ビッグ・ブラザー 9
他の隊員達に倣い、島野を始めとした殉職者達に祈りを捧げた剣狼は、無線の情報から中田達が避難所にいることを聞いて、直ぐに駆けつけた。
周囲には戦闘の跡が色濃く残り、避難民達を不安にさせない為にも、彼らは外で待機していた。出立した時とは違い、幾人かは居なくなっていた。
「ケン。そっちもご苦労だったな」
「中田のアニキ達も無事だったか」
「何人かはやられたけれどよ」
並んだ遺体袋の中身は、どちらの物かは分からない。今だけは、利きすぎる鼻を恨みながら、見慣れない者達がいることに気付いた。
「そっちにいる奴らは? 自衛隊の奴らや民間人じゃ無さそうだが」
「こいつらは協力者だ。ユーステッド派遣軍の司令官。カーター様だよ」
彼らの着ている衣服は薄汚く、顔から生気が消え失せていることから、何があったかは想像に容易かった。
「内乱を鎮める手助けをしに来たのに、とんだ災難だったな」
「そうだ! 軍でもない集団の暴動など、簡単に収まるはずだったんだ。だと言うのに、これはどういうことだ!?」
声を荒げた。本来は楽な任務のハズだった。所詮は、市民が武装して暴れているだけ。正規の軍人が同じ装備を揃えれば、容易く鎮圧できる。その思惑は大きく外れ、もはや言い逃れ出来ない程の損害を被っていた。
「確かに。自衛隊も派遣軍も同士討ちが起きて大変だよな」
フェルナンドは自然体で言ったが、カーターの胸倉を掴んでいた。カラベラの双眸が、彼の感情に呼応する様に蒼く燃え上っていた。
「ヒィ」
「自衛隊が強化外骨格を持っているのは良い。この国の産物だからな。だが、お前らユーステッドの正規軍が持っているのはどういうことだ? 門外不出の技術だったはずだ。皇政府とも協定を結んでいたはずだぞ?」
「そ、それは……」
「ホーピングの社長だったリチャードと軍が懇意じゃない訳がないよな?」
「横流しされていたのか。だとしたら、ニュースでやっていた配備って言うのも体裁か。本当は既に揃っていたんだからな」
今回の鎮圧活動には、数が揃っていたベルトの辻褄合わせも含まれていたのだろう。図星だったのかカーターは何も言わなかった。
一般市民でさえヒーローへと変貌させる変身ベルトを軍事転用すれば、世界情勢が変わりかねない程の力を得ることが出来る。公での所持や生産が規制される様な物だとしても、国を救う為。という建前なら、手にすることが出来た。
「じゃあ、アレか? アンタらは皇で俺達や悪党が殺されようが、八つ裂きにされようが。最終的にヒーローベルトを収穫できるなら、構わねぇと思っていたのか? ふざけやがって!」
「やめろ、中田。が、筋は通っているな。もしも、この邪推を一から予想してみるならば……」
黒田は一旦考えを整理し始めた。リチャードや大坊の思惑を知る術はないが、目の前にいるカーターやユーステッドの考えを推測した。
彼らは、皇で暴れている大坊の存在を知ったのだろう。単身で麻薬カルテルを滅ぼす程の力を与えるベルトがあるが、公に生産することは憚られる。各国からの批難は避けられない代物だったからだ。
技術を盗むこと自体は容易い。皇はスパイ天国とも揶揄される程に情報の統制については緩い。手に入れた物を生産することは出来ても公には認められない。故に正義感だけ暴走させた人間達に与えて、脅威として認識される存在にまで成長させる。
やがて、彼らが国に対してアクションを起こした時。脅威に対抗するべく、仕方なく目には目を。と言った常套句で、ユーステッドの軍人達はベルトを使うのだ。非難されるべき対象としてではなく、動乱の皇を収める良き友人として。
「後は、今後の脅威の為とか。適当に取り繕えば、ベルトも所持したままでいられる。と、俺の想像は何処まで当たっている?」
「全て誇大妄想です。皇の尽力により、ベルトを配備することが出来ました」
「配備した結果が同士討ちなんだから、笑えないな。こんな事態になった理由は分かっているのか?」
「私達も命からがら逃げだしたのです。理由なんて分かる訳がありません」
再び、カーターは頭を抱えた。彼に聞いても埒が明かないと考えたのか、フェルナンドは傍らに居た白衣の男に尋ねた。
「先程、強化外骨格を装着した奴らの思考が特定の人間の脳波に通っているという話を聞いたが、そんなことはできるのか?」
「電流で脳を弄るというのは、本来。とてつもなく危ういことなんです。ロボトミー手術の例もある様に。脳への干渉で人格が変わることは往々にしてあり得ます」
「でもよ。性格は変わっても味方殺しや同士討ちするってのは、人格の変貌どころじゃないだろ? 誰かが乗り移ったみたいだったぜ」
口を挟んで来た中田の説明にフェルナンドは頷いた。人格の変貌と言うよりも、誰かに乗り移られている。と言う方がしっくり来ると考えた。技術者も言い澱んでいる中。疑問に応える声があった。
「言い得て妙だ。乗り移られているって表現してもいいかも」
声の下法を振り向けば、ボロボロの軍蟻が居た。千切れ飛んだ片腕からは黒い液体を垂らしながら、前身に夥しい数の傷があった。剣狼が駆け寄り、傷口に医療用のジェルを塗り込んでいた。
「軍蟻。よく、生きていたな」
「お姉さん達が使った脱出路が潰されていなかったのが幸いだった。ここに来るまでの間に、やられちゃったけれど。ボス、報告の続きだ」
彼は残った腕で懐から半壊のベルトを数本取り出した。いずれも交戦の激しさを騙る様にしてベッタリと血液が付着していた。
「こいつらがどうかしたのか?」
「そこの技術者のお兄さんには話が通じそうだから聞くけれど、このベルト。リチャードが使っていた物と一緒だよね?」
白衣の男はカーターに睨まれるが、体裁を取り繕うより優先するべきことがあると判断したのか。頷いた。
「はい。派遣軍が使っているベルトは、リチャード氏から横流しされた物であり、エスポワール戦隊が使っている物を改良したものとなっています」
「素直に白状してくれたことに感謝する。だとしたら、これらのベルトには元になった物がある。一から作るのは大変だからね」
合理的思考で知られるユーステッドの者達ならば、技術を解体して一から組み上げる等と言う手間を踏むよりも、既製品をコピーして改良して使いまわした方が良いと判断するのは妥当だった。
「参考にしたベルトは言う必要も無ェだろうな」
「お姉さんのベルトを研究していたから分かる。生体癒着型のベルトは宿主の情報も記録している。思考や知能も含めてね」
「言ってみれば、ベルト装着者は全員レッドの兄弟みたいな物だってことか」
「ハッ! バカバカしい! ならば、なんですか。強化外骨格を通して、レッドのイタコ・スピリチュアルでも行われているとでも言うんですか!」
カーターが揶揄を含んだジョークを飛ばすが、軍蟻は笑いもせずに頷いていた。
「うん。量産して、改良しても逃れられない程に。あのベルトには『大坊乱太郎』という男の精神が宿っている。連中が外で行っている送電は、自分を呼び起こす為の物だ」
カーターの顔が青ざめて行く。世紀の兵器としての運用は、内部に仕込まれた狂人の精神汚染という爆弾によってガラガラと崩れ去って行った。




