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ビッグ・ブラザー 8


 姉は憧れの人物だった。先祖代々受け継いだ道場で師範として、沢山の人達に流派を教えている姿は今でも記憶に残っている。

 自分もいつか肩を並べるのだと。厳しい訓練を付けて貰った。何度も辞めるって泣きだした時も、優しく慰めてくれて。コンビニで甘いお菓子を買って貰った記憶がある。この幸せはずっと続く物だと思っていたけれど、現実は残酷で。


「お父さんは借金の連帯保証人になっていてね。相続はするかい?」

「……いえ、一切しません」


 突然やって来た人達は家も同情も全部取って行った。代わりに移り住んだ先でも学校は通えたけれど、生活は窮屈になった。お姉ちゃんは大学に行かずに働き始めた。


「大学。行かないの?」

「うん。早めに働いてみたかったしね」


 嘘だ。本当は生活費を稼いで、私に学校を通わせる為だって言うのを知っている。アレだけ握っていた薙刀も握らなくなって、姉は綺麗になった。でも、溜息を吐いたりすることが増えた。

 私も早く働いて、楽をさせて上げないと。勉強も運動も頑張った。おかげで有名な大学から推薦も来た。その事を話すと、姉は喜んでくれた。


「絶対に行きなよ」

「うん」


 推薦ということもあって学費もある程度は免除してくれた。後は、私が頑張って良い企業に入るかスポンサーに付いて貰えれば、ようやく姉を救えると。やっと助けて上げられると思って、友達から貰ったお菓子で細やかなサプライズパーティを開こうと思っていた。

 姉が返ってくる時間は何時も遅い。でも、一緒に晩御飯を食べる時間だけは大切にしていた。ドアが開いた、ただいま。と声を掛けようとして、異常に気付いた。お腹から血を流していた。


「どうしたの!?」

「窓から逃げて!」


 事態が呑み込めずに呆然としていると、知らない中年の男性が入って来た。手には血濡れた包丁が握られていた。言葉にもならない獣みたいな鳴き声を上げていた。怖くて、へたり込んでしまった私に姉が覆い被さった。

 何度も何度も衝撃が走る。姉も私も殺される。目を瞑ったが、やがて衝撃が来なくなった。恐る恐る、覗き込んでみると。全身真っ黒なラバースーツを着た男性が男の首根っこを掴み上げて……へし折った。


「大丈夫?」

「私より! 姉さんが!」


 背中には幾つもの刺し傷があった。助からない、どうしようも出来ない。絶望に包まれるそうになる中、駆け寄って来た少女がチューブの様な物を取り出して、傷口に塗り始めた。


「今、医療用のジェルを塗っている。助かるかどうかは分からないけれど」

「え!? 助かるんですか!?」

「助けてみせる。俺は、君達の様な理不尽に晒されている子達を救う為にやって来た、ヒーローなんだから」


 ドラマや映画だけの存在だと思っていた。間もなくして救急車に運ばれて行く姉を見ながら、私は声を上げた。


「あの! ありがとうございます! 名前を。名前を聞かせて下さい!」

「エスポワールレッド。皇に蔓延る理不尽を打ち払う者の名前だ。もしも、良ければ、俺達の仲間になって欲しい」

「私で良ければ!」


 結局、姉は完全に助かった訳ではなく、植物状態になっていた。

 事件の経緯を聞いた所、彼女は私を高校に通わせるために無理をしていた様で、でも、同僚からの評判も良かったとか。あの日、偶々頭のおかしな客に当たってしまったが故に起きた悲劇。

 そもそも、道場を手放すことが無ければこんなことも起きなかったんじゃないか? 今も、皇には理不尽で苦しんでいる人達がいる。でも、誰もが『可哀想』と言うだけで何もしない。警察や司法も見て見ぬふりする中、ヒーローは動いてくれた。誰もが無関心に切って捨てる中、彼は最後まで私達の為に動いてくれた。付いて行く理由は十分すぎた。


~~


「先程までのお前とリーダーの会話は聞こえていたぞ! 馬鹿なことを言ってくれたな!!」

「貴女達が縛り付けるから! 何時まで経っても、リーダーは自由になれないのよ! 彼は無敵のヒーローじゃない! 大坊乱太郎って人間なのよ!」


 薙刀とピンクウィップのぶつかり合いの余波は、後続に控えていたステルス部隊の接近を許さぬものとなっていた。


「その人間が! 仕方ないと、無理だと、出来ないと。諦めることをせずに、現実に立ち向かってくれたから! 私達は救われたのよ!」

「!?」


 シャモアの鬼気迫る一撃にピンクウィップが弾かれ、一瞬で組み伏せられた。強化外骨格(スーツ)の出力の違いからか、振り解くことが出来なかった。


「そんな存在を。ヒーローと言わずして、何という?」

「じゃあ、貴方達はリーダーを助けてくれているの?」

「勿論よ。私達は彼と一緒に、この皇の理不尽に立ち向かっている。私達みたいな存在を増やさない為にも。連れていけ!」

「はっ!」


 囲まれては逃げ出す術もなく、彼女は何処かへと連れられて行く。

 向かった先は議事堂内の一室だった。周囲にはセンサーや門番が立っていることもあり、ここが監禁用の部屋だと察しが付いた。


「お前のベルトを引き剥がすには、それなりの設備が必要だ。だから、剥ぎ取る様な真似はしない。馬鹿なことを考えるなよ」


 部屋内には議員達が集められていた。桜井もテレビで見た様なことがある顔ぶれもあったが、一番ピンと来た人間に声を掛けた。


「貴方は、神田首相?」

「君は……エスポワールピンクの!?」

「私のこと。知っているんですか?」

「あぁ。前任から引き継いでいているからね。君は何をしに此処へ?」

「リーダーと話をする為。だったんですけれどね」


 リーダーが大坊乱太郎という人間に戻って欲しいことを願っているのは自分位で、彼に助けられた者達はエスポワールレッドであることを望んでいる。


「そうか。私達を助けに来た訳ではないんだな」

「そうですね。私はもうヒーローじゃないんで」

「ハッハッハ。君は正直だな」


 ネットやSNSでは尋常ではない量の罵詈雑言と批難を浴びせられている人間ではあるが、話してみれば普通のおじさんと言った印象だった。

 これだけの大物と話せる機会なんて滅多にやって来る物ではない。桜井は、今日に至るまでの境遇を思い出して、彼に質問を投げかけた。


「首相は、私達を放免したことについてはどう思っていたんですか?」

「私は否定的な立場を取っていた。これは君達を支持する善意の様な曖昧な物ではなく、君達自身が皇の技術の結晶でもあったからね。君達を保護監視する方が楽だったんだがね。世論の動きは言うまでも無いだろ」


 中立性を欠いたマスコミやワイドショーの偏向報道。SNSや市民団体の過剰なロビー活動。元よりあった平和憲法と搦めて、争いの雰囲気を漂わせている彼らの居場所は瞬く間に奪われた。


「私達は戦隊時代にSNSを見ることは少なかったんだけれど、昔からこういう流れだったの?」

「いや、戦いが終わってから急速だった。恐らく、工作員が潜んでいたんだろう。何なら、今も海の向こうで工作は続いているだろう」


 伝聞程度に話しているが、彼ほどの立場なら詳細は分かっているだろう。分かっていても、どうすることも出来ない立場にもいるのだろう。


「私達はどうすれば良かったんでしょうか?」

「難しいな。私達が平和を維持しようと思えば思う程、言論の自由などは保証しなくてはならない。自由と平和に則った侵略は、暴力でも使わなければ止められないのだよ。それこそ、赤旗の国の様にしてな」


 自分達が守った国の市民が言うことならば。と、納得できるわけがない。平和や常識の中で圧殺される苦しみを知ったからこそ、リーダーは立ち上がったのだとすれば。


「じゃあ、私達が勝ち取った平和って。何ですか?」

「……」


 神田は桜井の質問に答えることが出来ず。暫し、気まずい沈黙が流れていた。


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