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EP 10

算盤は少しだけ黒字になった

「帝国軍のチンピラ兵士を、経済論理とおでんの汁で撃退した」

その痛快な噂は、風よりも早くポポロ村全体――いや、近隣の行商人たちの間にまで知れ渡った。

結果として何が起きたか。

「いらっしゃいませー! 次のお客様どうぞー!」

「こちらのレジへどうぞですわ! お支払いは太陽芋3本ですね! はい、ピッ!」

「ああっ、リーザ先輩! おでんの『月見大根』が品切れですわ! 私が水魔法で出汁を継ぎ足します!」

ヨシマーソンは、かつてないほどの超絶大盛況パンデミックに陥っていた。

店内には、村の農作物を抱えて『Y-Payポイント』に交換しようとする村人たちや、噂を聞きつけて他国からやって来た冒険者たちが長蛇の列を作っている。

ウサギ耳をピンと立てて、元気いっぱいに商品を袋詰めする村長キャルル。

廃棄弁当への執念だけで、恐ろしいほどのレジ捌きを見せる人魚族の姫リーザ。

ポンコツながらも、世界樹の魔法を駆使して商品の補充と温度管理をこなすエルフの次期女王ルナ。

三国を揺るがすVIPたちが、汗だくになりながら笑顔で接客をこなしている。

その光景は、もはや一つの「奇跡」と言っても過言ではなかった。

「……見事なものです」

混雑する店内を避け、店の外のイートイン用ベンチでコーヒーを飲んでいた執事リバロンが、感嘆の息を漏らした。

「武力による恐怖ではなく、圧倒的な『豊かさ』による支配。ヨシマサ様がもたらしたこの小さな箱は、いずれ大陸全土のパワーバランスを塗り替える『見えざる手』となるでしょう。……本当に、恐ろしいお方だ」

リバロンの呟きをよそに、俺は一人、店の裏口(バックヤードの外)に立っていた。

ポケットから『赤マル』を取り出し、カチッとライターで火を点ける。

「……ふぅ」

紫煙を、アナスタシア世界の青い空に向かって吐き出す。

煙草を吸うのは、あのアホ女神のコタツ部屋に飛ばされて以来だ。

脳裏に浮かぶのは、俺の腕の傷を治すために、血を吐いて笑っていたキャルルの姿。

(……あの馬鹿げた『無償の愛』のツケ。まずは最初の利息くらいは、返せたか)

ルナミス帝国の横暴から村を守り、さらに『ヨシマーソン』という経済の拠点を確立させた。

これでポポロ村は、簡単には潰されない「価値」を持ったことになる。

「店長ー!!」

裏口のドアがバンッと開き、エプロン姿のキャルルが顔を出した。

忙しさで頬を上気させ、琥珀色の瞳をキラキラと輝かせている。

「義正くん! なに油売ってるの! レジ横の『ヨシマサ・肉まん』が売り切れちゃったよ! 早く補充して!」

「おいおい、人使いの荒いアルバイトだな。店長に向かってその口の利き方は減給だぞ」

俺はわざと意地悪く笑ってみせた。

すると、キャルルはむすっと頬を膨らませた後、パァッと花が咲くような笑顔になった。

「減給でもいいよ! だって私、今すっごく楽しいもん!」

それは、王族という「鳥籠」の中で縛られていた彼女が、初めて手に入れた本物の『自由』の笑顔だった。

「……チッ。しゃあねぇな」

俺は携帯灰皿に赤マルを揉み消し、首をコキッと鳴らした。

「ほら、さっさと戻るぞ、村長。客を待たせるのは三流の商売だ」

「うんっ!!」

光り輝く異世界コンビニ『ヨシマーソン』。

元エリート商社マンと、ワケありの姫君たちが織りなす、最強で最高に忙しいスローライフ。

俺の異世界での『算盤』は、まだほんの少しだけ黒字に傾いたばかりだ。

これから大陸の経済を丸ごとひっくり返してやるまで――この過酷なブラック労働(コンビニ経営)は終わらない。

(第一章・完)

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