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空き部屋の声、1986年の女  作者: ひまえび
第六章――「灰の東京、母と復員兵」

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第3話(後編2)――「ホーチミンへ持って行く話」

葉山と三崎港の受け入れ先が決まった。ミン・ハとリエンは、尚人の持ち物件である葉山の低層テラスハウスへ入る。アン、フイ、ミーリン、タイン、マイは三崎港の店舗付き共同住宅を軸に受け入れ、南方果物の販売、加工準備、住まいを同じ流れで整える。直樹は、住まい、寝具、台所用品、衣類、家電、医療、日本語教材、娯楽用品、移動手段までそろえる条件を持って2026年のホーチミンへ向かう。ただし、直樹は尚人と順子の行き先を知らない。分かっているのは、2人が1986年側で消え、敵と時間移動の道具が関わっている可能性があるということだけである。

 (1986年6月15日日曜日午前6時、横須賀・秋谷の旧海運商別邸)


 秋谷の朝は、海から上がる湿気を含んでいた。


 母屋の廊下には、夜の冷えがまだ残っている。庭の黒松の枝先には細かな水滴がつき、池の水面には薄い光が落ちていた。台所では澄江が湯を沸かしている。湯気の奥から、味噌と米の匂いが流れてきた。


 直樹は洋間で鞄を開けた。


 中に入れたのは、ホーチミンへ持って行く資料である。


 葉山低層テラスハウス。


 三崎港店舗付き共同住宅。


 南方果物の輸入販売。


 食品加工会社の雇用条件。


 7人分の生活立ち上げ費。


 寝具、台所、洗濯、衣類。


 冷蔵庫、洗濯機、炊飯器、掃除機、テレビ、ラジカセ。


 医者、薬、緊急連絡先。


 日本語教材、辞書、ノート。


 新聞、雑誌、釣り道具、裁縫箱。


 移動用のバイク。


 ミン・ハとリエンの別任務。


 ベル・ローズ五反田。


 尚人と順子の行方。


 直樹は、最後の項目で手を止めた。


 行方、としか書けない。


 どこへ消えたのかは分からない。分かっているのは、尚人と順子が1986年側から消えたことだけである。時間移動の道具が関わっている可能性は高い。だが、行き先も、場所も、生死も断定できない。


 新三が入口へ来た。


「若旦那様、お車の用意ができております」


「ありがとう。今日は戻りが読めません」


「承知しております」


「杉浦さんから電話があれば、葉山と三崎港の使用住戸を急いで確認してもらってください。小沼さんには、権利関係と鍵の確認を頼みます。鍵の交換、家具、寝具、台所用品、家電の手配も急ぎます」


「そのようにお伝えいたします」


「それから、バイクは移動用です。先に生活用品をそろえます。順番を間違えないように伝えてください」


「承知しました」


 直樹は上着の内側へリモコンを入れた。


 この道具は時代を越える。だが、越えた先で人が動くかどうかは、道具では決まらない。住む場所、眠る布団、温かい食事、通じる電話、医者、仕事、休む時間。そこが見えなければ、人は知らない時代へ足を踏み出せない。


 玄関を出ると、海風が頬に当たった。


 秋谷の屋敷は静かだった。尚人と順子がいないだけで、家全体の重さが変わっている。直樹は振り返らず、車へ乗った。


 ◇ ◇ ◇


 (2026年1月、ホーチミン、早乙女ビル最上階)


 空気が変わった。


 直樹が次に立っていたのは、ホーチミンの早乙女ビル最上階だった。冷房の風が天井から落ち、ガラスの向こうには朝の街が広がっている。道路にはバイクの列が途切れず、短いクラクションがいくつも重なった。


 湿った熱気、排気ガス、濃いコーヒー、果物の甘い匂い。


 この町は、朝から動いている。人も荷も食事も連絡も、細い道を抜けて流れていく。


 直樹は管理室へ連絡し、ミン・ハを呼んでもらった。


 しばらくして、ミン・ハが来た。


 直樹の顔を見るなり、ミン・ハの表情が変わった。以前、尚人の用でこの最上階へ来た若い客である。尚人の孫であり、尚人がリモコンの仕様書と葉山の住所を渡した相手でもある。


「直樹さん」


 ミン・ハは小さく頭を下げた。白いブラウスに黒いパンツを合わせ、髪を後ろでまとめている。顔には疲れがあった。尚人と連絡が取れない日が続き、落ち着かない時間を過ごしていたのだろう。


「会長さんのことで、いらしたのですね」


「はい。大事な話があります。ただ、これはミン・ハさんだけに先に話すことではありません。リエンさんにも、同じ場で聞いていただきたい」


 ミン・ハの指先が、胸元で重なった。


「ナオトさんに、何かあったのですか」


「戻られていません。詳しい話は、リエンさんが来てからにします。同じ話を、同じ場で聞いていただきたいのです」


 ミン・ハはすぐにうなずいた。


「母を呼びます」


 返事に迷いはなかった。


 30分ほどで、リエンが来た。


 リエンも直樹の顔を覚えていた。以前、最上階の廊下で見た若い男である。尚人の孫だと分かっているので、驚きはない。だが、ミン・ハの顔色を見ただけで、ただの来客ではないことを察した。


「直樹さん。会長さんのことでしょう」


「はい。お二人に、同じ場で聞いていただきたい話があります」


 リエンはミン・ハの横に座った。


「話して」


 直樹は2人の顔を見た。ミン・ハは両手を膝の上で握り、リエンは娘の隣で背筋を伸ばしていた。


 直樹は、そこで一度息を整えた。


「まず、信じにくい話からします。尚人さんは以前、時間移動の道具を使い、2026年のこちら側から、1986年の横須賀へ移ったことがあります。私も、その道具のことを尚人さんから聞いています。ですから、私がいま『1986年側』と言うのは、昔の出来事を調べているという意味ではありません。尚人さんたちが実際に行き来していた、別の時間の日本のことです」


 ミン・ハは、すぐには返事をしなかった。言葉の意味を一つずつ追うように、直樹の顔を見ていた。リエンも娘の横で黙っていたが、目はそらさなかった。


 直樹は続けた。


「その1986年側で、尚人さんと順子さんが消えました。時間移動の道具が関わっている可能性があります。ただ、どの時代へ行ったのか、どの場所へ飛ばされたのか、こちらでは分かりません。生きていると信じたい。ですが、断定はできません」


 ミン・ハの唇が震えた。


「分からないのですか」


「はい。だから探します」


 リエンは、直樹の言葉を飲み込むように黙っていた。目だけがまっすぐ直樹へ向いている。


「危ないのですね」


「危ないと思います。敵がいます。1986年側で早乙女の顔を知っている者がいる可能性もあります。こちらの家族や関係者をそのまま使えば、敵に警戒されます」


 リエンが言った。


「つまり、会長さんがどこにいるか分からない。だから、1986年へ行って、手がかりを探す人が要る。そういうことだね」


「はい」


「私たちに、それをやれと言いに来たのね」


「お願いに来ました。命令ではありません」


 リエンは直樹を見たまま言った。


「恩はあるよ。でも、恩だけでは人は時代を越えられない。どこに住むの。何を食べるの。どう働くの。どう休むの。そこを話しなさい」


「そのために資料を持ってきました」


 直樹は、まず葉山の資料を出した。


「ミン・ハさんとリエンさんには、葉山の低層テラスハウスへ入ってもらいます。これは新しく探す家ではありません。尚人さんの持ち物件です。海に近い静かな2階建てで、駐車場もあります。秋谷にも横須賀にも出られます」


 ミン・ハが写真を見た。


「静かな場所ですね」


「はい。お二人の拠点にします。会社の表の社宅には入れません。お二人には、別の役目をお願いすることになります」


 リエンが、写真から顔を上げた。


「別の役目というのは、何をするの」


 直樹は、そこで初めて五反田の話を出した。


「1986年の東京に、五反田という町があります。そこに、ベル・ローズという店があります。表向きは、電話で男女の出会いをつなぐ店です。そこに、敵につながる線が残っているかもしれません」


 ミン・ハは、写真を持つ手を止めた。


「電話で、男女の出会いをつなぐ店ですか」


「はい。日本では、テレフォンクラブと呼ばれています。店そのものがすべて危ないというわけではありません。ただ、そこに出入りする人間や、電話の裏にいる人間の中に、こちらが探している者につながる手がかりがあるかもしれません」


 リエンは目を細めた。


「つまり、私たちに、その店へ近づけと言っているんだね」


「はい。ただし、無理はさせません。出入口、連絡方法、戻る場所、逃げる合図を先に決めます。危険だと判断したら、すぐ引きます。情報を取ることが目的で、我慢することが目的ではありません」


 ミン・ハの顔が硬くなった。


「どうして、私たちなのですか」


「1986年の敵は、あなた方の顔を知りません。早乙女側の人間を出せば、相手に警戒される危険があります。理恵さん、佑馬さん、達也さんたちは使えません。あなた方なら、敵に顔を知られていないまま近づける可能性があります」


 リエンは直樹を見た。


「その店に、会長さんの居場所が分かる手がかりがあるの」


「あるかもしれません。まだ確証はありません」


「確証がないのに、私たちを入れる」


「はい」


 直樹は正面から答えた。


「確証がないからこそ、探す人が必要です。行けば危険があります。けれど、何もしなければ、尚人さんと順子さんの行き先は分からないままです」


 リエンはしばらく黙った。


 冷房の音と、ガラスの外のバイクの音だけが続いた。


 次に直樹は、三崎港の資料を出した。


「アンさん、フイさん、ミーリンさん、タインさん、マイさんには、三崎港へ入ってもらいます。これも尚人さんの持ち物件です。1階が店舗、上が住まいの共同住宅です。港に近く、人と物が動く町です。1階は南方果物の販売や試作品の扱いに使えます。上階には住めます」


 リエンは写真を手に取り、しばらく見た。


「港だね」


「はい。葉山は静かで、お二人の拠点に向いています。三崎港は、仕事と暮らしを始める場所に向いています。店があり、声があり、食べ物の匂いがある。ホーチミンから来る人たちには、その方が落ち着くはずです」


 ミン・ハが写真を覗き込んだ。


「アンたちなら、三崎港の方が動きやすいと思います」


「そう考えています」


 リエンは顔を上げた。


「仕事は」


「表の仕事は、南方果物の輸入販売と食品加工です。マンゴー、パイナップル、バナナ、ライチ、ドライフルーツ、ジャム、ジュース。尚人さんが始めた果物加工の流れを、1986年側で表の仕事にします」


「役目は」


「アンさんは運搬と箱の管理。フイさんは床、水回り、出入口、置き忘れの確認。ミーリンさんは作業台、布、道具の清潔。タインさんとマイさんは洗い場、袋詰め、店の手伝いから始めてもらいます」


 リエンはうなずいた。


「その5人なら動ける」


「はい。まずは7人です。人数を広げすぎません」


 直樹は、生活用品の資料を出した。


「住まいには、最初から生活に必要なものを入れます。寝具、タオル、洗濯用品、台所用品、米、魚醤、茶、乾麺、調味料。冷蔵庫、洗濯機、炊飯器、掃除機、テレビ、ラジカセ。衣類、防寒着、雨具、靴、下着も用意します」


 ミン・ハが顔を上げた。


「そこまで用意するのですか」


「はい。知らない時代へ来て、家に帰っても眠れない、食べられない、洗えないでは困ります。葉山も三崎港も、入った日から暮らせるようにします」


 リエンは、ここで初めて少し表情を緩めた。


「それなら話せる。家があっても、鍋も布団もなければ暮らせないからね」


「医者、薬、緊急連絡先も用意します。日本語の教材、辞書、ノートも置きます。大人でも、買い物と病院の言葉が分からないと不安になります」


「休むものはあるの」


「テレビ、ラジカセ、新聞、雑誌、釣り道具、裁縫箱を置きます。三崎港なら、海に出て釣りもできます。休みの日に外へ出られるよう、敷物、弁当箱、水筒も用意します」


 ミン・ハは小さく息を吐いた。


「仕事だけではないのですね」


「仕事だけでは続きません。休める場所が必要です」


 リエンは資料を見ながら言った。


「移動は」


「バイクを用意します。必要だからです。葉山、三崎港、秋谷、横須賀、五反田を動くことになります。50ccを中心にし、必要な人には90ccを用意します。ヘルメット、雨具、防寒着、保険、整備も含めます。日本の交通ルールは、最初に練習します」


 リエンは頷いた。


「それでいい。足がないと、町を覚えられない」


 ミン・ハが聞いた。


「どれくらい、1986年にいることになりますか」


「分かりません。短くて数か月。長ければ1年を超えるかもしれません」


「戻れますか」


「戻る手段はあります。ただ、何度も自由に行き来できるわけではありません。行くなら、しばらく1986年で暮らす前提で考えてください」


 リエンは腕を組んだ。


「今日、5人を呼ぶ。話はここで決めない。本人にも聞く」


「お願いします」


「今夜、うちへ来なさい。アン、フイ、ミーリン、タイン、マイを集める」


「ありがとうございます」


「礼はまだ早いよ。返事を聞いてからだ」


 ミン・ハは葉山の写真を見ながら言った。


「ここに、私と母が住むのですね」


「はい」


「三崎港に、アン、フイ、ミーリン、タイン、マイが住む」


「はい」


「それなら、話せます。仕事だけの話なら、みんな怖がります。でも、家と台所と寝る場所があるなら、考えられます」


 直樹は頭を下げた。


「力を貸してください」


 リエンは言った。


「夜に来なさい。話はそこからだよ」


 ◇ ◇ ◇


 その夜、リエンの家には、必要な者だけが集まった。


 路地の入口にはバイクが並び、家の中からは魚醤と炒め油の匂いが流れていた。扇風機が回り、湿った風を部屋の隅へ押している。窓の外では、屋台の明かりが路面ににじんでいた。


 部屋にいたのは、リエン、ミン・ハ、アン、フイ、ミーリン、タイン、マイである。


 アンは肩幅があり、荷を運ぶ体つきだった。フイは部屋の隅や出入口の位置をすぐ見る。ミーリンは手元を整える癖があり、卓の上の湯飲みの向きまでそろえていた。タインとマイは若く、緊張しながらも目をそらさなかった。


 リエンが手を打った。


「みんな、聞きなさい」


 話し声が止まった。


 直樹は、集まった6人の前に立った。ミン・ハが横に立ち、必要なところを訳した。リエンは、ときどき言葉を足した。


 直樹は、同じことを丁寧に繰り返した。


 尚人と順子が行方不明であること。


 時間移動の道具が関わっている可能性があること。


 だが、行き先はまだ分からないこと。


 だから、1986年側で手がかりを探す必要があること。


 早乙女側の顔を出しすぎると危険なこと。


 ミン・ハとリエンは、葉山の低層テラスハウスへ住むこと。


 アン、フイ、ミーリン、タイン、マイは、三崎港の店舗付き共同住宅へ住むこと。


 1階店舗を南方果物の販売や試作品の扱いに使うこと。


 上階を住まいにすること。


 本格的な加工場は、商社買収後に整えること。


 寝具、台所用品、洗濯用品、衣類、家電、医者、薬、日本語教材、娯楽用品を用意すること。


 移動用のバイクも用意すること。


 給料を払い、生活の立ち上げ費も早乙女側で持つこと。


 無理に連れて行く話ではないこと。


 聞き終えたあと、最初に口を開いたのはアンだった。


「荷を運ぶなら、私がやります。三崎港の店も見ます」


 フイが続いた。


「建物を見たいです。水がたまる場所や、出入口の見え方を見ます」


 ミーリンは、少し考えてから言った。


「私は、台所と道具を見ます。掃除と片づけもできます」


 タインが手を上げた。


「日本語は教えてもらえますか」


「用意します。買い物、病院、交通の言葉から始めます」


 マイが聞いた。


「服や靴は、日本で買うのですか」


「はい。仕事着、部屋着、防寒着、雨具、靴を用意します。必要なものは、先にそろえます」


 タインとマイは顔を見合わせた。怖さはある。だが、行った先でどう暮らすのかが見え始めている。


 リエンは全員の顔を見て言った。


「会長さんには世話になった。でも、これは恩だけで決める話じゃない。行くなら、しばらく向こうで暮らす。怖いなら、今ここで言いなさい。恥ずかしいことじゃない」


 沈黙が落ちた。


 拒絶の沈黙ではない。考えるための沈黙だった。


 やがて、アンが言った。


「私は行きます」


 フイも言った。


「私も行きます」


 ミーリンは、リエンとミン・ハを見てから言った。


「私も行きます」


 タインとマイは、もう一度顔を見合わせた。


「私たちも行きます」


 リエンは2人を見た。


「返事だけ早くして、あとで泣くんじゃないよ」


 タインが真面目に答えた。


「寝る場所と食べる場所があるなら、大丈夫です」


 マイも続けた。


「台所があるなら、私は大丈夫です」


 部屋に小さな笑いが起きた。


 直樹は、その笑いを聞いて、ようやく少しだけ息を吐けた。


 金の話だけでは、人は動かない。物件の話だけでも足りない。葉山の家、三崎港の店舗、布団、台所、米、魚醤、医者、日本語の教材、休むための道具。そういうものが並んで、1986年の日本は少しだけ手で触れられる場所になった。


 リエンは直樹へ言った。


「行くのは、この7人でいいね」


「はい。ミン・ハさん、リエンさん、アンさん、フイさん、ミーリンさん、タインさん、マイさん。この7人です」


「なら、明日の昼までに、必要な衣類と持ち物をまとめる。大きな荷物は持たせない。向こうでそろうなら、その方がいい」


「はい。必要なものはこちらでそろえます。こちらから持って行くのは、本人がどうしても持ちたいものだけでいいです」


 ミン・ハが言った。


「家族の写真は持っていってもいいですか」


「もちろんです」


 その一言で、部屋の空気が少しやわらいだ。


 写真。


 それだけで、知らない時代へ行く話が、人の暮らしの話に戻った。


 夜が深くなり、直樹は席を立った。


 外へ出ると、ホーチミンの夜はまだ熱かった。屋台の灯りが道路ににじみ、バイクの列が途切れず流れている。焼いた肉の匂い、香草の匂い、湿った土の匂いが混ざっていた。


 直樹は、路地の入口に並ぶバイクを見た。


 この人たちは、道を知り、荷を運び、家へ戻る。その感覚を1986年の日本で奪ってはいけない。だが、足だけあっても暮らしにはならない。眠る場所、食べる場所、洗う場所、休む場所があって、初めて足は意味を持つ。


 尚人と順子がどこにいるのかは、まだ分からない。


 だが、探すための7人は決まった。


 葉山の低層テラスハウス。


 三崎港の店舗付き共同住宅。


 生活用品一式。


 南方果物の表の仕事。


 五反田へ入るミン・ハとリエン。


 三崎港で支えるアン、フイ、ミーリン、タイン、マイ。


 直樹は上着の内側に入れたリモコンの重みを感じた。


 道具はある。


 金もある。


 物件もある。


 だが、人が暮らせる形に整えて初めて、計画は動き出す。


 ホーチミンの夜道で、直樹はそのことをはっきり理解した。

後編2では、直樹が2026年のホーチミンへ行き、ミン・ハとリエンに協力を求める。ミン・ハとリエンは直樹と初対面ではなく、以前に尚人の最上階で会っており、直樹が尚人の孫であることも知っている。直樹は、尚人と順子の行き先を知らない。分かっているのは、2人が1986年側で消え、時間移動の道具が関わっている可能性があることだけである。呼ぶのは、ミン・ハ、リエン、アン、フイ、ミーリン、タイン、マイの7人である。ミン・ハとリエンは葉山の低層テラスハウスへ入り、五反田のベル・ローズに残るかもしれない手がかりを探る。アン、フイ、ミーリン、タイン、マイは三崎港の店舗付き共同住宅へ入り、南方果物の販売、加工準備、住まいの支えを担う。寝具、台所用品、洗濯用品、衣類、家電、医療、日本語教材、娯楽用品、移動手段までそろえ、知らない時代でも暮らしが始められる形を作る。

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