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黒猫呪術代行事務所  作者: 無咲 油圧


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第二十八話 偽りの呪術師 ― 中半 ―

雑居ビルは、街の外れにぽつんと立っていた。


古びた白い外壁にはクラックが走り、階段の照明は半分以上が切れている。


クロが階段に前足を乗せ、眉をひそめたように言う。


『……零。ここ、酷い“気”がこもってる。怪異の匂いじゃない……“人の欲”が腐ったみたいな……』


零は短く返す。


「霊感商法の巣窟だ。怨念より質が悪い」


三階へ上がると、扉の横に貼られた金色の札が目に入る。


《黒凰霊術会 本部》

《呪い解除・悪縁切り・人生好転》


札は印刷で、呪術的な効力はゼロ。


中からは複数の声が聞こえた。


「……追加で二十万必要ですねぇ」

「お客様、“あと少しで”運気が開けます!」

「死んだ家族が呼んでますよ……」


クロが低く唸る。


『零……ムカつく……』


零は無言で扉をノックもせず開けた。


室内は、“それっぽい雰囲気”を作るためのグッズで溢れていた。


黒い布に安っぽい水晶、ペンキで描いた護符、ヤニで黄ばみきった線香。


強い香水とカビの匂いが混ざり合っている。


椅子に座る女が一人。

その後ろには二人の男。


女は三十代ほどで、爪は真っ赤、腕には金のブレスレット。

明らかに依頼人を威圧するための“見た目”だ。


女は零を見て、眉をひそめた。


「……どちら様?予約は――」


零は依頼人の遥の写真を見せた。


「志乃宮遥。この女に何をした?」


女は一瞬だけ動揺したが、すぐに作り笑いを浮かべる。


「何をしたって……呪いを解除しただけですよ。

あれは本当に重い呪いでね。追加料金も必要で――」


零は静かに言った。


「“あの家に呪いはない”。ただの事故と悲しみの影だ。それを“呪い”と脅して金を巻き上げた」


女の表情が変わった。


「……あんた、何者?」


零は筆を懐から取り出した。


その瞬間、クロが全身の毛を逆立てる。


『零、前!』


後ろにいた男の一人が、金属バットを振り上げていた。


零は半歩左へ。

バットが空を切る。


男が叫ぶ。


「オラァ!! 邪魔すんな!!」


零は振り返り、筆先で床を軽く叩いた。


「式号──“伏墨ふくずみ”」


床に墨が広がり、男の足首に絡む。


男は転倒し、バットが手から離れた。


女は恐怖と怒りを滲ませて叫ぶ。


「何よそれ!?あんた、本当に呪術師!?冗談じゃないわよ!」


零は静かに答える。


「冗談ではない。“偽物”が“本物”を前にすると、

こうなる」


女は叫びながら

積まれた護符を掴む。


「うるさい!この護符はねぇ! 本物の――」


零は淡々と遮った。


「印刷だ。呪術としての価値はゼロだ」


女の顔色が変わる。


次の瞬間、部屋の奥から悲鳴が上がった。


奥の控室から出てきた別の依頼者らしい女性が、

震えながら零の足元にすがった。


「た、助けてください……!ここに来てから、家族が不幸続きで……“もっと払えば救われる”って……!」


クロが小さく肩を寄せる。


『……零、“呪い”は本当にないよ……ただの恐怖と暗示……でも、このままじゃ……依頼者たちが壊れちゃう……』


零は筆を構え、偽物の呪術具を見回した。


「……これが“呪い”だ」


女が怒鳴る。


「呪術をバカにして何が悪いのよ!!どうせ信じるやつらがバカなのよ!!」


零の目が鋭く光った。


その瞬間、空気の温度が変わる。


クロでさえ、背中が寒くなるほどの迫力。


「呪術は──“人を縛るための力”ではない。“救うためにあるもの”だ」


女が後ずさる。


「な、何よ……」


零は筆を振った。


「式号──“影縫かげぬい”」


影が床に伸び、女の影を縫い止めた。


女は逃げられない。


零はゆっくりと歩み寄る。


「お前たちは、悲しみに沈んだ人間につけ込み、

その“心そのもの”を壊した。怪異よりよほど悪質だ」


女は震える声で言う。


「……わた、私たちだって……生活があるのよ……こうするしか……生きていけないのよ……!」


零の声は静かだった。


「ならば、別の道を歩け。呪術を騙るな。一度でも人の心を利用したなら、その瞬間から“お前の魂は濁る”。次に誰かに手をかければ──今度こそ“本当に呪う”。覚えておけ」


女は完全に青ざめた。


零は影縫を解除する。


女はその場で崩れ落ちた。


もう立ち上がる気力さえない。


クロが零に言う。


『……零。これで、この場所……終わり?』


零は頷く。


「依頼者たちを解放すれば、この詐欺は崩壊する」


零は控室の扉を開け、震えている依頼者たちに告げた。


「帰れ。呪いはない。お前たちの心は、誰にも支配されていない」


依頼者たちは涙を流しながら外へ出ていく。


クロがぽつりと言った。


『……零って……本当に、呪術師なんだね……』


零は歩きながら返した。


「ただの“祈り屋”だ。人を呪うのも、救うのも。

俺の役目だ」


外は雨が降り始めていた。


だがその雨は──

依頼人たちにとって、きっと“救いの雨”だった。


零とクロは静かに事務所へ戻る。


そこでまだ、“遥の涙の続き”が待っていることを知りながら。

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