ビッグ・ブラザー 3
「まだ、鎮圧できないのですか」
「それが。スペック上では、我が軍の強化外骨格の方が上のはずなのですが」
派遣軍の司令。カーターはイラつきを隠せずにいた。当初の予定では、皇の情勢不安に付けこんで、彼らが秘匿していた強化外骨格の使用を公に認めさせ、ユーステッドの軍事力強化と鎮圧を成功させ皇に負い目を作るつもりでいた。
だが、現実はどうか。改良前の強化外骨格を使っている者達は、カラードと呼ばれる段階にシフトし、派遣軍の者達と拮抗していた。
「たかが、不満を溜め込んでいるだけの貧民共が、どうして此処まで対抗できるのです? こっちの兵士達はスーツを使いこなせていないのですか?」
「習熟訓練は行いました。ですが、戦闘の様子を見て下さい」
皇・ユーステッド・怪人達の連合には数の利があった。カタログスペック、装着者。全てが有利であるはずだが、エスポワール戦隊は怯む様子がまるで見当たらない。
「進め! これは聖戦だ! 見ろ! 国軍に怪人! 更には、海外の戦力も混じっている! 俺達の行いが、世界の邪悪にとって脅威であることは明白! 俺達ヒーローは理不尽に負けたりはしない!」
攻撃が身体に命中しようと、破かれた腹から臓物が零れ落ちようと士気が一向に下がらない。時には倒れた仲間の死体を掲げて、弾除けに使いながら攻め込んでくる様に正気は見当たらなかった。
「驚いた。皇にはカミカゼ精神が受け継がれていたのか」
カラードの中には、対象物を爆発させる能力を持っていた者も居たのか、仲間の遺体を爆弾にしては放り込み、あるいは負傷した物が自らを巨大な爆弾にして突撃して来た。
「やめろ。止めてくれ! なんで、ここまでするんだ!?」
交戦していた兵士が声を上げた。だが、返事をする者は誰も居ない。必殺技とガジェットが飛び交い、死体だけが積み重なって行く。
怪人、軍人、隊員。何故、戦うのか。人々を虐げて来た怪人も悪の組織も存在しないと言うのに、かつての戦いよりも凄惨な光景が広がっていた。モニタ越しに光景を見ていたカーターも息を呑んだ。
「何が奴らをここまで駆り立てているのですか?」
「分からない。まるで分らないんですよ」
理解できない。意味が分からない。ただ、被害だけが拡大していく。前段階の支部の制圧は上手く行っていたと言うのに、計算外の事態ではあったがカーターは次なる一手を打つべく思考を巡らせていた。
~~
「ケンさん、中田さん。皆、無事に帰って来て下さい」
「当たり前よ!」
「決着を付けて来る。桜井、芳野のことを頼んだ」
彼らを送り出したのが、ほんの1時間前の話。ジャ・アークの本部も決して安全な訳ではない。桜井の部屋に避難した芳野は、何をする訳でも無く膝を抱えていた。桜井も富良野も不安な気持ちは同じだった。
「早く、騒ぎが収まると良いね」
「そうですね……」
沈黙に耐え切れず、富良野が口を開いた。この騒ぎは本当に収まるのか、自分達が無事でいられるのか。保証は何もないが、出来ることも殆ど無い。不安を紛らわす様に、楽しいことを考えていた。
「先輩。もしも、落ち着いたら。皆で一緒に出掛けませんか?」
「何処に?」
「何処だっていいんですよ。海でもいいし、テーマパークでも、カラオケでも、ファミレスでも……」
非常事態だからこそ、何気なく過ごして来た日常が恋しく思えた。口に出せば、触発されたように楽しい思い出が想起された。同じことを思ったのか、桜井も微笑んでいた。
「そうね。あの大型スーパーに入っていたアイスクリーム屋も良かったしね。今度は、芳野ちゃんや皆も含めて一緒に行きたいね」
「私も。ですか?」
「嫌ですか?」
「いや、あの。その。今まで、誰かに誘って貰ったことが無かったので、ビックリしちゃって」
組長の一人娘。ともすれば、周りが自然と距離を置くのも理解できた。加えて、エスポワール戦隊の存在もあったので、彼女と関わろうという人間も居なかったのだろう。誰が悪党の象徴である極道関係者と付き合いたいと思うか。
「だったらさ。平和になった後で、色々と出掛けようよ」
「そう。ですね。桜井さん達とのお出掛けって、きっと楽しいんでしょうね」
緊張していた空気の中で、ほんの僅かに和やかな空気が生れた。次の瞬間、扉越しに聞こえて来た悲鳴に搔き消された。
誰よりも早く行動したのは桜井だった。部屋内のパネルを操作して、軍蟻との通信を開くと、即座に繋がった。
「状況確認を!」
「攻め込んでくるのは想定内だった。でも、連中がアレを使っている事だけは想定外だった」
モニタ内の映像が切り替わる。すると、巨大な人型ロボットや動物型ロボットが怪人達を蹂躙し、本部を攻撃している様子が映し出されていた。
迎撃のために設置されていた火器が、随伴の歩兵達を挽肉に変え、機体にも損傷を与えるが撃破には至らない。
『グレートキボーダー・マキシマム! とっとと、後方支援を潰して、リーダー達の下に駆け付けるぞ!! 食らえ! シュヴィッツ・ミサイル!』
機体達から一斉に射出されたミサイルが本部へと突き刺さる。すると、爆発する代わりにガスを噴射し始めた。吸い込んだ怪人達は喀血と嘔吐を繰り返して、倒れて行き、被害の拡大を防ぐ為にシャッターが下りて行く。
「嫌だ! 俺はまだ、死にたくな」
「助けてくれぇえええええええ!!!」
虐殺としか言いようのない映像を見て、桜井達は青褪めていた。エスポワール戦隊は、本気でジャ・アークを皆殺しにするつもりだと。
「桜井達の部屋の非常口を解放する。出口は、君も知っている場所だから」
「待って! 軍蟻君達はどうなるの!?」
「伝達事項を伝えて、僕も脱出する。これ以上は盗聴の可能性もあるから、切る。生きて」
怒号、銃声、爆発音を最後に映像は途絶えた。部屋内の本棚が動き、背後には地下へと続く階段が出現していた。迷っている暇はなかった。
「美樹! 芳野ちゃん! 先に行って!」
「分かりました!」
恐怖で震えている芳野の手を取り、富良野は階段を駆けて行く。桜井は変身した後、周囲を索敵していた。震える手で聴覚の範囲を広げた。
「死ねぇええええええええええ!!」
「クソがぁああああああああ!!」
悲鳴、絶叫、憎悪。肉が打ち付けられ、骨が砕け、爆発音が、銃撃音が、断末魔が響く。遠ざけて来た戦いが間近まで迫っている。足音が近づいて来る。1つと複数。バンバンと扉を激しく扉が叩かれる。
「入れてくれぇ! 助けてくれぇ!! 畜生! なんで俺が! クソ! 死ね! お前が死ね!!」
「ひっ」
生を渇望する声に怯えて、桜井は貴重品を幾らか持ち出した後、本棚を元の位置に戻して、富良野達の後を追った。声は聞こえなくなっていた。
~~
「軍蟻。お前は、脱出できそうなのか?」
「うん。お姉さんたちと僕以外は全滅だ」
依然として、エスポワール戦隊の破壊活動は続いている。幾らかは行動不能にまで追い込んだが、死を恐れない彼らを留めることは出来ずに内部への侵入も許していた。
軍蟻は最後まで彼らをモニタリングしていた。彼らの異様な士気の高さはどのようにして保たれているのか。
「何か分かったか?」
「うん。怪人達が命がけで、隊員を捕獲して脳波を検査して分かったんだけれど」
診療台に寝かされているカラードの隊員の四肢は無かった。大量の薬品を打ち込まれて、声を上げることも出来ないはずだと言うのに、射殺すような眼光に微塵の衰えも見えない。
強化外骨格の下に居たのは、屈強な兵士でも精悍な男性でもない。何処にでもいそうな中年の女性だった。
「カラード達には、共通して流されている電流がある。今までも恐怖を拭ったり、士気高揚をさせていたりする役目もあったけれど。これは少し違う」
「どう違うんだ?」
「端的に言うと。特定の人物の思考へと書き換えようとする電流が脳へと流れ込んでいる」
通信ではフェルナンドが溜息を吐いていた。既に幾度もカラード達と交戦している内に気付いたのだろう。これらの思考が、誰と似通ったものだということを。
「で。誰の人格に?」
「エスポワール戦隊のリーダー。大坊乱太郎に」




