↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒猫呪術代行事務所  作者: 無咲 油圧


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
120/427

第三十四話 綺羅の影との対峙 ― 前半 ―

廊下が歪んでいた。


床は波打ち、天井の蛍光灯はぐにゃりと曲がり、世界そのものが黒い液体で満たされていく。


綺羅の影が暴走しているのだ。


零は筆を持ち直し、クロを後ろに庇った。


綺羅は影の中心で倒れ、両手で頭を押さえながら叫んでいる。


「やめて……!やめてよ……!!もう……もう……っ!」


綺羅の声は悲痛だった。


まるで、自分自身の感情に食われるのを必死で拒むように。


クロは涙を浮かべながら零に抱きつく。


「零……!綺羅さんが……壊れちゃう……!」


零は静かに頷いた。


「壊れているのは“影”だ。綺羅ではない」


クロは零の横顔を見る。


その瞳はいつもの冷静さで輝きながらも、怒りと哀しみを含んでいた。


「綺羅の影は、長年積み重ねられた“否定の堆積”だ。本人の感情の渦が形となり、今、死の呪いに引火して暴走している」


クロは小さく息を呑む。


「じゃあ……“呪い”じゃなくて……“綺羅さんの心”が敵なの……?」


零は肯定した。


「本人の心の中で生き続けてきた恐怖、自責、孤独──それが影を作り上げた」


クロは拳を握りしめる。


「絶対に……助ける……!」


零が一歩前へ踏み出すと、影は天井まで伸び、巨大な獣のような形に変貌した。


口を開くように裂け、深い闇の穴が現れる。


『……ァァァァアアアアア……!!』


クロの身体がビクッと震えた。


(……怖い……けど……逃げちゃだめ……)


零はクロの手を取り、優しく押し返す。


「クロ。綺羅の影は“心”だ。心は力で押し潰すものではない」


クロは目を丸くする。


「じゃあ……どうやって戦うの……?」


零の声は、驚くほど穏やかだった。


「“声”だ」


「声……?」


零は頷く。


「否定で育った影は──“肯定”でしか消えない」


クロの胸が熱くなる。


(肯定……それなら……!)


零が影に向かって宣言する。


「芦屋綺羅。お前は──間違っている。だが、罪ではない」


綺羅は震える声で答えた。


「な……に……を……言って……」


零は綺羅の影に筆を向けた。


「お前の影は“死にたい”と叫ぶが、お前自身は違う。助けてほしいと叫んでいる」


綺羅の瞳が揺れる。


「わ、私は……そんな……そんなこと……!」


クロも必死に叫んだ。


「綺羅さん!!本当は……生きたいんだよ!!死にたくないよ!!壊れたくないよ!!ずっとずっと……


『誰かに見つけてほしかった』だけなんでしょう!!?」


綺羅の身体がびくりと跳ねた。


影が一瞬、揺らいだ。


『……ナ……マ……エ……ヲ……ヨ……ンデ……』


クロは涙をこぼしながら叫ぶ。


「綺羅さん!!あなたの名前を、ちゃんと呼ぶよ!!」


クロは震える声で、しかし力強く綺羅に呼びかけた。


「芦屋綺羅!!あなたは……ひとりじゃない!!」


綺羅の目に涙が溢れる。


影は怒ったように咆哮した。


『アアアアアアアアアア!!!!!』


床が割れ、黒い腕が何本も飛び出し、零とクロに襲いかかる。


零は筆を振り下ろした。


「式号──護心ごしん結界!!」


白い光がクロと綺羅を包む。


影の腕は光に触れるたびに弾かれ、霧のように薄れていく。


クロは涙をぬぐい、震えながらも綺羅を見つめ続けた。


「綺羅さん……あなたが苦しんできたこと……本当は誰かに“気づいてほしかった”だけなんだよ……!」


綺羅は嗚咽しながら叫ぶ。


「ちがう!!私は……私は……!誰にも……いらなかった……!!家族にも……誰にも……!」


クロは首を横に振る。


「いらなかったんじゃない!!“気づいてもらえなかっただけ”!!それは綺羅さんのせいじゃないよ!!」


綺羅が胸を押さえる。


「やめて……やめてよ……そんな言葉……聞きたく……ない……!」


零は筆を構えたまま、静かに語りかけた。


「綺羅。お前の影は“否定”でできている。だから今……一番欲しくない言葉は──“肯定”だ」


影が苦しむように揺れる。


『……ウ……アアア……』


クロは泣きながら綺羅へ叫んだ。


「綺羅さん!!あなたは……生きてていいんだよ!!」


綺羅の影が大きく波打った。


「わたしは……生きてて……いい……?」


クロは力強く頷く。


「いいよ!!いいに決まってる!!」


影がひび割れた。


零が筆を振り上げ、決めの一撃を走らせる。


「式号──解呪・心救しんきゅう!!」


白い光が影に突き刺さり、闇が弾け飛んだ。


巨大な影は悲鳴をあげ、崩れ、霧のように廊下へ散っていく。


綺羅はその場に崩れ落ち、泣き叫んだ。


「いやだ……死にたく……ない……生きたい……わたし、生きたい……っ!!」


クロは抱きしめた。


「生きていいよ……何度だって言うよ……あなたは、生きていいよ……!」


綺羅は嗚咽しながらクロにしがみついた。


零は静かに二人を見守りながら、影の残滓を確認する。


──綺羅の影は消えた。

──呪いは解けた。


そして、長い時間をかけて固まった心の氷が、ようやく溶け始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。