間話6 零とクロの新年
新年の朝は、驚くほど静かだった。
黒猫呪術代行事務所の窓の外には薄い雪が積もり、光をゆっくりとはじかせている。
いつもなら街の雑音が遠くからでも届くのに、元旦だけは空気そのものが柔らかく、まるで時間が歩みを緩めているようだった。
コタツの上には湯気の立つお茶。
その横で、黒猫の姿のクロが丸くなっている。
──と思いきや。
「……寒いぃ……」
コタツの布団がふわりと揺れ、少女姿のクロが顔を出した。
黒髪にそっと雪明かりが落ちて、いつもより少し大人びて見える。
零は湯呑みを持ったまま、その様子を静かに見ている。
「猫の姿のほうが暖かいだろう。」
「えへへ……でも、今日は“新年”だから。なんとなく……この姿でいたいなって。」
「理由になっていない。」
「じゃあ……零の隣にいたい、って理由なら?」
零は言葉を失い、わずかに視線を逸らした。
クロは嬉しそうに笑い、するりと零の隣にもぐり込む。
コタツの中で足がぶつかり、クロが小さく身をよじる。
「……あったかい。」
「勝手にくっつくな。」
「でも零のほうがあったかいよ?」
零はため息をつきながらも、追いやるようなことはしない。
外では小さく風が鳴り、事務所の壁に雪が当たる音がかすかに響いていた。
その静けさが、ふたりの距離をさらに近づける。
クロはコタツに頬を預けながら呟いた。
「ねえ零……今年も、一緒にいようね。」
零は少しだけ目を細めた。
「当たり前だ。お前は一度決めたら離れないだろう。」
「うん。でも……言葉で言ってほしかったの。」
零は沈黙した。
そして、お茶を一口飲んだあと──
まるで覚悟を決めたようにクロを見つめる。
「……今年も俺は、お前と共にいる。お前が望む限り。」
クロはぱぁっと表情を輝かせた。
「……ほんとに?」
「嘘を言っても意味がないだろう。」
クロは嬉しくてたまらない様子で、零の腕に絡みつく。
「あのね零……わたしね、今年の願い事決めたんだ。」
「願い事?」
「うん。“零ともっと一緒に笑う”こと。」
零は驚いたように瞬きをした。
クロは恥ずかしそうに言う。
「零、笑うとすごく優しい顔するから……わたし、あれもっと見たいの。」
零はわずかに表情を崩す。
「そんな顔をしているつもりはないが。」
「ふふ、わたしは分かるよ。」
しばらく、コタツの中で温かい沈黙が流れた。
外はまだ雪。
街は静かで、事務所は小さな灯りに包まれている。
クロが零の肩に頭を預ける。
「……零。今年も、守ってあげるからね。」
零はその言葉に苦笑した。
「本来は俺の役目だ。」
「んー……じゃあ一緒に守りっこしよ。」
「……意味が分からん。」
「零を守るの、わたしの大事な仕事だもん。」
零は小さく息を吐く。
「なら好きにしろ。」
「うん。……大好きだよ、零。」
零は言葉を返さない。
返さないが──黙ってクロの頭に手を置いた。
その掌の温もりは、言葉よりずっと優しかった。
新年の始まりは、静かで穏やかで。
ふたりにとって、これ以上なく“幸せな時間”だった。
外の雪はやわらかく降り続き、黒猫呪術代行事務所に、静かな一年の幕開けを告げていた。




