえ、この子知ってる!?」
「うん、1年の転校生でしょ?先輩で囲んだら可哀想だよ」
「違う違う!さっき、私が階段から転げ落ちた時に、庇ってくれたんだよ!凄くない!?」
確かに、それは凄い。それと同時になんだか胸の奥が騒つく。
なぜ?この感情はまるで、嫉妬じゃないか。
どうして嫉妬なんか。
桜音は笑顔を作って、皆に言った。
「困ってるから解放してあげなよ」
「そだね〜。じゃあね水様〜!」
「バイバ〜イ!」
皆は水に一声掛けて、散っていった。水は桜音を驚いたように見ている。
「大丈夫だった?」
その声で、水はまた我に返ったようだった。初めて会ったときと言い、水はいつも桜音をジッと見つめてくる。そう、いつも。
「すみません……」
水は目線を落として言う。凄く気まずそうにしている。緊張を和らいであげたくなり、なるべく優しく声を掛けた。
「こっちの教室に、何か用だったのかな?」
「は、はい。あの、さっき鶴牙先生と話してたんですけど、このプリント、2年生の先輩に渡しておいてと」
水は、形のいい手に握られたプリントを桜音に差し出した。
「吉田先輩に渡したらいいよって言われたので……」
剣道部に入った水が、どうして桜音にそんなことを言うのかが理解が追いつかない。桜音は一応、頷きながらそのプリントを受け取った。タイトルを見れば、「6月の予定」となっている。鶴牙先生、もう6月ですけど、と言いたい。
そんなことよりーー。
「あの、部活なんですけど、私、引越しの片付けとか、手続きがまだ終わってなくて、来週から参加させていただきます」
ーーもしかして、この子、私のこと、葉名だと思ってる?
「それと……先日も、今日も、ありがとうございました。じゃあ、失礼します。また……よろしくお願いします」
「あっ、ちょっとーー」
水は、運動部らしくペコリと綺麗なお辞儀をした後、早足で階段を上がっていってしまった。柔らかい茶色の髪が揺れている。
私は、その後ろ姿を知っていた。
私は、あなたが振り返らないことを知っていた。




