ビッグ・ブラザー 13
「(頼みますよ。豊島さんのダメージは既に限界を超えている)」
地上で隠れながら、中田達のことを援護していたのは槍蜂だった。蜂は人間よりも遥かに優れた嗅覚を持っており、姿の見えない日野を探り当てていた。
一方で、豊島とブルーの戦闘光景も観察していたが、ブルーの方に分がある様に見えた。胸は爆ぜ、片翼も千切れ飛んでいると言うのに闘争心を衰えさせないのは流石と言った所だが、ダメージは誤魔化せない。
「お前達! この辺りを探せ! ジャ・アークの幹部の怪人が負傷した状態で潜伏している!」
「ワゥ!」
時間が経てば援護も駆けつけて来る。別のカラードが軍用犬の様な物を引っ張り出して来ていた。このままでは、見つかるのも時間の問題だろう。
「(クソっ。早く治さないと)」
ただ、重量物をぶつけられただけの負傷ではなく、まるで使用者の怨念が籠っている様に、治療しにくい傷痕になっていた。
~~
戦いと呼べる様な状況ではなくなっていた。ダメージにより精彩の欠いた豊島を、ブルーが一方的に嬲っていた。執拗に怪我をしている脇腹と胸部を殴り、膝を着けば側頭部を蹴りつける。
「アニキに何しやがんだ!!」
「ッチ」
屋根を飛び伝いながら接近して来た中田を面倒くさそうに一瞥しながら、彼はガジェットを投擲した。
空中で複雑な軌道を描きながら、目標を破砕すべき接近してくる殺意を前に、中田は先程奪い取ったガジェットに鱗を纏わせて、構えた。
「……まさか」
ライフル型のガジェットを、まるでバットの様に見立てていた。
ブルーは冷や汗を流していた。相手に当てる為の打球ほど読み易い物はない。試合で見て来た選手達と比べるのも烏滸がましい程、粗雑なフォームだったが、一つの確信があった。
「おりゃあああ!!」
二つのガジェットは火花を巻き散らしていた。目標物を破砕しようとする高速回転を前に、ライフル型のガジェットも軋みを上げる。
だが、中田も勢いに押し負けずに踏ん張った。鱗が全て剥げ落ち、銃身にも亀裂が入ったが、同時に回転も弱まった一瞬。
「いっけぇええええ!」
振りかぶった衝撃で、中田が手にしていたガジェットが折れた。同時に投擲ガジェットも遥か遠方に飛ばされた。文句なしのホームランだった。
ブルーに動揺が走ったのは、得物が奪われたことに対してだけではない。かつて、プロ野球選手だった頃の矜持が反応してしまった。時間にして僅か一瞬、だが戦場においては致命的な隙とも言えた。
「他所見してんじゃねぇ!!」
満身創痍で伏せていたハズの豊島が繰り出した鉤爪の一撃により背中を引き裂かれた。咄嗟に避けて、銃剣型のガジェットの引き金を引いた。発射された弾丸は豊島の頭部を貫くことなく、鱗によって防がれていた。
「往生しやがれ!!」
中田の拳が目の前まで接近していた。ブルーは回避することも無く、銃剣型ガジェットを突き出していた。胸板を貫いたが、筋肉の鎧に阻まれて臓腑を破るには至らない。
「クソが!!」
「この程度で止まるとでも思ってんのか!」
力任せに引き抜き、奪い取った武器の銃床部分でブルーの頭部を殴打した。蓄積していたダメージもあって、彼は床に伏せると動かなくなった。同時に、中田もまた膝を着いた。
「おい、中田。テメェは大丈夫なのか」
「アニキの方が重傷じゃないですか! 直ぐにでも、これを取り付けねぇと」
怪人の自然治癒能力も相まって、胸に付けられた傷も塞がり始めていた。アンテナに妨害用の電波を発する装置を取り付け、豊島の傷口に医療用のジェルを塗布していた。戦いは自分達の勝利で終わった。
だが、朦朧とする意識の中で豊島は見た。先程、中田が使い潰したライフル型のガジェットが気絶しているブルーへと引き寄せられていくのを。脳裏に過ったのは、葬儀場でレッドと対峙した時の悪夢の様な光景だった。
「ゴボッ」
「兄貴! 喋らないでくれ!」
吐き出そうとする言葉は血に変わった。鉛のように重い腕を上げて、ブルーを指差したときには遅かった。
「消滅尖弾」
腕がライフル型のガジェットに変貌していた。放たれた弾丸は、周囲の空気を引き裂きながら自分達を穿たんと突き進んでいた。
時が凝縮されたようにゆっくりと感じた。今までの一生が駆け巡る。その間も、中田は死へと向かう恐怖に晒され続けていた。
「(嫌だ! ここで死にたくねぇ! まだ、俺にはやるべきことが!)」
豊島は眼前の恐怖に染まった表情を見て考えた。組長が今まで生かしてくれた命。後ろ指を刺され続けた人生に意味があるとすれば、今。この瞬間を置いて他ならない。言葉を発する時間は無かったが、行動には移せた。
「(親っさんの分と一緒に。俺の墓参りにも来てくれや)」
最後の力を振り絞り、中田を蹴り飛ばした。それは態勢を崩す程度でしかなかったが弾丸の軌道から避けるには十分だった。
手を伸ばすが、届かない。凶弾は無慈悲に豊島の顔面を貫き、爆発した。羽毛が舞い、リングが転がった。
「次はお前だ!」
悲しみに浸る間もない。ここは戦場だ。銃口は依然として此方に向けられており、危機が去った訳ではない。近づいて殴るには、まだ距離が開いている。
兄貴分の命を賭した行動を無為にする訳には行かない。リングに手を伸ばしたのは、無意識の行為だった。自動的に彼の手首へと装着され、全体のシルエットが変貌していく。
「消滅尖弾!!」
大気を引き裂きながら肉薄する凶弾は、中田に命中することは無かった。彼が掴み取っていたからだ。
掌を開く。弾丸の回転により皮膚は千切り取られ、真っ赤に焼けていたが、瞬時に鱗が覆い尽くした。
「逆転は、ヒーローの専売特許ってか?」
全身を覆っていた灰色の鱗が翠色を帯びる。周囲に風が吹き荒び、伸びた髪が揺れる。頭頂部から2本の角が生え、口の周りには2本の長いひげを蓄えていた。
「違うな。勝利が俺達の専売特許だ!」
「やってみやがれ!!」
荒れ狂う風に乗る様にして、中田は宙を舞っていた。ブルーが放つ必殺の一撃も暴風に弄ばれ、あらぬ方向へと逸れて行く。
すれ違いざまにスーツを引き裂かれ、銃身を叩き折られる。戦う術が悉く潰されて行くが、一向に闘争心の折れる気配がない。
「もう、諦めろよ」
「諦める訳がないだろう。仕方ないと、諦め続けて全てを失った! 俺はもう諦めない! 残った命一つ! 最後まで燃やし尽くしてこそ!」
使い物にならなくなった銃腕を引き千切り、残った腕で拾い上げた。猿叫を上げながら、鈍器の様にして振りかざす。言葉で止めるのは不可能だった。
手段を奪えば、諦めると言うのは生温い考えだった。彼らはヒーロー。胸に希望と勇気があれば、何処までも立ち向かって来る存在だった。
「そうか。じゃあ、俺のスジ! 通させて貰うぜ!!」
自身も暴風の一部となって突撃する。武器を弾き飛ばす、諦めない。蹴りに切り替えて来た。避けて、顔面に拳を叩きつける、鼻骨と頬骨を砕く、気勢は削がれない。鼻血を巻き散らしながら、こちらの顔面を打ち据える。
半壊した強化外骨格は手元を保護しない。全身を覆う堅牢な鱗を砕くことは出来ず、代わりに拳が砕けた。骨が皮膚を突き破っても引き下がらない。腕、その物を振り被って叩き付けて来た。中から折れて、関節が増えた。
もはや、自分を痛めつけていると言っても過言ではない。そんなブルーに対して、中田は再び顔面に拳を叩きつけた。脳が揺さぶられて、崩れ落ちたが、這いずって来た。
「俺達は、お前達を、ゆるさな……」
「寝てろ」
追加の一撃を入れずとも、ブルーは崩れ落ちた。激闘を終えても、周囲のエスポワール戦隊が去った訳ではない。しかし、変身した中田を遠巻きに眺めているだけで、攻撃しては来なかった。懐が震えた。槍蜂に持たされていた通信機代わりの子機だった。
「中田さん。エスポワール戦隊の奴らが引いて行きます。周囲の洗脳されていた奴らも、正気を取り戻しているみたいです」
「そうか。上手く作動してくれたんだな」
「……あの。豊島さんは? 連絡が取れないんですけれど。まさか」
返事はしなかった。それが何を意味するか分かったのか、槍蜂も息を呑んでいた。しかし、感傷に浸る様子はなかった。
「ブルーにトドメを刺してから、他の援護に行きましょう」
「いや、生かしてあるなら使い道がある。コイツを避難所に持っていく。じゃないと、死んじまうからな」
「何言っているんですか!? ソイツは、豊島さんを殺したやつでしょう!?」
「うるせぇ! つべこべ言わずに使い道を探せ! お前も避難所に戻ってろ!」
一方的に通話を切った。一刻も早く治療を施さなければ、死んでしまう。彼を担ぎ上げ、屋根伝いに渡っていると膝を着いている日野が居た。
「あ……」
「強化外骨格の力がなけりゃ、屋根からも降りれないか?」
「……はい」
「素直なことは良い事だ。一緒に避難所まで来るか? 勿論、捕虜と言う扱いではあるが」
ベルトも武器も喪失した今。自分がこの戦場で生き残れるとは思っていなかった。力なく頷くと、中田に担がれて避難所まで連れて行かれた。




