ビッグ・ブラザー 11
悪の組織が倒されても、貧困が解消される訳でもない。
太田の家庭はシングルマザーであったが、彼は己の境遇を嘆いたことは無かった。流行のゲーム機が無くても、塾に行けなかったとしても不自由をしたことは無かった。顔も知らない父親は、養育費も何も入れなかったが自分に頑強な肉体を残してはくれていたのだから。
類稀な運動神経を持っていた彼は、直ぐに頭角を現し始めた。高校球児として華々しい結果を残した彼は、当然の様にプロ入りを果たした。
「プロの世界は、やはり。厳しい場所で……」
直ぐに活躍が出来た訳ではなかった。プロの世界では辛酸を舐めさせられることも多かったが、むしろ挑戦するべき課題の多さに奮起したほどだった。この頃が、彼の人生で最も充実していたと言っても良い時期だった。
だが、転落の時期は訪れた。もしも、成果が振るわずに凋落したのであれば、彼も納得はして次の道を見つけていただろう。
「え? 野球賭博?」
チームメイトの数人が野球賭博をしていたことが発覚し、無関係であった太田にも疑惑の念が向けられた。自らの身の潔白を証明する為と言うのなら、まだ我慢は出来た。
「息子さんのことについてですが、お話を聞かせて貰えないでしょうか?」
「ウチの子に限って、一切その様なことはありません」
残された母は気丈な人間だった。弱った体で毅然と言い返す姿を息子ながらも誇らしく思えた。だと言うのに。
「息子さんについて。何か」
「アイツはガキの頃からロクでもない人間でした。何を考えているか分からない不気味な奴で……」
初めて顔を知った父は熊の様な体躯をしながらも、貧しい心をした男だった。
平和とは何も良いことばかりではなかった。刺激を求めた大衆、輝かしい舞台で活躍する選手に妬み嫉みを向ける者達は、存在するはずの無い罪を血眼で探し、あること無いことを風潮した。
そして、彼らの嫉妬を嘲笑う様にして太田は活躍を続けた。もしも、これが物語であれば、自分に掛かった疑念を実力1つで黙らせた爽快な話として終わっていただろう。だが、この話には続きがあった。
「太田! 病院から電話が!」
母が刺された。病院での治療も空しく、彼女は無くなった。
犯人は父親だった。拘置所で、出会ったとき。初めて親子として会話をした。
「俺は悪くない。周りの奴らは、皆。俺のことを悪者にしやがるが、あんな風に話せって言ったのはマスコミの奴らが台本を渡して来たからだ。お前らもそうだ。自分達だけで幸せになりやがって」
聞くに堪えない醜悪な物だった。世間では心配をしたり、励ましたりしてくれる声も多々あった。だが、善意よりも悪意の方がはるかに強かった。
マスコミは飛びついた。動画配信者やネットのまとめサイトも飛びついた。有名人の不幸は話題になり、好奇心とゲスの勘繰りにより、彼の心がどす黒く染まることも無理はないことだった。
「太田。世間の声なんて無視しろよ。俺達は、お前と野球をしたいんだ」
「監督。そう言って貰えて、本当に嬉しいです。でも、有名税だとかなんとか言って、俺や母さんの不幸を食い物にする連中がいるのが許せないんです」
彼はユニフォームを脱いだ。程なくして、皇を騒がせている男と出会った。
「太田投手。俺を尋ねに来た用件は分かるぞ。もう、マウンドに立つつもりはないんだな?」
「はい。俺は、人の不幸を食い物にする連中を皆殺しにするって決めたんだ」
仲間の絆も。幼少の頃から培って来た才能と足跡も彼を引き留めるには至らなかった。彼の心は怒りに満たされていた。
~~
「来たか」
議事堂付近の護衛を任されていた太田は、全身に青色の強化外骨格を纏っていた。手元の専用連絡端末には、敵対者達が電波の発生個所に向かって動いているという情報が入っていた。
「ジャ・アークの怪人達も確認されていますね。あのタイプは、話に聞いていた槍蜂と言う奴だと思います。それと……」
僅かに日野の表情が揺らいだ。スコープを覗いた先には、見知った顔が居たからだ。彼の変化を感じ取ったブルーが短く呟く。
「誰が来ても関係ない」
「そう。ですね」
唇を真一文字に結んだ。例え、自分のことを気に掛けてくれる先輩の恩師だとしても手心を加える理由にはならない。自分はヒーローなのだと、日野は自らに言い聞かせていた。
「こっちです」
槍蜂は自らの分身を出して、洗脳された者達の哨戒ルートを避けつつ。目的地へと向かっていた。その便利さに中田は驚嘆していた。
「お前の能力って便利だな」
「静かに。結構、集中力と体力を使うんで」
「ちったぁ、静かにしてろ」
豊島に促され、中田は口を閉じた。自分達3人だけで工作に行く心細さから、言葉数が多くなってしまっていた。
「隠れて下さい。10秒後にアイツらが通りますから」
槍蜂が宣言した通り。10秒後に洗脳されている兵士達が周辺を探索していた。迂回しながら、少しずつ目的地へと近づいて行く中で、豊島は尋ねた。
「装置さえ設置すれば交戦する必要はねぇんだよな?」
「いえ、設置した後も防衛しなきゃいけません。ただ、作動に成功させれば派遣軍や自衛隊員の人達が、そのまま味方になってくれると思います」
「だとすれば、一刻も早く設置しねぇと」
迂回しながら、目的地へと向かう。静かにしていろと言われたので、中田も自重していたが、おい。と肩を叩かれた。
「なんすか。兄貴?」
「お前、この戦いが終わったら何がしたい?」
余りにも突拍子の無いことを聞かれて驚いたが、少し考えた。もしも、この戦いが終わったとしたら、自分はまた稼業に戻るのだろうか?
だが、これだけの目に遭ったと言うのに続けて行けるのだろう。第2、第3のエスポワール戦隊が出ないとは限らないし、今後も平穏無事とは無関係な人生を歩んでいくことを考えると。
「そうっすね。変な話ですけれど、親っさんのことでケジメを付けさせたら。もういっぺん、ハト教での生活をしてみたい。なんて思ったりはしますね」
「杯返すつもりだってのか」
極道にとって組を抜けることは大きな意味を持つ。指を詰めたり、大金を収めるのが条件とされている常識がある中、中田は自らの湿原に気付いた。
「あ、いや。今のは緊張状態過ぎての失言っていうか。聞かなかったことに…」
「俺もだよ」
一瞬、意味が分からず口を開いたままにした。自分よりも古参で、誰よりも染井組長を慕い、組の為に動いていた若頭が?
「マジですか?」
「正確に言うなら、止めざるを得なくなってくると思っている。これだけ弱体化したなら、もう続けて行くのは不可能だ。その前に、どうにかしてカタギに戻れる生き方を探して……親父の墓参りに行きてぇ」
もしも、エスポワール戦隊を倒したとしても。これだけボロボロにされた後に復興が出来るかどうかは疑問だった。
自分達のバックにはフェルナンドと言う巨大な男が付いているが、あくまで敵討ちの為に手を組んでいるだけで、今後も従っていくつもりはなかった。
「そん時は、一緒に行きましょうよ。俺、荷物でも何でも持ちますよ」
「じゃあ、俺がまた足代わりに車を出しますよ」
槍蜂も会話に加わり、気が緩んだ一瞬。直ぐに彼は表情を改め、叫んだ。
「飛べ!」
3人が飛び退いた刹那。周囲の壁を破砕しながら、跳ね回る投擲物が槍蜂の脚へと直撃した。ただ、重量物が命中しただけではなく、皮膚を引き裂き、骨を砕かんばかりに周囲を巻き込むような回転を発していた。
「槍蜂!!」
「投擲方向に居た奴が姿を消しました! この攻撃方法は、剣狼が以前に受けた物と同じ。恐らく、相手に『ブルー』がいると思われます!」
「そいつを突破して、設置しなきゃいけねぇんだろ? 仕方がねぇ!」
豊島は鷹型の怪人に変身して、敵を発見する為に低空飛行を開始した。足を砕かれた槍蜂は、負傷部分に蜂を纏わせて足代わりにしていた。
「動くのもやっとなんで。すいません、この蜂を連れて行って下さい」
「コイツは?」
「ここら辺じゃ無線機もマトモに使えないので、連絡用のです。俺は隠れながら、回復させながら指示を出します」
足に纏わせた蜂が皮膚と同化していく様はグロテスクな物であったが、中田は気にせずに投擲された方を見据えていた。
「ヘッ。テメェらの思い通りにはさせねぇぞ! 見てろよ! ヒーロー!」
戦いの気配を感じたのか、洗脳されていた兵士達も集まって来た。中田も魚型の怪人に変身して、屋根へと飛び移って駆け出した。




