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ビッグ・ブラザー 15


 シアンと呼ばれた男は、かつて自衛隊に所属していた。入隊当初は正義感も強く、皇を守ると意気込んでいた時は同僚に笑われたりもしていた。


「良いか。一番良い状態ってのはな。俺達が出動する必要が無いことなんだ」


 現状は平和憲法もあり、皇が侵略されたり戦争に巻き込まれたりはしない。という世論が根付いている中で活動は、災害救助が主だった。

 だが、転機が訪れた。まるで、ドラマや映画の世界の様に。『ジャ・アーク』と言う悪の組織が皇を征服する為に活動を始めた。


「どうせ、どっかの動画投稿者のネタか。もしくはドラマとかの番宣だって」


 最初の内は同僚達も笑っていた。だが、悪の組織は本当に悪の組織だった。

 解決とカタルシスありきの予定調和は無かった。反社会的団体との結託や市民達に武器などを流通させ、諸外国の工作員に加わり分断工作を仕掛けると言う裏方の動きをしたかと思えば、時には怪人達が現れて人々を殺傷した。

 立ち上がるべきだと。自分達の存在意義が果たされるべきが来たのだと考えた。これまた当然であるが、作戦や攻撃は複数個所に実行してこそ効果がある。エスポワール戦隊が対処に当たっている場所以外は、自衛隊や警察の特殊部隊などが対抗していたが。


「ギャハハハ!! エスポワール戦隊が出なかったか! 俺達は当りか!」


 怪人達の力は脅威だった。常人離れした運動神経。ボディアーマーを容易く破壊する攻撃力。銃弾でも倒せない堅牢さ。少なくはない同僚達が職務に殉じて行った。

エスポワール戦隊が対処に当たった地域以外では悲惨な光景が繰り広げられる現実に対し、上官も含めて抗議をしていた。


「お願いです! ベルトを! 我々にエスポワール戦隊と同じだけの力を!」

「出来ないんです。アレは、簡単に生産できる物ではなく……」


 技術的な問題から出来ない。という、科学者達の言葉が本当かどうかは分からなかった。ただ、この頃から戦隊の戦闘能力を恐れた諸外国は救助も出さない代わりに、口煩く勧告を飛ばしていた。

 また、世論も一向に鎮圧できない現状に苛立ち、頻りに批判を飛ばしていた。怪人を撃退するだけの力を持たない自衛隊や警察に対しては、ゴシップ記事やニュースサイトも煽り立てる様な記事を書いていた。


「『怪人被害甚大。自衛隊の在り方を見直すべき時が来ている……』か」

「気にするな。俺達より一般人の方が不安なはずだ。抵抗も出来ずに、逃げられるかどうかも分からない脅威に襲われているんだからな」

「エスポワール戦隊ばかりが称賛を浴びている陰で、俺達が命を賭していると言うのに……」

「希望が欲しいんだよ。理不尽に晒されても立ち向かうだけの希望が。俺達だってエスポワール戦隊がいるお陰で、連中に対抗できているんだから。この戦いが終わるまで、お互いに生き残ろうぜ」


 『ジャ・アーク』を倒し、平和が戻って来たと思った。だが、彼が想像していたよりも国民は遥かに衆愚であった。


「コメンテーターの増木さん。どう思いますか?」

「今の皇はね。傷ついているんですよ。平和になったんですから、軍の維持費を復興や民間に歓迎することこそが今は求められているんですよ」


 平和になった途端、掌を返した様にメディアは一斉に戦隊や自衛隊への批判を始めた。また、人々も皇を立て直そうとする者ばかりではなかった。

 政府や国の屋台骨が揺れていることを良いことに私腹を肥やそうとする者達も居た。その一つが、自衛隊の基地を移転させようとする民間団体であった。


「この街は! 自衛隊の基地があるということで、ジャ・アークに度々襲撃されました! 今後、この様な悲劇を繰り返さない為にも! この街に基地は要りません!! 皆さんで一緒に平和を目指しましょう!」


 通りかかる地元民達は怪訝な目で活動を眺めていた。この基地で活動している者達にも分かった。抗議をしている人間達は地元の人間ではない。

 後に分かる事であるが、彼らはシュー・アクが抱え込んだ人間達であり、自分達が復活した時に、活動しやすくする為に行わせていた運動であった。


「こんな物の為に?」


 自らの信念が揺らいだ。自分達を苦しめていた怪人達の甘言に乗り、国を守っていた勇士達に感謝をする所か、罵詈雑言を飛ばす始末。

 自分達が守りたいと思ったのは、健やかで、優しく、誰かを思い遣る優しさを持った人々であったはずだ。その折、復活したジャ・アークの幹部が殺害されたというニュースが流れた。


「おい、アレって」


 映し出されていたのはレッドだった。警察に刃を向けることも厭わず、守って来た皇の人々を倒す事にも躊躇が無い。排除すべき犯罪者。平和を乱す仇敵であるはずなのに、一つの考えが過った。


「(だが、もしも。このままシュー・アクが平和的に侵略を進めていたら?)」


 直接的な暴力を使わない侵略程恐ろしい物はない。何故なら、排除する為の大義名分が用意できず、人権や憲法の侵害にも繋がるからだ。

 今では、守るべき平和によって苦しめられている自分にとって、全てを踏み倒して正義を執行するレッドの姿は禍々しくも輝いて見えた。


「バカなことを考えるなよ?」

「分かっている。当然だ」


 辛うじて、彼を踏み留めていたのは死線を共に潜り抜けて来た親友が居たからだ。逆に言えば、彼を押し留めていたのは信念でも皇の人々を思う心でも無くなっていた。

 運命の日は訪れる。その日の抗議活動は傍目から見ても異様だった。参加者達は声を荒げ、既に言葉にならない獣じみた物になっていた。有り余る熱意が、人々を凶行に駆り立てるのは必然と言えた。


「やめろ!」


 殺到した者達は正気ではなかった。手にしていた物を叩きつけていた。平和主義者が暴力を振るう笑えない光景が繰り広げられていた。

 気付けば、彼は隠し持っていた拳銃を抜いていた。目の前にいる暴徒達は守るべき市民ではない。自分達を傷付ける『人かどうかも怪しい』者達だと。


「うぉおおお!!」


 引き金を引く。先頭に立っていた老齢の男性の胸に当たって倒れた。他の者達も呆然とするが、彼は止まらない。2発、3発と引き金を引く。

 眉間に命中した。心臓に命中した。反撃してこないとタカを括っていた者達は悲鳴を上げて逃げ惑う。途中で転倒した者達が騒ぎに巻き込まれて圧死していく。彼らが去った後には怪我に呻く者達と死体が転がっていた。


「お前。なんて、バカなことを……」


 辛うじて息をしていた親友が諫め様としていた、既に彼は止まることが出来ずにいた。その場で失踪した彼が、エスポワール戦隊に辿り着くのは必然とも言えた。


「ほぅ、本職の軍人か。有難い。仲間の成長を手伝ってくれると嬉しい」

「アンタは。この皇をどうしたいんだ?」

「皇だけじゃない。俺は世界から悪を無くしたいんだ。理不尽を振りかざし、誰かを泣かそうとする連中を、俺は許さない」


 具体性も何もないプランだったが、だからこそ。と期待した。

 夢想家だからこそ、現実の常識や善意などに囚われずに済むと。だから、彼は笑って答えた。


「そうだ。俺達は奴らを許さない」


 皆を守りたいのではない。自分にとって視界に入れても都合が悪くはなく、不快にならない者達だけを選んで守りたい。全てを助けようとするなんて真っ平ごめんだった。

 大坊に自覚した様子は無かったが、シアンにとっては都合が良かった。この世には無垢で無辜な、平和とヒーローを賛美する人間だけが居ればいい。自由はロクでも無い物を許してしまうのだから。


「頼んだぞ。シアン」

「任せて下さい。理想の世界の為に」


 かつて、胸に抱いていた正義感の矛先は怪人や犯罪者。侵略者などではなく、皇に住まう邪魔な人間達に向けられていた。

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