表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒猫呪術代行事務所  作者: 無咲 油圧


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

302/427

第八十一話 記憶の抜け落ちる街 ― 中半 ―

東区へ向かう道は、夕暮れのやわらかな色を失い始めていた。


街灯がまだ点灯しきらない薄闇の中、綺羅は何度も後ろを振り返りながら歩く。


「……すみません、歩くの遅くて……」


クロが零の腕を掴み、綺羅を見つめる。


「だいじょうぶだよ。怖いところに案内してって言われたら、誰でも震えるよ。」


綺羅は苦笑すらできず、小さく頷く。


零は無言で歩き続けていたが、ふと足を止めて言う。


「藤守。最初に“記憶が抜けた”と気づいたのは、いつだ。」


綺羅はしばらく考え、苦しげに答える。


「三週間前です。大学の制作のために街を見て回っていて……初めて東区の旧商店街に入った時でした。」


クロが首を傾げる。


「古い商店街……?」


「はい。でも……奇妙なんです。」


綺羅は震える指で東区の方角を示した。


「地図には載ってるのに、現地に行くと“古さ”がないんです。全部、新品みたいに綺麗で…でも……人だけが、どこか古い。」


零の足が止まる。


「人だけが古い?」


綺羅は大きく頷いた。


「時代劇の中から抜け出してきたみたいな……服装でもなく、雰囲気でもなく……存在そのものが“年輪の狂った木”みたいに歪んでるんです。」


クロの肩が震えた。


「……零……なんか……ひどく嫌な感じがするよ……」


零は眉をわずかに寄せた。


「藤守。どうしてお前だけが、記憶を混ぜ込まれる。」


綺羅は唇を噛む。


「……分かりません。でも……一度、“気づいた”ことがあります。」


零が眼差しを向ける。


「話せ。」


綺羅の声が震える。


「区画の中で、一瞬だけ……『俺じゃない俺』が見えたんです。」


クロが息を呑む。


「え……?」


綺羅は首を振りながら続けた。


「窓ガラスに映ったんです。だけど、そこに映っていた俺は──」


声が掠れる。


「五十代の、別の男でした。」


クロが零の袖を掴む。


「零……これ……綺羅くんの身体が、誰かに“使われてる”ってこと……?」


零は短く頷く。


「可能性は高い。記憶の混入ではなく──“人格の上書き”をされている。」


綺羅は震えながら、ぽつりと呟いた。


「区画に入ると……俺は俺じゃなくなる……でも出ると、また俺に戻る……けど“混ざった記憶”だけは、消えずに残る……これが続いたら……いつか俺は、本物の“俺”を忘れてしまう……」


クロは綺羅の手を優しく握りしめた。


「大丈夫。零がいるから。絶対に綺羅くんの“本当の記憶”を守るよ。」


綺羅の目に、安堵がわずかに灯る。


だが──


次の瞬間。


零が足を止め、空気を切り裂くように言う。


「ここから先だ。」


東区旧商店街の入口。


街灯の光が、一歩先で急に“吸い込まれる”ように消えている。


まるで空間そのものが歪み、色が抜け落ちるように。


クロの猫耳がぴくっと動いた。


「零……見て……あそこ……!」


商店街のシャッター列の向こう。


ぼんやりと揺れる“人の影”が見えた。


綺羅は恐怖で声が出なくなる。


零は一歩踏み出し、呟く。


「“結界が層になっている”。ここはただの怪異ではない。」


クロは一瞬で黒猫に戻り、零の肩へ跳び乗る。


「行こう零……!こわいけど……行かなきゃ!」


零が商店街へ足を踏み入れた瞬間──


──世界が反転した。


視界から色が消え、景色は深い灰色へと落ちる。


空気は湿り、古い木造住宅の匂いが立ち込める。


そして、通りの奥から……


“カラカラ……カラカラ……”


乾いた笑い声が聞こえた。


綺羅が叫ぶ。


「や、やめてくれ……もう聞きたくない……!」


零は筆を構え、前方を睨む。


「出てこい。記憶を喰らう怪異。」


──その瞬間。


通りの奥で、暗闇の中にぽつんと“人の顔”だけが浮かんだ。


ニヤァァァァァ……


ありえないほど横に裂けた口で笑っている。


クロが震えながら叫ぶ。


「れ……零!!あれ……“人”じゃないよ……!!」


怪異はゆっくりと口を開けた。


そして──


「また来てくれたねぇ……藤守さん……」


綺羅の顔が蒼白になる。


零は前に出て、言い放った。


「お前の目的は何だ。藤守綺羅をどうする気だ。」


怪異の輪郭が揺れ、無数の“顔”が滲み出す。


「かえしてもらうだけ……この街から消えた“住民たち”の記憶をねぇ……若い身体は……じゅうぶん代わりになる……」


クロが零の肩で身を縮こまらせる。


「零……記憶じゃない……魂を奪われてるんだよ……!」


零は静かに筆を構えた。


「藤守の記憶は、誰にもやらせない。」


怪異の瞳がぎらりと光る。


「じゃあ……お前から奪おうか……黒乃零……?」


空気がひび割れるように震えた。


零の瞳が鋭く光る。


「……来い。」


灰色の街で、零と怪異の“記憶奪取戦”が始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ