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空き部屋の声、1986年の女  作者: ひまえび
第五章――「道を残した復讐」

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第5話(後編)――「横須賀の逃げ部屋」

五反田の上階にいた女たちは、黒岩の帳面に縛られていた。尚人は、彼女たちを1人ずつ逃がせば、残された女たちが黒岩に締め上げられると知る。だから全員を一度に動かす必要がある。逃げ先は品川ではない。黒岩の目が届きにくい横須賀である。尚人は、借金の立て替え、横須賀の1DK、通訳、弁護士、そして遊興ビル取得の資金計画まで、一気に線を引いていく。ただし会社資金は使わない。横須賀の店は、尚人個人の信用と銀行融資で作る。

 尚人は別の紙を出し、概算を書いた。


 ローザ 120万円。

 ルース 150万円。

 マリア 95万円。

 エレナ 130万円。

 リサ 90万円。

 テレサ 110万円。

 ベラ 105万円。

 アニタ 100万円。


 合計900万円。

 予備費300万円。

 黒岩への暫定支払枠1200万円。


 これは、黒岩の請求を認める金ではない。女たちを連れ出す日の混乱を抑えるための金である。払うとしても、領収書を取る。誰の何の名目かを紙に残す。あとで弁護士を入れ、不当な請求は返還を求める。


 だが、女たちには返させない。


 尚人は、その線だけははっきり決めた。ローザたちに「借金を肩代わりしたから、今度は私に返せ」と言えば、黒岩と同じ穴へ落ちる。尚人が立て替える。尚人が損をかぶる。早乙女土地売買株式会社ではなく、尚人個人の金で処理する。


 女たちを別の帳面へ移すためではない。帳面から出すためである。


 尚人は机の横から、もう1つ封筒を取り出した。中には、自分の個人資金を整理したメモが入っている。早乙女土地売買株式会社の金ではない。会社の帳簿に載せる金でもない。尚人個人が、自分の判断で動かせる金である。


 普通預金は約11億円。


 そのうち10億円は、町田小山田、相原、大崎、みなとみらいへ向けた土地買付け用の別枠として残してある。残りにも余裕はある。さらに、個人名義の賃貸物件からは、毎月2000万円ほどの手取り収入が入ってくる。


 ローザたち8人を黒岩の帳面から外すための1200万円は、そこから出せる。これは小さな金ではない。だが、迷う金でもなかった。


 ただし、横須賀の遊興ビルは別である。


 尚人は、そのために自己資金を使うつもりはなかった。町田小山田、相原、大崎、みなとみらいへ向けた現金は、1円も崩さない。あれは土地を動かすための金であり、尚人がこの時代で勝つための血である。


 横須賀の遊興ビルは、尚人個人の信用で銀行から借りる。


 購入費も、登記費用も、仲介手数料も、改装費も、開業前の運転資金も、すべて銀行融資でまかなう。尚人が個人保証を入れる。担保は、購入する横須賀の遊興ビルと、尚人個人名義の賃貸物件で組む。秋谷の屋敷は、できれば担保に入れない。あそこは住む家であり、啓子から預かった記憶もある。金の札にするのは最後でよかった。


 尚人は紙に大きく書いた。


 横須賀遊興ビル。

 自己資金は入れない。

 全額、尚人個人保証付きの銀行融資。

 会社資金は使わない。

 土地買付け資金は崩さない。


 金の線を分けることは、気持ちの線を分けることでもあった。


 黒岩は、女たちの借金を帳面にして縛った。尚人は、その帳面を切るために金を使う。だが、会社の金で受け皿を作れば、どこかで話が濁る。会社が女たちを囲ったようにも見える。そうではない。横須賀の件は、尚人個人が責任を負う。


 尚人はそう決めた。


 移転先。


 最初に思い浮かべるべきは品川ではなかった。品川は便利だが、黒岩が五反田から探りを入れやすい。都内の水商売の人間は、店を移った女の匂いを嗅ぐのが早い。新宿、池袋、五反田、品川、赤坂。客も、紹介屋も、酒屋も、どこかでつながっている。


 女たちを1度隠すなら、東京から外すべきだった。


 横須賀。


 尚人は、メモの横へその地名を書いた。


 横須賀には、独身者向けの1DKがある。広くはない。だが、10人ほどを一時的に入れるだけなら、どうということはない。布団を敷き、台所を使い、交代で風呂に入る。長く暮らす場所ではない。黒岩の目から外し、次の手を打つまでの避難場所である。


 五反田から横須賀へ移せば、黒岩はすぐには追えない。


 しかも横須賀には、尚人の土地勘がある。横須賀中央の商店街、夜の店、古い雑居ビル、海軍関係の客、若い男たち。あの街にも夜はある。だが、五反田の夜とは線が違う。尚人が自分の信用で場を作れば、ローザたちは黒岩の店から抜けたあとも、すぐに路頭へ迷わずに済む。


 フィリピン料理の喫茶兼軽食店。

 フィリピン・カラオケパブ。

 小さなライブラウンジ。

 横須賀の商店街の遊興ビル。


 尚人は、もう1度その言葉を見た。


 自分で店を持つなら、女たちを借金で縛る必要はない。給料は明細通りに払う。部屋代を勝手に膨らませない。パスポートを預からない。辞めたい者を脅さない。フィリピン・カラオケパブは夜の店である。だが、1階に喫茶兼軽食店を置けば、昼の仕事も作れる。料理ができる者は厨房に入れる。歌える者は夜に歌える。接客が得意な者はラウンジで働ける。体を壊した者や、夜の仕事をしたくない者にも、別の役目を渡せる。


 遊ぶ場所を作るのではない。


 女たちが黒岩から離れても働ける場所を作るのだ。


 尚人は受話器を取った。


 品川の早乙女土地売買株式会社の事務所へかけた。土曜の午前である。会社は完全には動いていないが、杉浦ならつかまる可能性がある。呼び出し音が数回鳴り、やがて杉浦の声が出た。


 「杉浦です」


 「尚人です。五反田の件で、逃がし先を変えます」


 「品川ではないのですか」


 「品川は近すぎます。黒岩に見つかる。横須賀にします」


 杉浦は一拍置いた。


 「横須賀ですか」


 「独身用の1DKがあるでしょう。そこを使います。狭いが、10人ほどを一時的に入れるなら十分です。長く置く場所ではない。まず黒岩の目から外すためです」


 「確かに、五反田からは距離があります。ですが、生活用品が足りません」


 「揃えてください。布団10組、炊飯器、大きい鍋、食器、洗面具、タオル。下着や衣類は女性側に確認してからです。まず今日中に最低限でいい。費用は私個人につけてください」


 「分かりました」


 「それから、女たちの借金を整理します」


 杉浦の声が変わった。


 「黒岩の請求を払うのですか」


 「認めるわけではありません。だが、連れ出す時に『借金が残っている』と騒がれると面倒です。暫定で1200万円を用意します。領収書を取る。名目を残す。不当な分はあとで争う。ただし、女たちには1円も請求しません」


 「尚人さん個人で負担しますか」


 「はい。会社の金ではありません。彼女たちの借金は、私が個人で立て替える。早乙女土地売買株式会社の帳簿には載せません。会社の金で人を買ったように見せたくない」


 杉浦は、しばらく黙った。


 「分かりました。個人資金からの一時支出として整理します。記録は残しますが、女性たちへの求償はしない形ですね」


 「そうです」


 「ただし、黒岩側が法外な請求をしてくる可能性があります」


 「だから上限を1200万円にします。それ以上は、弁護士を入れて争う」


 「承知しました」


 尚人は机の横に置いた別紙を見た。


 そこには、早乙女土地売買株式会社の資金明細が書いてあった。


 第一、横須賀中央裏通りの小口土地転売益 3200万円。

 第二、港南台周辺の古家付き土地整理益 4100万円。

 第三、品川区内の借地権調整による利益 2800万円。

 第四、五反田ビル取得後の敷金・保証金差額整理益 1600万円。

 第五、手元現金および預金 2億4800万円。


 合計運用可能資金 3億6500万円。


 会社には金がある。だが、その金は町田小山田、相原、大崎、みなとみらいへ向けて動かす金である。土地を買い、寝かせ、売るための血である。ここからローザたちの逃げ場を作る金まで抜けば、会社の目的が濁る。


 人を守る金と、土地を動かす金は分ける。


 尚人は、別の紙を引き寄せた。


 尚人個人

 横須賀遊興ビル取得計画


 物件取得費 1億6000万円から1億8500万円。

 登記、仲介、取得税などの諸費用 1200万円。

 1階喫茶兼軽食店の厨房と内装 1800万円。

 2階カラオケパブの防音、照明、音響、内装 2800万円。

 3階ライブラウンジの内装 1200万円。

 上階の事務所と仮眠室の整備 700万円。

 開業前の備品、食器、制服、冷蔵庫、調理器具、レジ、看板 900万円。

 当初3か月の人件費と仕入れ予備費 1800万円。


 合計は、最大で2億8900万円。


 自己資金は入れない。手付も、諸費用も、改装費も、開業資金も、すべて銀行融資で組む。必要なら、つなぎ融資や当座貸越の枠も銀行に作らせる。尚人はその全額に個人保証を入れる。


 尚人は受話器へ戻った。


 「杉浦さん。横須賀中央の商店街で、遊興ビルを1つ探してください」


 受話器の向こうで、杉浦のペンが止まった気配がした。


 「遊興ビルですか」


 「ええ。ただし、早乙女土地売買株式会社の資金では買いません。私個人の名義で買います。全額、銀行融資で進めます」


 「自己資金は入れないのですか」


 「入れません。町田小山田、相原、大崎、みなとみらいへ向けた現金は崩さない。横須賀の件は、私個人の保証で銀行から借ります」


 「購入費だけでなく、改装費や開業資金もですか」


 「全部です。購入費、諸費用、改装費、開業前の運転資金まで、全額を銀行融資にしてください」


 杉浦は少し黙った。


 「借入額は、最大で2億9000万円近くになります」


 「構いません」


 「担保は、購入する遊興ビルだけでは足りないかもしれません」


 「その場合は、私個人名義の賃貸物件を追加してください。秋谷の屋敷は、できれば外す。あれは住む家です」


 「分かりました。銀行には、尚人さん個人の賃貸収入と担保物件の一覧を出します。返済原資は、横須賀の店の収益と、個人名義の賃貸物件からの収入ですね」


 「そうです」


 「若い尚人さんへの全額融資となると、銀行は最初に警戒すると思います。ただ、不動産担保と毎月の賃貸収入が厚いので、話は作れます。1986年の空気なら、不動産担保には銀行も乗りやすいはずです」


 「では、そう進めてください」


 「運営はどうしますか。尚人さん個人で直接やりますか」


 「建物は私個人が持つ。店の運営は別会社にしてもいい。そこは杉浦さんに法人の形を見てもらいたい。ただし、銀行融資には私が個人保証を入れる」


 「承知しました。ただ、風営関係の手続き、食品衛生、雇用契約、在留資格の確認が絡みます」


 「そこをきれいにやる。私は黒岩と同じことをする気はない」


 杉浦の声が、少しだけ柔らかくなった。


 「分かりました。横須賀の物件は、私からも当たります。佑馬さんにも聞いた方が早いかもしれません」


 「佑馬には、物件探しだけ頼んでください。女たちのことはまだ言わない」


 「はい」


 「それから、女性の通訳は必要です。英語かタガログ語。男では駄目です。彼女たちは男を怖がっている」


 「知り合いを当たります」


 「弁護士もです。労務と外国人の扱いに明るい人。警察に出すかどうかはまだ決めません。先に、女たちを守る法的な立て方を見たい」


 「承知しました」


 「横須賀の1DKは、今日から使えるようにしてください」


 杉浦は、迷わず答えた。


 「手配します」


 電話を切ると、尚人は受話器をしばらく見ていた。


 横須賀へ逃がす。


 その言葉が、机の上でようやく形になった。


 品川では近すぎる。五反田の匂いが届く。横須賀なら、黒岩の手下がすぐに嗅ぎつけることはない。しかも、尚人は横須賀で店を持てる。遊興ビルを個人で買い、フィリピン料理の喫茶兼軽食店、フィリピン・カラオケパブ、小さなライブラウンジを入れる。女たちを黒岩から引きはがしたあと、ただ隠すのではなく、食わせる道を作る。


 守るとは、布団を敷くだけではない。


 明日の飯を用意することだった。


 ◇ ◇ ◇


 正午前、ローザがもう1度506号室の前へ来た。


 今度は1人ではなかった。さきほど7階で尚人を睨んでいた女が、少し離れて立っている。腕を組み、壁にもたれていた。まだ信用していない顔である。だが、逃げてはいない。


 ローザが言った。


 「彼女、聞きたいことある」


 「何だ」


 ローザは女の言葉を聞き、少し困った顔になった。


 「もしみんな出るなら、お金はどうするって。店のお金、借金。黒岩さん、払えって言う。家族に電話するって言う」


 尚人は扉の前に立ったまま答えた。


 「その金は、私がいったん立て替える」


 ローザは訳しかけて、途中で止まった。


 「ナオトさんが?」


 「そうです。黒岩の請求が正しいとは思っていません。むしろ、かなり怪しい。けれど、連れ出す日に借金を理由に騒がれると、あなたたちが危ない。だから、必要な分は私が払う。ただし、領収書を取る。名目を残す。不当な分はあとで争う」


 ローザは、ゆっくり訳した。


 ルースは表情を変えなかった。だが、腕に入っていた力が少し抜けた。


 「返すのか」


 ルースが日本語で聞いた。


 尚人は首を横に振った。


 「あなたたちには請求しない」


 ローザは今度こそ言葉に詰まった。


 「どうして」


 「黒岩から出るための金だからです。あなたたちを、私の借金に付け替えるためではありません」


 ローザは、その言葉をタガログ語にした。声がかすれていた。


 ルースは尚人を見た。疑いはまだ残っている。だが、その疑いの奥に、何か別の感情が揺れていた。信じたいが、信じれば裏切られるかもしれない。そういう顔だった。


 尚人は続けた。


 「ただし、すぐには動かない。まず横須賀に部屋を用意する。通訳を入れる。弁護士を入れる。店を作る準備を始める。黒岩に気づかれないように順番を組む」


 ローザは訳した。


 ルースは何も言わなかった。だが、腕組みを解いた。


 その小さな変化を、尚人は見落とさなかった。


 尚人はさらに言った。


 「逃がす先は、東京ではありません。横須賀です」


 ローザの目がわずかに大きくなった。


 「ヨコスカ?」


 「そうです。五反田から離す。黒岩の目が届きにくい場所です。狭い1DKですが、一時的なら全員入れる。布団も食べ物も用意する。長く押し込めるつもりはありません。次の場所を作るまでの避難場所です」


 ローザは、慎重に訳した。


 ルースは何か言った。


 「遠いのか、と聞いてる」


 「電車で行ける。だが、黒岩がすぐに探し当てるほど近くはない」


 ローザが訳すと、ルースは黙った。


 尚人は続けた。


 「それから、横須賀で店を作ることを考えています。1階はフィリピン料理も出せる喫茶店。2階はフィリピン・カラオケパブ。できれば3階は小さなライブラウンジです」


 ローザは、訳す前に尚人を見た。


 「お店、作る?」


 「はい。働きたい人だけ働けばいい。借金で縛らない。パスポートを預からない。給料は書面で出す。辞めたい人を脅さない。夜の仕事をしたくない人には、昼の店の仕事も用意する」


 ローザは、そこまで聞いてから訳した。


 途中で声が少し震えた。自分たちに仕事を与えるという話は聞いたことがあっただろう。だが、それはたいてい借金と監視と脅しの別名だった。尚人の話は違う。違うように聞こえるからこそ、簡単には信じられない。


 ルースは尚人を見た。疑いは残っている。だが、その下に別のものが生まれていた。驚きである。黒岩の店から逃がすだけでなく、昼の店まで作ると言われるとは思っていなかったのだろう。


 「本当か」


 ルースが、初めて日本語で言った。


 発音は硬かったが、意味は分かった。


 「本当です」


 尚人は答えた。


 そのとき、階下から車の音がした。


 黒いクラウン特有の、重いエンジン音だった。ビルの前で止まる。ドアが閉まる音が1度。続いて、男の声。低く、横柄な響きがあった。


 ローザの顔から血の気が引いた。


 「黒岩さん」


 ルースも壁から体を離した。さっきまで強かった目が、一瞬で警戒の目に戻る。


 尚人は声を落とした。


 「部屋へ戻れ。今は何もなかった顔をする」


 ローザは頷いたが、足が動かなかった。


 尚人は一歩近づき、しかし触れずに言った。


 「大丈夫だ。今日はまだ動かない」


 その言葉で、ローザはようやく頷いた。ルースとともに階段へ向かう。2人の足音は軽いが、急ぎすぎてはいない。急げば怪しまれると分かっているのだ。


 尚人は506号室へ戻り、机の上の書類を封筒へ入れた。鍵をかける。窓の外から、黒岩の声が少しだけ聞こえた。


 「昨夜、変な客はいなかったか」


 3階へ向かう足音が、階段を上がっていく。


 尚人は扉の内側で、息を殺した。


 黒岩はまだ、尚人の正体を知らない。ビルの持ち主が、すでに上階の部屋を見て、給与明細を持ち、横須賀に逃げ場を作り始めていることも知らない。女たちの借金を立て替える金も、横須賀の遊興ビルを買うための全額銀行融資の段取りも、すでに数字として机の上に並んでいる。


 それでいい。


 まだ刃は抜かない。


 尚人は机の引き出しに手を置いた。中には契約書と給与明細が入っている。紙は静かだった。だが、その静けさこそが、黒岩を追い詰める音のない足取りだった。


 横須賀の1DK。

 尚人個人の借金立替枠1200万円。

 尚人個人の普通預金、約11億円。

 早乙女土地売買株式会社の運用可能資金3億6500万円。

 ただし、会社資金は土地買付け用に温存。

 商店街の遊興ビル取得上限2億円。

 自己資金は入れない。

 購入費、諸費用、改装費、開業資金まで全額銀行融資。

 銀行からの個人保証付き融資、最大2億9000万円。

 返済原資は横須賀の店の収益と、尚人個人の賃貸収入。

 フィリピン料理の喫茶兼軽食店。

 フィリピン・カラオケパブ。

 小さなライブラウンジ。


 尚人の頭の中で、新しい線が引かれていく。


 黒岩の鎖を切るには、別の鎖をかけ替えるだけでは駄目だ。女たちが自分の足で立てる床を用意しなければならない。その床を、尚人は横須賀に作るつもりだった。会社の帳簿ではなく、自分の名前と信用で作る床である。

後編では、尚人がローザたちを横須賀へ逃がす方針を固める。黒岩の請求が正しいかどうかは後で争うとして、まず女たちの借金は尚人個人の金で立て替える。女たちを自分の帳面へ移すためではない。帳面そのものから出すためである。逃げ先は横須賀の1DK。さらに、尚人は横須賀商店街の遊興ビルを、自分個人の名義で買う方針を決める。自己資金は一切入れない。会社資金にも手をつけない。購入費、諸費用、改装費、開業資金まで、全額を尚人個人保証付きの銀行融資でまかなう。人を守る金と、会社の土地買付け資金を分けることで、尚人は黒岩とは違う道を作ろうとする。復讐は、相手を壊すだけでは終わらない。奪われた者が明日の飯を食べられる場所を作ってこそ、黒岩の支配は本当に切れる。

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