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夕日と永遠

 すいは、桜音おとと歩幅を合わせて歩いてくれている。夏の夕日が真っ赤に染まり、二人を照らしていた。


 水は今、桜音の自宅より一駅のところに住んでいるらしかった。家が思ったより近いことに、水は「嬉しいです」と話してくれた。


 そうは言っても、何も覚えていないのだろう。もう少しで駅に着いてしまう。そばの公園中を通れば、もう改札口は見えていた。


 ふと水を見ると、何か思い詰めた様子だった。桜音が歩くスピードを落とすと、水は立ち止まってしまった。


「桜音さん、聞きたいことが、あるんですけど……」


 水が話しだす。その心地の良い声が、どこか震えているように聞こえた。顔を見れば、瞳も潤んでるような気がした。夕日のせいで、茶色の瞳が燃えているようにも見えた。


「うん、何?」

「……勘違いだったらすみません。私って……どこかで、桜音さんにお会いしたことがありますか?」


 その言い方が、全てじゃないか。あなたは何も覚えていない。私だけが、あなたをいつも待っていて、私だけが、いつもあなたの背中を見送っている。


 あの日は炎の中へ。

 最後の日は、桜吹雪の中へ。

 今日だって、燃えるような夕日の中、帰ってしまうんだろう。


 そう思えば、目の奥が熱くなった。このままでは涙が溢れてしまう。桜音は深呼吸をした。


 胸が痛い、呼吸が苦しい。

 近いのに、こんなにも遠い。


「……なんで……そう思うの?」


 声を出せば、震えてしまった。水が困っている。別に、困らせたいわけじゃない。私のことを、思い出してくれたらと願っているだけーー。


 水は戸惑いながら話し出した。水は桜音と違って、至極落ち着いている。


「……なんとなく。皆の反応とか、見て」


 少しでも、私を思い出したわけではないんだーー。


 それを残念に思ってしまうなんて、私はどんなに欲深いのだろう。


 あの日、永遠の別れを告げ合って、再びこうして巡りあったのに、それなのにまだ先を望もうとしているのか。


「えっと……ごめん、困っちゃったよね」


 桜音は笑って誤魔化そうとしてみたが、涙声になってしまった。


 たとえ、どんなに自分が昔の記憶があろうとも、水をそれに縛り付けるなんて、良くない。


「気にしないで……。また、お茶会で会えるの、楽しみにしてるからーー」

「会ったことがあるんですね?」


 風がザアっと吹いた。公園に咲いている紫のエリオトロープの花が揺れた。


 ーーお願い、それ以上は聞かないで。


「それは……」


 どうしよう、泣きそう。


 桜音は、思わず視線を逸らしてしまった。駄目だ、泣いてしまう。桜音の様子に気付き、水が一歩、距離を詰めてきた。なんて優しいんだろう。その優しさに、胸の奥が抉られる。


「すみません、追い詰めるつもりは……」

「ううん、いいの。じゃあ、また学校でね」


 桜音は、水の横をすり抜けた。


 家に帰って、思いっきり泣こう。それで、次に会うお茶会の時は、笑って水と会おう。


「待って!」


 パシ!っと手を掴まれた。優しく握られた手首が熱くなる。二人の動きは一瞬だけ止まった。まるで時が止まったみたいに。


 早く解放してほしかった。だって、自分は、昔の記憶から水を解放しようと思っているのだからーー。


 ーーあの日、私たちの物語は、どこにも残らないまま散っていったのだーー。


「え」


 不意に、水の顔を見た。水は、夕日に照らされて真っ赤になっていた。目を見開いて、瞳を揺らして桜音をまっすぐ見つめている。


 そして、最後に見たときと同じように、美しい輪郭を、雫が伝って落ちた。


「桜音……殿」

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