ビッグ・ブラザー 14
「お前はね。私達よりもうんと賢くなるんだよ」
黒田の母親は教育熱心だった。塾に通わせることは当然で、友達付き合いから進学についても口煩かった。一方、父親は家庭に関して無関心で、会社の業績にしか興味が無い男だった。
冷え切った家庭環境の中、黒田は期待に応える様にして勉学に励んでいた。知識を蓄えることは嫌いではなかったし、この檻から脱出する力になってくれることを信じていたからだ。
「凄いわ。〇〇大学に合格だなんて。貴方の通っていた大学よりも良い所よ」
「そうか。良かったな」
難関大学に合格したときも父親の賛辞は簡素な物だった。祝福にせよ、嫉妬にせよ。何かしらの反応を期待していたが無駄だった。
1人暮らしを始めた彼は、仕送りを倹約しながら勉学に励んだ。在学中に勉学に励み、いい会社に就職をして両親を超えたとき。初めて、自分は本当の自由になれるのだと思っていた。
「○○不動産の黒田です」
商社なども考えたが、力を得るということで思い浮かんだのが不動産だった。仕事を経て、力を得て、自分だけの城を築く。その時、自分は両親の呪縛から解き放たれ、明るい未来を目指して行けるのだと考えていた。
「高島さん。お願いします」
「いつも、どうも。黒田さんとは関係を続けて行きたいですねぇ。ジャ・アーク共のせいで色々と荒れていますからねぇ」
ある意味時期が良くて、悪かった。一昔前は不動産業界もクリーンなイメージを保つために暴力団や反社会的存在との関わりを絶っていたが、ジャ・アークにより国内は疲弊していた。
海外から参入して来た者達が、弱った皇からハイエナの様に土地を奪っていく中では、暴力と言う違法手段を行使できるヤクザ達の力を借りていた。
「(ジャ・アークのせいで空いたりしている土地も多い。もっとだ。もっと土地を転がして、力を付けて。再生を始めている皇に大きな貸しを作ってやる)」
順風満喫に行っていたかの様に見えたが、転落も早かった。
ヤクザと手を組んでいるのがリークされ、彼は会社を追われた。密告したのは同僚だった。表社会に戻ることが出来ないなら、裏世界に入る決意をしても。
「俺です。黒田です。高島の兄さんは」
「消えな。〇〇不動産の社員じゃなくなったお前に用はねぇんだよ」
協力関係を続けて来た者からでさえ見捨てられた。最後に頼ったのは、アレだけ嫌っていた実家であったが。
「私は犯罪者を育てる為に、今まで尽力してきたわけじゃないのよ!」
母親からも拒絶され、彼は天涯孤独の身となった。手持ちに残った金を使い、自暴自棄な毎日を過ごしていた所で、声を掛けられた。
「隣。失礼するぜ」
「アンタは?」
「俺は染井って言うんだ。高島から、お前のことを聞いたんだ」
「アイツが?」
「あぁ、便利な奴がいるってな。行くアテねぇんだろ? ウチに来い」
彼が一つ返事で付いて行ったのは、どうにでもなれと言う所も大きかった。
染井組は、ジャ・アークの被害を始めとして居場所を追われた者達が集まっていた。
「親父。なんで、こんな寄せ集めみたいになっているんですか?」
「俺も似た様な物だったからな。好き好んでヤクザになりたい奴なんてそうはいねぇ。でも、なるからには場所になれたら良いと思っている。俺らも世間やカタギに生かされているんだからな」
「家族ごっこってことですか」
「生、言ってんじゃねぇぞ!」
豊島に殴られた。だが、組長は静かに笑うだけだった。
家族と言う程暖かくも無いが、同じ様な境遇の者達が身近にいる。という事実は幾らか安堵を覚えた。……一番大きかったのは。
「期待に応えるとか。じゃなくて、ありのままで居ても良いんだな」
「急にどうした? 映画の影響か?」
アホ面を下げた中田位でさえ存在を許されているのだから、特に気張らずとも。だが、偶にやる気を見せれば良いということを教えて貰えたことだった。
存在理由を見つけ、自分の居場所を追い続けていた彼にとって。それがどれだけ心安らげることだったか。
~~
黒田は剣狼と共に行動をしていた。彼らの前に立って露払いをしているのは、フェルナンドの側近をしていた拳熊と言う怪人だった。
「どけ!!」
腕を振るう度に洗脳された者達の頭部を引き裂き、叩き潰し、道中を真っ赤に染めながら死体を積み上げては、血肉を貪っていた。
「拳熊。あまり殺すなと言われただろう」
「剣狼。コイツらと過ごして、人間に同情心でも湧いたのか?」
「違う。洗脳電波を解いたとき、コイツらはエスポワール戦隊に立ち向かう戦力になり得る。数を減らすな」
「出来たらな」
視線と声色には侮蔑が混じっていた。剣狼が身を乗り出そうとした所で、黒田に肩を掴まれた。
「やめろ。無駄に争うな」
「だが、俺達は自衛隊や派遣軍の奴らとも暫定的に手を組んでいる。止める義務があるはずだ」
「議論をする時間も惜しいんだ。最短で突っ切れるなら、それを使うべきだとは思う。……俺もお前の考えの方が道理だとは思っている」
納得した様子は無かったが、一刻を争う状況だったので無理にでも進むことにした。現れる敵を蹴散らして行けば、警戒されるのも自然なことで。洗脳された隊員だけではなく、カラードも混じるようになっていた。
「この外道どもめ! 俺達の仲間を! 皇の人達を手に掛けるとは! やはり、お前達は腐った悪党だ!」
「ガハハハ! 無理矢理洗脳した奴らを死地に誘い込んでか! 俺達が腐った悪党なら、お前達はゴミだ! クズだ!」
エスポワール戦隊基地での殲滅作戦に同行していた黒田からしても、拳熊と言う怪人は異様だった。人を殺傷することに悦びを感じている。倒した敵を口にすることを躊躇わない。口の端から血と唾液を垂らしながら戦う様子は正しく、人間に仇を為す怪人だった。
「ケン。怪人って言うのは、本来こういう物なのか?」
「個人によって違う。だが、刀虎と拳熊は特に血の気が多い」
刀虎は葬儀場での戦いで討ち取られたと聞いていたが、同じ様な物と考えても良いだろう。
上半身だけの隊員が助けを求める様にして、腕を伸ばしていたが力尽きた。一方、拳熊は巨大な掌でカラードを掴まえて、何度も床に叩き付けていた。
「オラッ! ヒーロー! 俺達を殺すんじゃなかったのか! 勇気と希望の力を見せてくれよ! えぇ?」
既に顔面は人間の形をしていなかったが、辛うじて意気はあった。散々、挑発する様な言動を吐いた後。大口を開いて、カラードの頭部を噛み砕いた。
このまま行くのなら目的地には容易に辿り着けるだろう。道中が文字通りの血路となるが、元より敵意を持って挑んで来た相手。振り返ることもない。そして、目的地の目の前。彼らは待ち受けていた。
「来い! グレート・キボーダー!」
名乗り向上を上げる様な真似はせず、彼らは即座にガジェットを起動させた。
上空から質量を持った物体が家屋や地面を破壊しながら降り注ぎ、余波で周囲の家も被害を受けた。それらは進路上にある物を蹴散らしながら集合して、合体ロボット『グレート・キボーダー』になった。
剣狼は黒田は近くの屋根に飛び移り、拳熊は巨体を相手に怯むことなく猛進していた。
「デカブツが。呼び出せば勝利が確定するとでも思ったか? こちとら、対策も考えているんだよ。やるぞ!」
「ほざけ! 貴様らの様な怪人は、希望の象徴に踏みつぶされて死ぬのがお似合いだ!」
爪先部分の装甲がスライドして出現した機関砲の掃射が、近隣のブロック塀や家を破壊しながらも拳熊を狙うが、体躯に反して身軽な動きで回避していた。
周囲は破砕された瓦礫の山と、食い散らかされた遺体が転がる酸鼻を極める物になっていた。




