表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒猫呪術代行事務所  作者: 無咲 油圧


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
46/427

第十三話 紙の神 ― 中半 ―

――音のない朝。


黒乃零は、鏡の前に立っていた。

声を失った喉に手を当てても、そこには“響き”がなかった。


クロが机の上から覗き込む。

「ねぇ、零……大丈夫?喋れなくても、あたしには聞こえるけど」


零は小さく頷く。

「(問題ない。祈りは心で響く)」


クロの耳がぴくりと動いた。

「……心の声、前よりはっきり聞こえるようになったかも」

「(“紙の神”が奪った声は、俺の中に“別の道”を作った音を失った代わりに、想念が強まったんだ)」


クロは少し考えてから言った。

「ねぇ零、“言葉を喰う神”って、人の“言霊”そのものを取り込むってことだよね」

「(ああ。言霊は祈りの最初の形。声で世界を揺らす、それが“神への呼吸”だつまり、“紙の神”はその根源を吸い尽くしている)」


零は机に散らばった祈札を見つめた。

どの札にも微かに墨のにじみがあり、その中心部には、淡い赤い線が走っていた。


クロが覗き込む。

「……これ、血管みたい」

「(呪いは生きている。筆跡が“呼吸”しているようだ)」


零は古い経典を取り出した。

それは百年以上前、失われた言霊信仰――

紙座しざ”と呼ばれる祈祷宗派の記録だった。


ページをめくる。

黄ばんだ紙に、こう書かれている。


『声は神なり。声を紙に写せば、神は人に宿る。

されど多く写せば、神は怒る。神の声を満たせば、言葉は腐り、紙は神と化す。』


クロが息をのむ。

「……“紙の神”って、もともと“紙に宿る言霊”そのものだったんだ」

「(人が願いを数に変えた時、神は“形”を持つ祈りが流行すればするほど、神は肥大化する)」


その時、窓の外で風が鳴った。


舞い上がる紙片。

祈札のひとつが、勝手に宙を漂い始める。


クロが身を低くする。

「……零、また来た」


紙が重なり合い、人の顔を形作った。

それは、以前現れた“紙の神”の一部――断片だった。


『声のない人間。あなたは、私の欠片を抱いたまま生きている。』


クロが唸る。

「零の中に……?」

『そう。あなたが“紙の札”を書いた瞬間、あなたの祈りは私の体に吸収された。あなたの沈黙は、私の呼吸。』


零の目が鋭く光る。

「(……ならば、聞かせてくれ。お前はなぜ“声”を集める)」


紙の顔がゆらりと歪んだ。

『人が言葉を失えば、争いは止む。怒りも憎しみも、声によって広がるのだから。私は静寂を祈った。その祈りが、人々に“紙”として与えられた。』


 クロが叫ぶ。

「それ、勝手な救い方だよ!誰も“声をなくしたい”なんて願ってない!」


『そう思うのは、まだ“言葉を信じている者”だけ。だが、言葉は裏切る。愛も、約束も、誓いも、すべて“音”にすぎない。音が消えれば、人は裏切られずに済む。』


零がゆっくりと札を手に取り、机に一文字を書きつけた。


『祈』


その一文字が淡く光る。


「(音が消えても、“想い”は残る。お前の理屈は、祈りの半分しか知らない)」


紙の神が嗤う。

『……ならば、もう一度教えてください。あなたの“声”なしに、どうやって世界を祈るのですか?』


夜。

零は街へ出た。


通りのあちこちに貼られた願い札。

風に揺れながら、どれも僅かに囁いている。


『かなえたい』『ゆるしたい』『けしたい』『いきたい』


クロが小声で言った。

「……全部、同じ声で聞こえる。

違う人の言葉なのに」

「(“紙の神”が、個の祈りをまとめて飲み込んでいるもうすぐ街全体が“紙座”になる)」


ふと、向かいのビルの壁に、ひときわ大きな札が貼られていた。

“企業広告のように見える”が、そこに書かれていた言葉に、零は息を呑む。


『黒乃零 願いを紙に』


クロが目を見開く。

「零の名前……!」

「(俺の祈りを囮にしている)」


その瞬間、風が逆流した。


街中の札が一斉に舞い上がり、ビルの壁を這いながら一つに集まっていく。


やがて、巨大な“紙の女神”が姿を現した。

白無垢のような形、顔は墨で塗りつぶされ、その胸元から無数の声が漏れていた。


『――祈れ、黒乃零。お前の沈黙を、神の糧とせよ。』


クロが立ち向かおうとするが、風圧で吹き飛ばされる。

零は一歩も動かず、静かに掌をかざした。


声を失った彼が、筆を空中に走らせる。


『祈りは、音にあらず。』


紙の神がわずかに揺らいだ。

『――何を……書いている?』

『音なき祈りを、返す。』


零の筆跡が宙に舞い、街中の願い札が一斉に震えた。

風が止まり、“書かれた言葉”が空へと浮かび上がる。


『愛してる』『ありがとう』『ごめん』『また会いたい』


それは、誰かが忘れかけた祈りの断片だった。


クロが涙声で言う。

「零……これ……みんなの“本当の声”だよ」


零は静かに頷く。

「(祈りは消されていなかった。“紙の神”が、守っていたんだ)」


紙の神が、微かに笑った。

『……そう。私は奪ったのではない。人が忘れた“言葉”を、預かっていただけ。』


クロが目を見開く。

「じゃあ、あなた……悪意じゃなかったの?」

『悪などありません。ただ、祈りの形が変わっただけ。だが今、彼の“無音の祈り”を見て、ようやく思い出しました。言葉とは、沈黙の中にこそ宿るものだと。』


零は筆を止め、指先で最後の一文字を書いた。


『還』


その文字が光を放ち、街中の紙がふわりと宙に舞い、空へ還っていった。


静かな夜風。


クロが零の肩に乗って呟く。

「……ねぇ零。結局、“紙の神”は何だったんだろう」


零はかすかに微笑んだ。

「(祈りを忘れた人間が作った、祈りを思い出すための神だ)」


クロが目を細めた。

「……神様も、寂しかったのかもね」


零は喉に手をあて、小さく息を吐いた。


わずかに――声が戻っていた。


「……ありがとう」


その一言が、風に溶けて消えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ