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ビッグ・ブラザー 12

 豊島はヤクザと言う世界に失望していた。任侠や義理人情というのは全て嘘っぱちで、弱者を虐げて法を犯すバカの集まりでしかなかった。


「見ろよ。バラシの豊島だぜ」

「アイツに処理されたら、どんな死体も見つからねぇんだよ。気味が悪い野郎だ」


 この世界に憧れていた訳ではなかった。暴行事件を起こして中学校を中退した彼には、ここしか行きつく先が無かった。

 兄貴分や組長から理不尽な暴力を受けるのは日常茶飯事で、カタギを泣かして来たのも一度や二度ではない。自他共に認めるクズであり、最たる所業が遺体の処理だった。


「(難しいことはねぇ)」


 山に埋めるという方法を試したこともあったが、人を埋める程の深さは容易く掘れる物ではない。第一、野犬などに掘り返される可能性もある。

 淡水に沈めても浮いて来る。次点で良いのは、海に沈めることだ。海流のおかげで、投棄した自分でさえ場所が分からなくなる。問題は、そこまで持っていくことだった。では、身近で出来る方法はと言えば。


「(人間なんて死んじまえば、ただの肉だ)」


 鋸で解体して、ミキサーで粉砕して、鍋でドロドロになるまで煮る。ただし、これをシンクに流すと配管関係で見つかる恐れがある。なので、生ゴミに出す際に塩やみりん等の調味料を加えて、よく分からない残飯として処理する。

 これらの行為が不自然に取られない様に、彼は普段から大量の食材を買い込んで料理をしていた。


「噂によると。アイツの死体処理方法は食っちまっているらしいぜ」

「この間も大量に食材を買い込んでいたからな。とんでもねぇ、ハゲタカ野郎だ」


 ハゲタカ。何時しか、そんなあだ名が付いていたが何も思うことはなくなっていた。きっと、何時か自分にも相応しい最期が訪れるだろうと思っていた。

 案の定、組は報復された。組長を始めとした若衆は拷問の限りを受け殺されて行く中、豊島だけは保護されていた。


「なんで俺だけ?」

「お前の技能は役に立つからな。これからはウチで働いてくれ。まずは、そうだな。このゴミから頼むわ」


 助かってしまった。それからも何度も何度も遺体を処理し続けた。罪悪感も感情も枯れ果てていた。


「待て! ジャ・アーク! 皇の平和は! 俺達! エスポワール戦隊が守る!」

「何が戦隊だ。こんな悪人に対して何もしてねぇくせに」


 皇に現れたという悪の組織は、裏社会にもパイプを作ろうとしていた。豊島の所属していた組も交渉相手に入っていたが、彼らは怪人や悪の組織を見くびっていた。……何も知らない内に、所属していた組は壊滅していた。

 今更、カタギに戻れる訳もなく。関係者にとって不都合な事実を知っている彼もまた、命を狙われる対象だった。死ぬとしても、因果応報だと思っていた。


「おめぇが、ハゲタカか?」

「なんだ。俺を殺しに来たのか」

「いや。お前は、俺が成り上がる武器になる。どうせ、生きている理由もねぇんだろ? 付いて来い」


 男は自らを染井と名乗った。瞬く間に彼は力を延ばし、時には自分が知っている不都合な事実を交渉材料に使って、悪の組織に食い荒らされた裏社会を駆け上がって行った。


「お前。料理が趣味なんだってな?」

「趣味って程じゃありません。仕事柄、覚えておくと便利だったモンで」

「腕があるなら、それでいい。芳野の奴に教えてやってくれねぇか?」

「俺で良ければ」


 長年、親父として仰ぎ続けたが自分を拾った真意については尋ねなかった。

 単に人手不足だったのか。自分が這い上がるには都合の良い人間だったのか。それとも、憐れんでいたのか。

 だが、何時しか日常が惜しくなる程度には、愛着が湧いていた。恩師の死に涙をする位には、人間に戻っていた。


~~


「(クソッ。何処だ!)」


 自らの能力を活かして、高所から探索する手法は使えなかった。そんなことをすれば、射撃の餌食になることは分かっていた。

 地上は俄かに騒がしくなっており、短期で決めなければ槍蜂の身が危ない。ならばと、豊島は目標に向かって猛進した。


「させるか」


 風切音が聞こえた。放たれた投擲型のガジェットが、真っすぐに自分へと向かって来た。強化された反射神経を持って回避を試みようとして、途端にバランスを崩した。見れば、翼が撃ち抜かれていた。


「2人か!」


 残された羽を振るった勢いで直撃は避けたが、脇腹へと直撃した。重量物が命中するのとは訳が違い、まるで衝撃を通して内臓全てが殴られる様な衝撃を受けていた。


「嘗めんじゃねぇ!」


 嘴から血を吐き出しながら、激痛を凌駕するほどの意思を見せて肉薄した。

 使い物にならない翼を引き千切り、目の前で引き裂くと羽毛が舞った。一瞬、ブルーの視界を覆い尽くした隙を見て、鉤爪で喉を引き裂こうとするが。


「お前こそ、俺を嘗めるな。クズめ」


 突き出した鉤爪に怯みもせずに拳を突き出して来た。強化外骨格(スーツ)ごと皮膚が引き裂かれながらも、豊島の脇腹を打ち据えた。


「ぐぉ…」

「薄汚い悪人の分際で、俺達の大義を阻むな。この皇は生まれ変わるんだ。俺達以外の理不尽が駆逐される事でな!」

「そしたら、次はテメェらが悪党になる番だよ!」


 口から吐き出した血をスーツのマスク部分に吹きかけた。視界が覆われた一瞬の間に、顔面を引き裂こうと繰り出した一撃は爪痕を残した。

 顔中が血まみれになろうと闘争心は一切消えない。レッグホルスターに装着していたナイフ型のガジェットを取り出して、豊島の胸板に突き立てると同時にブレードがグリップからパージした。数瞬後、ブレードから低音のガスが噴き出し、周囲が凍結した後、膨圧して周辺を巻き込んで炸裂した。


「いいや、俺達はヒーローだ。永遠にな」

「く、クソッ」


 胸部の一部が消し飛んでいた。本来なら、死んでいるほどのダメージを受けているはずなのに立っている、動けている。欠損した個所が灰色の羽毛に覆われていた。

 日野は止めを刺すべく、動きの停まった豊島に狙いを定めようとして、蹴り上げられた。空中で受け身を取ると、眼下には魚型の怪人が居た。


「へぇ、ようやく見つけたぜ!」

「どうやって、僕を見つけた」

「気合と根性って奴かな?」

「ふざけやがって」


 ライフル型のガジェットに装着した銃剣を用いて、幾度となく中田に襲い掛かるが、彼は攻撃をいなすばかりで反撃をしてこなかった。


「なるほどな。クリアブルーのカラードがいるって、稚内から聞いていたけれど。お前が、あの時のガキなんだな?」

「そうだ。僕はエスポワール戦隊のヒーローなんだ! この世から、悪を駆逐して! 平和をもたらす為の! 分かったなら、ここで消えろ!」


 目の前に何枚にも重ねられた鱗が出現し、弾丸は弾かれるばかりだった。だが、一向に中田は反撃をしようとしなかった。


「そりゃ、誰の為の平和なんだ?」

「皆だ! いずれ、この皇に巣食う理不尽と不条理を廃して! 今は、痛みと恐怖で泣いているかもしれない! だが、未来では皆が笑えるはずだ!」

「嘘付け。だって、お前。そんな泣きそうな顔しているじゃねぇか」


 ブラフかと思ったが、確かに頬に涙が伝わっていた。強化外骨格(スーツ)で感情が抑制されている上ではあり得ない反応だった。


「僕を動揺させようたって、そうは行かないぞ!」

「じゃあ、俺がここで止めてやるよ!」


 数か月前。剣狼が事務所に連れて来た頃と違って、日野は一人前の戦士となっていた。中田の気勢に怖気付くことも無く、体躯にも恵まれないと言うのに互角以上に渡り合っていた。

 銃剣の刺突は強烈で、中田の体表を覆う鱗も易々と貫かれていた。だが、彼と日野には一つだけ違う物があった。


「くっ。ぐっ……」

「どうした。攻撃されるのは嫌か!」


 体の如何なる場所が穿たれようと、中田は怯まない。カウンターの攻撃を食らっても痛みは無いが、まるで死を恐れない様子に日野の心中は搔き乱されていた。


「うるさい! お前なんか、怖くないぞ! 僕は! ヒーローなんだぞ!」


 攻撃が大振りになったのは挑発に乗ったからだけではない。幾ら攻撃しても、傷を負わせても怯まない中田に恐怖を覚えたこと。そして、彼の中に残っていた物が勝負を急かしていた故だった。

 ライフル型のガジェットが弾き飛ばされ、組み伏せられ、ベルトを剥がされた。強化外骨格(スーツ)が解除されると、何処にでも居そうな少年がいた。


「あの時よりは立派になったけれど、ただのガキだ」

「僕を、殺すのか」


 覚悟はしていた。なんていうのは、強化外骨格(スーツ)ありきの発言だ。体が心から冷えて行き、歯の根が嚙み合わないほどの恐怖に襲われていた。


「殺さねぇよ。俺を殺そうって思ってない奴を殺すつもりはねぇんだ」

「僕はお前を殺そうとしていたんだぞ」

「……もしもよ。お前が、豊島の兄貴と戦っている奴みたいによ。覚悟をキメていたんなら、俺だって殺されていたさ。だけどよ、俺が稚内の知り合いだから。どうにかして殺さねぇようにしていたんじゃねぇのか?」


 もしも、本当に自分が覚悟をキメていたなら対話なんて真似もしていなかった。話に乗った時点で、彼を意識していたことは否定できない。


「僕が半端物だって言いたいのか」

「使命の為に簡単に人を殺す位なら、迷う位の半端者の方が良い。……どうしても、ヒーローやらなきゃダメか?」


 強化外骨格(スーツ)が無い今、日野の思考は幾らか冷静になっていた。

 本当は分かっている。避難所にいる人達が恐れているのは怪人達ではなく、自分達であること。悪人と断定した者達にも、友人が心を許す程の人間がいることも。だけど、立ち止まれない理由もあった。


「僕が。世界を救う程のヒーローにならなきゃ! 何の為に、母さん達は死んだんだ!! 殺されなきゃならなかったんだ!? 理不尽から救いを求めただけなのに! どうして、こんな目に遭わなきゃいけなかったんだ!?」


 全ての始まりは、何処にでもあるイジメからだった。理不尽に晒され、日々を呪い、降って湧いた救世主は悪人に苛烈な制裁を施した。

 だが、ことはそれで終わらない。自分にとっては悪人でしかなかった人間も、誰かにとっては大切な存在だった。痛みを負った人間は復讐に走り、復讐は復讐を呼ぶ。だとすれば、いったい理不尽は何処で止むと言うのか。


「……殺す以外の方法があった。なんて、部外者である俺には言えねぇよ。お前がどれだけ苦しんでいたかなんて知らねぇんだからな」

「答えは。答えは無いのかよ!?」

「ある訳ねぇだろ。でも、俺はこれが正しいとは思ねぇ。だから、止めに行くんだ」


 中田は落ちていたライフル型のガジェットを拾い上げて、豊島達の方へと向かって行く。残された日野は、暫く蹲っていた。


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