〈夕福町〉と負の成功体験
プルルルー、プル、プルルルー。
この世で嫌いな音ランキング三位には余裕でランクインする目覚ましの電子音が耳元で鳴った。あー、もう六時か。もっと寝ていたいと思うものの、目覚めた身体はゼミの時と比べて割と軽かった。まぁそりゃそうか。六時間くらい寝ていたんだもんな。適当にSNSでも見て準備するか、そう思って携帯の画面を見た。
18:38
煩わしいアラームを止めた携帯の画面に映っている時刻は、あまりにも目を覚まさせてくれる。あんなにうるさいアラーム音なんかよりも、遅刻が確定した無音の時刻表示の方が、人の目は覚めるものだな。寝ぼけ眼でそう思ったのも束の間、身体はベッドから飛び起きた。
本当に、スヌーズ機能は必要な時に限って身体とコミットしない。
適当にハンガーにかかっていたジャケットとトラックパンツを取って、慌てて玄関を飛び出した。慌ててもタバコを持って行くことは忘れずに。
薄い玄関のドア一つで仕切られていた外の世界へと出ると、頬が一気に冷え切り、白い煙が口から溢れ出す。
はぁ。
早歩きで道路を歩き、横断歩道を渡る。地面と靴の裏からはシャッシャッと何かが削れる音がした。冷え切ってもう雪も降りそうな世界では、クシャリという音はしなかった。
後ろから吹く冬の冷たい風は賢治の背中を押し、道路に沿って並んで建てられた街灯が声援を送るかの様に賢治を照らしてくれる。まるで街全体が賢治を応援しているかのようで、自然と進むスピードも上がってくる。
その後も走るのと早歩きを続けてなんとか集合場所の〈夕福町〉の看板下に到着した。ビカビカと光る赤いネオンがゴールを祝福しているようだった。愛菜の姿はない。
呼吸を整える暇もなく、ポケットから携帯を取り出して、電源ボタンを押した。
18:58
記録更新だ。いつも家から三十分分ちょっとはかかる〈夕福町〉に、今回は二十分ぴったりにつけた。時間に余裕を持って出発したことなどほぼないに等しく、時間ギリギリに出て時間ギリギリに到着するという賢治の負の成功体験は、こうしてまた積み重ねられていくのだ。今回の負の成功体験によって賢治は今度のゼミに大遅刻をかますことになるが、それはまた別の話。
白い息を吐き出しながら呼吸を整えていると、「賢治。」と、到着した愛菜が声をかけた。
「ごめん、待った?」
「もう、もうめちゃくちゃ待ったよ。」
「また嘘つき、めっちゃ息上がってるじゃん。」
アハハ、と笑う愛菜が携帯の画面を見せてくる。そこには見覚えのある飲食点の写真とキャラクターが浮かんでいた。
「ここのお店、〈スイレン中華〉って言うんだけど、麻婆豆腐が凄い美味しいの。ここ行こ。」
霞に出会したらめんどくさいな、絶対今度冷やかされる。
そう思いながらも、二人は夜の〈夕福町〉の中へと消えていった。




