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石井精神科②

 「夢?」

 秋ももう終わりに差し掛かり、冬の澄んだ空気が漂い始めた頃。賢治はいつものように石井精神科にいた。

 「そう、夢。なんか変な夢なんだよね。真っ白の部屋にいて、なんでか分からないけどめっちゃしんどくて。部屋なのに出口もなくてさ、なんか本当に不気味なんだよ。あと机が置かれてたり、ピピピ、って鳥みたいな声が鳴ったり。」

 「うーん、なんだか初めて聞く症例だなぁ。」

 石井は頭をボリボリと掻きむしりながらカルテと睨めっこをしていた。

 「何か分かりそう?」

 「いや、正直何も。」

 突然頻度を上げて来いと言ったり、でも結局何も分かんなかったりと、なんなんだこの医者は。

 石井がカルテと睨めっこをしている間、賢治は平たくなった財布の中身を見た。財布の中にいる二人の英世が、賢治と目を合わせまいと真っ直ぐ目線を向けている。金がないのは〈ホーネス〉に頻繁に行きすぎている賢治が悪いが、それはそうと、有象無象の貧乏学生の一人である賢治に、月に一度となった石井精神科の診療代は中々に痛いものだった。

 石井はカルテを睨み、賢治は平たい財布を睨む。

 なんとも言えない、成人男性二人が各々別のものを睨み合うという時間が流れた後、賢治が「インターホン」と口を開いた。

 「インターホン?」

 「そう、インターホン。普通の家にある、ピンポー ンて音のやつ。それ鳴ってたな。それ聞いた後、めっちゃ冷や汗かいてた気がする。」

 それを聞いた後、石井の顔が一瞬険しくなって、初めて見る石井の顔に賢治は少し怖気付いた。でも次の瞬間にはいつも通りの戯けた石井の顔に戻っていた。

 「んー、インターホンか。やっぱり全然分かんないや。」

 「なんだよ、また診療代払い損じゃないか。」

 「ごめんごめん。」

 ハハハ、と笑いながら、「今日の診察はおしまい」と言うので賢治は診察室を後にした。

 会計を済ませるため歩いた途中の廊下で、ふと掲示板に目をやると、以前穴を開けた女優の顔が歪な形で繋ぎ止められていた。後ろからテープで固定しているのだろうか、女優の顔と顔の間に見える透明な膜に、埃がくっついていた。

 こんなことするなら新しいポスターを貼ればいいのに。

 そう思いながら受付へと到着すると、受付にいる相変わらずの仏頂面の入江と目が合った。

 「元気?」

 珍しく入江から声をかけてきた。

 「もちろん、相も変わらず。こないだはデートの邪魔しちゃってごめんなさいね。」

 「別に、結局遊び目的だったしどうでもいいわ、気にしないで。」

 気にしないで、と言われると気にしてしまうものだ。人間は天邪鬼な生き物であるのだから。

 「入江は元気?なんかあったら、そのー。」

 目を離したらなくなってしまうような、ちっぽけな罪悪感に突き動かされて口を開いた。

 「私は元気よ。何、気遣ってるの?らしくないし辞めてちょうだい。あんたが元気ならいいわ。はい、お会計。」

 入江の漢気に心の中で手を合わせながら、「じゃあね」と言ってお釣りを手に、石井精神科を後にした。

 診察室から出てきた石井が、「ちょっと話がある」と、入江にかけた声は賢治に聞こえないまま。

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