朝
「おはよう。」
Iphoneのけたたましいアラーム音を止めながら、死んだサメのように横になっている賢治に、愛菜が声をかけた。
酒を飲みすぎた愛菜の声はいつも通りガサガサになっていたのに、好きな人の声は愛おしく感じるのが不思議だった。そんなガサガサの声を聞きながら、昨日の記憶がばっちりある賢治は、二日酔いでもないのにまるで具合の悪そうにわざと振る舞った。
「めっちゃ頭痛い、二日酔いかも。」
そう言って上を見て、愛菜の部屋の天井のシミの数を数えていた。一つ、二つ、と天井を彩る模様みたいな形をしたシミを数えている内、そんな訳ないのに、そのシミ一つ一つが自分の至らないところの数のように思えてきた。人が抱えてきた夜の数なんて、天井のシミ程度で収まるはずもないのに。しかし、昨晩過半数の大学生が経験するようなちっぽけな過ちを犯し、しかもそれを大罪のように捉えている賢治のことを思えば当たり前のことでもあった。
この天井全てのシミを数え終えた時、自己嫌悪でどうかなってしまいそうだ。
そう思いながら天井から横に顔を向けると、すぐそこにある愛菜の顔と目が合う。不貞腐れたような、内心怒りを抱えているような目に、天井のシミ達が急に恋しくなった。天井のシミへと目を向けようとしたら、愛菜の両手ががっちりと賢治の顔を掴んだ。離して、なんて言えないぐらい熱い両手が賢治の顔を掴む。昨日からでかい猫目に引かれたままのアイシャドウがキラキラしていて綺麗だった。昨日からベッド上にいるはずなのにいつつけ直したのか、いつも愛菜からするウッド調の香水の優しい匂いに賢治はどこか安心感を感じていた。
「二日酔いのふりしないで。」
そんなことない、て言えないのは愛菜の両手の握力のせいだ。
あなたの両手が顔を掴むから本当のこと言えないんだよ。
ふかふかのベッドの上でまで賢治は必死に言い訳を探した。天井のシミがまた一つ増えた気がした。
「賢治、二日酔いの時、朝起きないでしょ。」
図星だった。賢治は二日酔いのとき誰に何を言われたって、目の前でニワトリが鳴いたって、Jアラートが鳴ったって起きない。それでいうと、携帯のアラームで起きて、天井のシミを探しているのなんて二日酔いじゃないと宣言しているのと何も変わりなかった。
「面倒くさい、女々しい。こっち見て。」
愛菜の両手により握力が籠る。首が無理矢理捻じ曲げられるまま、力の方向に身体を任せる。
「どうせ賢治、私とヤったから、これから私との関係が変わるとか終わるとか思ってんでしょ。あのね、私、こんなことで賢治との関係潰すつもりないから。」
力の弱まった両手に挟まれたまま、賢治は、「知ってる」と呟いた。抱きついてくる愛菜の温かさを感じながら、天井のシミが一つ消えたように見えた。
「記憶、戻ってきた?」
「うん、もうほとんど。多分そろそろちゃんと思い出すと思う。」
「そっか。」
賢治の背中に回っている愛菜の腕の力が強まる。昨晩適当に閉めたカーテンの隙間からは光が漏れ出し、眩しく輝く外の世界で雀がピピピと鳴いていた。
「あのね、賢治。」
「なに?」
「私ね、ゼミで賢治と会う前から、ずっと前から賢治のこと知ってたの。」
「え?」
自分を締め付ける愛菜の腕の力が、より強くなった気がした。




