間話4 零とクロのクリスマス
十二月二十四日。
黒猫呪術代行事務所の窓の外では、細かい雪が静かに舞っていた。
暖房の音だけが緩く響く室内で、零は黙々と書類と向き合っている。
しかし、時折視線が部屋の隅へと向かうのを、本人は自覚していなかった。
そこでは、黒猫のクロが丸くなり、尻尾を揺らしながらこちらをちらちら見ていた。
「……零」
か細い声。
耳だけで反応した零は筆を止めずに答える。
「なんだ。」
「今日、何の日か……わかってる?」
「……特別な依頼は入っていない日だな。」
「ちがうよ!!」
クロはぷくっと頬を膨らませたかのように尻尾を膨らませ、ぽんっ、と音を立てるように少女姿へ変わった。
白いワンピースに黒髪。
冬の静けさの中で、その姿はどこか雪の精のように見える。
「今日は……クリスマス、なんだよ……」
零は筆を置いた。
「俺には縁がない。」
「……あるよ。だって、わたしがいる。」
クロはとことこと零の前まで歩くと、机に肘をついて覗き込む。
「ねえ零。今日は忙しくないんだし……ちょっとだけ、特別な時間にしようよ。」
「特別な時間?」
「うん! クリスマスって、いっしょにいる人のことを、いつもより大事に感じる日なんだよ。」
零は眉を寄せた。
“いつもより”とは何だ、などと理屈を考えたが──
クロの表情を見て、思考は自然に止まった。
少女のクロは、どこか照れたような、期待するような目をしていた。
「……はぁ。わかった。少しだけだ。」
「やった!!」
クロはぱっと笑顔になり、次の瞬間──
事務所の照明がふっと落ち、代わりに窓辺で星の飾りが瞬いた。
「零、見て見て! わたし、飾りつけしてみたの!」
「……いつの間に。」
「猫のときにこっそり……」
クロは照れたように笑った。
天井には小さな紙の星。
窓には雪の結晶の切り紙。
テーブルの上には、少し歪んだケーキのようなもの。
「それは……」
「つくった! がんばって!」
ケーキの形はひどく不格好で、クリームは斜め。
チョコの文字は読めない。
しかし零は言った。
「……悪くない。」
「え、ほんと!? えへへ……!」
クロは嬉しさを隠さず跳ね、零はその姿を静かに目で追う。
雪は静かに降り続ける。
二人の間に、穏やかな時間が落ちていった。
ケーキを半分ほど食べると、クロがぽつりと言った。
「ねえ、零。プレゼント……交換しない?」
「俺は何も用意していない。」
「いいよ。零がくれるものなら、なんでも。」
「……なんでも?」
「うん!」
零はしばらく沈黙した。
クロはドキドキしながら見つめている。
そして。
零はゆっくり立ち上がり、少女姿のクロの頭にそっと手を置いた。
柔らかく、慎重に。
「……今日くらいは。安心して眠れ。」
「え……?」
「俺がいる。お前を一晩中、護る。」
クロの頬がみるみる赤く染まる。
「……それ、ずるいよ……零……」
その声は震え、クロはそっと零の胸に額を寄せた。
「……ありがと……」
零は何も言わず、その小さな頭に手を置き続けた。
雪が降り続ける夜。
世界がどこまでも静まり返る中──
二人だけの温度が、確かにそこにあった。
しばらく抱き合ったあと、クロはぽつりと囁いた。
「零……メリークリスマス。」
零も小さく答える。
「……ああ。メリークリスマス、クロ。」
その夜、ふたりの事務所にだけは、確かに“あたたかい雪”が降っていた。




