新たな物語
「桜音……殿」
桜音の手首を掴んだ瞬間、全てが押し寄せた。そして、あの日のように、頬を涙が伝っていた。
桜吹雪の中での別れで、全てを捨てた。
桜音は、あの日、見送ってくれた。でも、本当は呼び止めて欲しかった。炎に包まれた日は、何度も名前を呼んでくれたから、今度は追いかけて欲しかった。桜音が呼んでくれさえすれば、振り向こうと思っていたーー。
それなのに、名前を呼んでくれることはなく、自分も振り向く勇気がなかった。
そして、今、桜音は目の前にいる。
水の手は、自然の桜音に伸びた。桜音も泣いていた。
水は、桜音の背中に手を回し、肩に顔を埋めた。桜音は肩で呼吸をしている。
あの日から、私たちは何も変わっていないーー。
「ずっと……会いたかった」
本当は、あの日にこう言いたかった。
水が言葉にすれば、桜音は微かに声をあげて泣いていた。
想いが溢れて止まらなかった。それなのに、言葉が上手く出てこない。代わりに、止めどなく涙が流れ落ちていく。たぶん、桜音の肩を濡らしてしまっている。
「水……さま」
その呼び名が、その声が、懐かしい。
通りかかる人はもちろんいただろう。公園だから、注目を浴びてしまっているかもしれない。今は、そんなことはどうでも良かった。
「水と……お呼びください」
「じゃあ……私のことも、桜音と呼んでください」
このやりとり、前もした。学校の下駄箱ではなく、華の豊臣大坂城の井戸で。
「先輩なので無理ですよ……」
言えば、桜音は泣きながら笑っているようだった。「ふふ……」と肩を揺らしている。
体を話し、桜音の顔を見て見た。顔は涙でくしゃくしゃだが、そこに寂しさはない。
ああ、良かった。
私たちは、また巡り会えた。
「桜音殿……本当に、ごめんなさい」
「殿はさすがに、やめてください」
「……じゃあ、水って呼んでくれますか?」
桜音は涙を拭うと、「うん」と頷いてくれた。
「努力するね、水ちゃん」
「……あなたには水と呼ばれたいです」
でも、まあ、良いかーー。
桜音が、やっと名前を呼んでくれた。やっと会えた。それだけで嬉しい。
水は、桜音の手を握った。
「今度は、ずっと一緒にいましょうね」
「うん」
桜音はまた泣き出した。つられて、水もまた涙が溢れてしまった。
水は、夕日に照らされながら改札を通る。その間、何度も桜音を振り返った。その度に手を振れば、桜音も振り返してくれた。
今日、その二人の姿を包むのは、炎でも桜吹雪でもなく、煌びやかな夕日だ。二人の物語は、またここから始まるのだ。




