ビッグ・ブラザー 7
「出せ! この避難所に転売ヤーや誹謗中傷班がいるのは知っているんだ!」
「彼らは法の範囲での自由を順守している。裁かれるべき存在ではない!」
事前チェックで犯罪者は省かれていたと思っていた避難所にもエスポワール戦隊は訪れていた。警備に当たっていた自衛隊員は強化外骨格を脱いで、標準装備で対峙していたが脳内には生存本能が警鐘を鳴らしていた。
「(コイツらは本気だ。恐らく差し出さなければ、押し入って目的の人物を見つけて殺すに違いない)」
護衛に当たっていた男も、そう言った人物に対して思うことが無い訳ではない。
だが、ここに辿り着いたときの怯え切った表情と入場が認められた時の安堵を見れば、彼らが死んでもいい人間とは思えなかった。
「自由だと? 他者を害し、阻む存在が認められる訳がない。誰かを傷付ける悪党の自由など排除して然るべきだ! どけ!!」
「どかない! 彼らは、俺達が守るべき市民だ!」
立ちはだかる意思を露わにした所。カラード達が躊躇いも無く、ガジェットを展開した瞬間。彼らの体が燃え上がった。されど、悲鳴を上げることも無く攻撃して来た方へと反撃した。
「本当に化け物みたいな連中だな」
「ヘッ。こいつらはバケモンだよ」
突如として現れたトカゲ型の怪人と魚型の怪人達に対して、即座に交戦に移った。自身の肉体が焼かれながらも戦いを止めない様子は異常だった。
炎上を免れたカラード達も援護に駆け付け、新手の怪人達も現れて避難所前は戦場へと変わった。どうやって、避難するべきか思考が一瞬停止する中、片を叩かれた。
「助けたきゃ。コイツを使いな」
振り返れば、カラベラの眼窩に青い炎を灯らせた男が居た。彼はリングを手渡して来た。資料で見た事はあるが、怪人化する危険物でありエスポワール戦隊と同等の脅威はあったが。
「変身!」
躊躇うことなく、腕に装着して起動させた。全身が灰色の皮膚に覆われ、頭頂部に2本の角が生え、背中には昆虫特有の翅が生えていた。一連の流れを見ていたカラードが怒声を上げた。
「あんなクズ共を守る為に怪人になるとは。お前も悪党の仲間か!」
「俺は、市民を守る軍人だ!」
怪人化したことでカラードと渡り合えるだけの能力を得たが、カタログスペックでは依然として相手の方が上だった。フェルナンドは、今しがた変身した者達に渇を入れる様に声を上げた。
「俺の期待に応じてくれた同志達よ! 俺達は守り抜こう! 奴らの正義に凌辱される程、俺達の自由は安っぽい物じゃないんだよ!」
かつて、自分達を滅ぼしたヒーローを相手に果敢に立ち向かった恩師が掛けてくれた言葉。あの時は、力及ばず破れてしまったが、今の自分達には力がある。立ち向かうことが出来る。
「そうだぜ! 俺達は戦ってやる! テメェらの好き勝手にはさせねぇ!」
避難所にはシャッターが下ろされ、表で激闘が繰り広げられる中。中にいる者達はただ恐怖に震えるばかりだった。
「ママ。自衛隊さん達を応援しないの?」
「静かにしてなさい!!」
~~
胸のクリスタルに導かれるまま。桜井は議事堂へと足を運んでいた。門番に立っていた兵士達も、彼女を見るや素通りさせた。彼らに会釈をした後、進んで行った先に大坊が居た。
「ヒーローを辞めなかったんだな」
「何が起きるか分からない保険の為って意味もあったけれどね。でも、今の私は自分の意思だけで動いている訳じゃない。一体何をしたの?」
奇妙な感覚だった。普段は消極的で事なかれ主義であるはずの自分が、この事態に対して何かしらの動きをしなければならないという強迫観念にも近しい物に駆られている。
普段ならば無視できるはずだと言うのに、今は大切な人間を心配させてでも、危険な場所へと赴かなくてはならないと思っていた。
「スーツを通して、人々の思考を統一しようと思っていてな。お前にだけ効きが良くないのは、リチャードが残したクリスタルの影響もあるんだろうな」
「……思考を統一って、どういうこと」
「言葉通りの意味さ。色々な考え方や価値観があるから喧嘩も争いも起きるんだ。でも、考え方が一つだけなら皆が協力できるだろう? 困難な事態にも一緒に立ち向かえる。手をつなぎ合える。理想じゃないか!」
そう語る瞳は余りにも純粋だった。残酷な位に透き通っていた。だが、桜井は察してしまった。全ての考えを統一するとまで言ってのけた彼の考えは翻してみれば。
「誰も信じていないって。こと?」
「……そうだよ」
瞬間、周囲の温度が下がったと錯覚した。先程までの表情からは一転して、双眸はドロリと濁っていた。
「俺達は、皆の為。皇の為に戦い続けて来た。楽だった戦いなんて一つもない。でも、皆が笑い合える素晴らしい世界が来るならと思っていたさ。―――だって言うのに、現実はどうだ?」
「もういいよ。何回、その話題をしたと思っているの」
現実についての愚痴を聞かされるのは沢山だった。実際に、桜井も最初は辟易としていた物の、馴染めば問題ないことは分かっていた。人々の諍いは、当事者同士に任せれば良いと思っていた。
「自分さえよければいいのか! 怪人や悪の組織以外に泣かされている者達がいるんだぞ! 俺達ヒーローが彼らの嘆きを無視したら、一体誰が彼らを救ってくれるんだ!?」
「私は! この国の困っている人達が救われなくても良いよ! リーダーに救われて欲しいんだよ!」
もしも、大坊を知っている者がこの光景を見れば驚愕していただろう。どんな言葉にも動揺することの無かった彼が、焦燥を露わにしていたのだから。
「俺を。だと」
「もっと早くに言うべきだった。私、怖くてリーダーのことを遠ざけていた。だから、こうなるまで誰も止められなかった。今更だけれど、言うよ。出来ないって諦めようよ。無理だって、嘆こうよ。立ち向かい続ける必要なんてないんだよ。私達には出来ないことが沢山あるんだって。認めようよ」
かつてない程に心が騒めいていた。今まで、期待をされて応えるのが当然だと思っていた。自分ですら、自分に言い聞かせていたのだから疑うことなんて今まで一度も無かった。
もしも、このセリフを吐いたのが他者であるならば堕落を推奨する言葉として跳ね除けていただろう。だが、自分と同じ時間を過ごした彼女の言葉だからこそ、『エスポワールレッド』ではなく『大坊乱太郎』へと届いていた。
「……遅すぎるんだよ。もう、俺は引き返せない所まで来た」
「リーダー」
「俺は大坊乱太郎じゃない。エスポワールレッドだ」
瞬間、周囲に人の気配を感じた。エスポワール基地跡地で見た例のステルス部隊かと判断した彼女は即座に窓を蹴破って出て行ったが、1人のカラードが待ち構えていた。自分の強化外骨格とよく似たカラーリングをしていた。
「貴女は」
「支えもしない癖に好き勝手に言いに来て。お前は何がしたいんだ!」
薙刀の切っ先はピンクウィップの先端を寸断していた。直ぐに再生はしたが、目の前のシャモア色のカラードに逃がす気は無さそうだった。
「貴女は確か。ハト教にいた人よね」
「私のことなら後で幾らでも聞かせてやる。今、ここで! お前を捕まえてな!!」
足止めを食らっている内に後続に、先ほどのステルス部隊がやって来た。逃走は困難を極めるが、何もしないという選択肢は存在していない。
「悪いけれど。私も捕まる訳には行かないの。帰りを待たせている子がいるから」
「お前だけ! 日常に戻って! この恥知らずが!!」
再生したピンクウィップの先端が幾重にも分岐して、ステルス部隊を打ち据える。シャモアは襲い掛かる攻撃を全て切り落しながら、桜井へと肉薄していた。




