第八十三話 拾ったスマホの持ち主 ― 中半 ―
零は黒い外套を羽織り、スマホを掌に乗せてじっと見つめていた。
画面の奥からは、ひび割れの隙間を縫うように淡い呪気が立ち昇っている。
クロは少女姿のまま、零の背にぴたりと寄り添った。
「零……今のミオさんの声……生きてるよね……?でも、なんでこんなところに閉じ込められてるの……?」
零はゆっくりと画面に触れながら言う。
「“生者が呪いとして発信する”現象は稀だ。だが、強烈な恐怖・残留思念・監禁状態といった三つが揃えば……人間の意識は“死の座標”に引きずり込まれる。」
黎央は顔を青ざめさせた。
「死の……座標……?」
「死が確定する“場所”だ。そこに引きずり込まれれば、肉体の死は時間の問題になる。」
クロが唇を噛む。
「じゃあ……ミオさん、誰かにさらわれて……!?」
零は短く頷き、スマホ裏の泥を指先で擦った。
泥は黒ずみ、乾いているはずなのに、触れると冷たかった。
「このスマホは“屋外で落とされた”ものだ。湿度、泥の質……公園の地面のものと一致する。」
黎央ははっとする。
「拾った公園……ですか?」
零は立ち上がり、外套の裾を払った。
「向かうのは“死の座標”だ。だがまずは、その座標の入口を見つける必要がある。」
クロが首を傾げる。
「入口って……?」
零はスマホを見つめながら言った。
「ミオのいる場所は、単純な公園のどこかではない。スマホが彼女の“逃げ場”になっている以上、
この端末を媒介に“座標への裂け目”を開けるはずだ。」
黎央の喉が鳴る。
「裂け目……?」
零は静かに言う。
「現場へ行けば分かる。」
夜の公園は、静寂そのものだった。
街灯はまばらで、光の届かない道には霜が降りて白く輝いている。
クロは震えながら零の腕を掴んだ。
「……なんか、変な感じがする。寒いのとは違う……胸の奥がざわざわする……」
零もまた、異様な“死の気配”を感じ取っていた。
「……濃いな。普通の事件ではない。」
黎央は不安げにスマホを見つめた。
「こ、このベンチで……拾ったんです……」
ベンチの前に立った瞬間──
スマホが、勝手に光った。
“ビッ……ビッ……”
クロが息を呑む。
「鳴ってる……!」
画面には、また同じ名前。
──『ミオ』
だが今回は──
着信マークの代わりに、奇妙な表示が浮かんでいた。
──《ミツケテ》
黎央は震える声でつぶやく。
「こんなの……初めてです……」
零はスマホを受け取り、通話を押す。
【………………】
出た瞬間、無音。
しかし、通話の背景だけが“暗い部屋の天井”を映している。
クロが背筋を震わせる。
「零……映ってる……場所が……」
次の瞬間。
【……たすけ……て……】
ミオの声が、かすれるように漏れた。
画面に映ったのはミオの瞳──涙と恐怖で濡れた目。
【……きょう……くる……また……】
零は問う。
「“来る”とは誰だ。お前を閉じ込めているのは誰だ。」
ミオの息が荒くなる。
【……くろ……い……おとこ……かめん……かぶって……わた……し……】
そして、映像が激しく揺れた。
【いや……いや……っ……!くる……っ……!】
零の目が鋭く光る。
「クロ。裂け目が開くぞ。」
クロは少女の姿のまま拳を握る。
「……うん!」
その時だった。
スマホの画面が突如、ぐにゃりと歪んだ。
ベンチの足元──
空間が“黒く裂けた”。
黎央が叫ぶ。
「な、なんですか……これ……!」
零は即座に言った。
「死の座標への入口だ。ミオは向こう側にいる。」
クロが目を見開く。
「行くの……零……?」
零はためらいなく、黒い裂け目に足を踏み入れた。
「行かないという選択肢はない。」
クロは震えながらも、零の背を追いかけた。
「ミオさんを……助けるんだね……!」
黎央が手を伸ばす。
「ぼ、僕は……!?」
零は振り返らずに言った。
「ついてきたければ来い。だが──“死ぬ覚悟”があるならな。」
黎央は息を飲んだ。
その目に、必死の色が宿る。
「……行きます!だって……あの人は……『たすけて』って……!」
零は短く頷き、闇の裂け目に消えた。
クロがその後を追い、黎央も続く。
そして──
三人は、不気味な闇の底へと落ちていった。
零たちがたどり着いたのは、光のない
──生の気配のない──
“死の座標”。
そこには黒い霧が漂い、遠くで、何かを引きずる音が響いていた。
クロが零の袖を握る。
「零……ここ……寒い……こわい……」
零は前を見据えたまま言う。
「ミオはこの場所のどこかにいる。動け。“殺人鬼”もまた、この座標にいる。」
黎央は震えながら頷いた。
「ミオさん……絶対に……!」
その時──
黒い霧の奥から、ひたり……ひたり……と足音。
“ミオをさらった者”が、姿を現そうとしていた。
零は筆を握りしめた。
「出てこい。“死の電話”の元凶──」
闇が裂けた。
現れたのは──
黒いフード、白い仮面の男。
その手には、血のついたロープ。
クロが震えた。
「れ……零……あれ……!」
零は低く呟く。
「──殺人鬼の怨念が、まだ生きている。」
零とクロ、そして黎央。
三人は、ミオを救うため“死と呪いの座標”で対峙することになる。
ここから決着へ──。




