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ビッグ・ブラザー 4


「どうして、不幸は生まれるのだろう?」


 大坊が相互理解を諦め、ヒーローとして持っていた力で問題の解決に当たり始めた頃、彼の胸には疑問が張り付いていた。

 リチャードと共に料亭で豪勢な料理を食していたが、味は一切感じなかった。ただ、目の前の料理を嚥下していくだけの作業だった。


「簡単です。一人一人が違うからです」

「どういうことだ?」

「私達、ユーステッドの国は白人も黒人も居ます。差別も根強いです。貧富の差は皇よりも極端です」


 世間の常識に疎い大坊でも、それ位は知っている。ユーステッドは国土も広く、資源も豊富だが、未だにアパルトヘイトや貧困問題が後を絶たない。ジャ・アークも悪の組織も存在しないはずなのに。


「だとしても。誰かを傷つけたりするべきではない常識や倫理観は共有されているはずだ」

「甘いですね。貴方は人を信じすぎです。世の中には、人々を不幸にすることで富や名声を得ている者達も居ます。大坊さん達もそうではありませんか?」

「俺がだと?」


 眉間に血管を浮かび上がらせ中腰になった。今にも切り掛からん勢いだが、リチャードはまるで動じていなかった。


「考えても見て下さい。大坊さん。もしも、世界にジャ・アークや怪人が居なければ、貴方達はどうなっていたか」


 敵対する組織が無い以上、政府はエスポワール戦隊を創設したりはしないだろう。当然、大坊も引き取られること無く孤児院で過ごしていただろう。


「どう。なっていたんだろうな」

「普通の人間になっていたかどうかは私も分かりません。ですが、少なくとも今の様な身体能力を手に入れることも、七海さんや沢山の人達を救うことも無かったでしょう」

「だろうな」


 ヒーローでも何でもない自分は、虐待されている人間の声に気付く訳も無ければ、いじめやパワハラで自殺があったとしてもニュースとして聞き流すだろう。何故なら、それが普通の人間だからだ。


「一人一人が違う。つまり、他者の不幸なんて他人事でしかないのです。だから、誰かを傷付けても心を痛める訳がありません。いや、そちらの方が救いがあるかもしれませんね」

「救いが無い場合もあるのか?」

「ハイ。これは、過去にあった事例を調べてみたのですが」


 とあるシングルマザーの話だ。彼女は自らの子を衰弱死させ、世間からもバッシングを受けたが、素性を調べて行く内に彼女もまた、幼少期に虐待を受けていたことが分かった。

 誰かに優しくされ、共感性を得られることもないまま大人になった彼女は、知識も資金もないまま母親になった。両親すら頼れないまま、最後には子供への接し方が分からなくなり……。


「誰も彼女を助けなかったのか」

「他人事ですから。さて、大坊さん。貴方はこの件についてどうすれば良いと思いますか? 我が子を衰弱死させた冷酷非情な母親を殺しますか?」


 そんなことをしても何も意味が無い。だが、戦い続けて来た自分ができることと言えば、誰かを倒すこと位しかない。


「どうすれば救われたんだ。お前が、以前俺にやらせていた福祉の仕組みを覚えろとでも言うのか」

「そうですね。普通の人が、そう言った人々を救いたければ知識を身に着けることです。ですが、貴方はヒーローです」


 知らず内に握り締めていた拳が、リチャードの両手に包まれていた。

 自分の無力は散々実感させられた。それでも、助けられた誰かがいた。もっと多くの人に、救いを求める声に手を差し伸べたい。と思うのは、紛うこと無く彼の善意によるものであった。


「俺にしか、出来ないことがあるんだな?」

「えぇ。人は痛みを知らない限りは、何時まで経っても不幸に対して他人事です。貴方には皇と戦って貰わねばなりません。そして、全ての人々の心を善意で満たす必要があります」


 差別も、暴言も、誹謗中傷も、いじめも、パワハラも。ありとあらゆる暴力を振るう者達に対して、全てを上回る暴力で思い知らせる存在。


「出来るだろうか」

「出来ます。私が協力します。貴方はジャ・アークを打ち倒しました。復活した幹部達も討ち取りました。全ての理不尽に対する存在、それこそがヒーローなのです。下らない現実なんかに膝を折らせたりはしません」

「リチャード」


 目の前の男は自分と同じ決意を抱いている。自分と同じ志を持っている。共に世界の平和を目指す者として、彼らは再びエスポワール戦隊を作り上げていく。

 かつての様に、人々を脅かす悪の組織を倒す存在としてではなく。本当に打ち倒せねばならない、人々に巣食う邪悪と戦う為に。


~~


「だけどな。リチャード、俺はアイツらを信じるのに疲れた」


 見せかけの善意でもいい。嫌々、従っていても良い。自分が嫌われたとしても、皇から不幸が消せるなら、意味があると思った。

 だが、現実はそうならなかった。不幸があったとしても、やはり他人事。数は減れども、自分は大丈夫だと勘違いする無知蒙昧な人間は消えず。挙句、怪人化を経て更なる暴虐を巻き起こす始末。もう、信じられるのは仲間だけだった。


「リーダー。準備の方、出来ましたよ」

「分かった。やって行こうか」


 呼びに来たビリジアンと共に議事堂付近に停めてあるトラックの荷台へと移動した。内部を埋め尽くす程に巨大なガジェットが鎮座していた。


「遂に、皇が変わるんですね」

「ここまで付いて来てくれた事、礼を言う。お前の妹さんも報われるだろう」

「今更、よして下さい。俺は、アンタがいなけりゃ下らない倫理観と常識のせいで復讐を諦める所だったんですから」


 今日に至るまで、IT関連の仕事を一手に引き受けてくれた同志に対して大坊は感謝していた。


「そうだ。心清く、善良な者は救われなければならない。俺達は反省も改心も期待しない。仲間だけを信じる。やれ!」

「はい!」


 ガジェットを操作すると。台座の中央に青白い電流が迸り、荷台の天井を突きぬけて空高くへと放たれた。

 間もなく、変化が起きた。議事堂付近で交戦していた怪人や軍人達の様子に異変が生じていた。


「ど、どうした!?」

「お、あぐをゆゆ、ゆるさね“え”!!」

「ギャア!!」


 突然、同士討ちを始めた。彼らと手を組んでいたはずの怪人達は、訳も分からないまま攻撃を受けて倒れて行く。


「う、撃て!」

「侵略者共がぉああああ!!」


 ダメージも気にせずに突っ込んで来る。まるで、先程まで戦っていたエスポワール戦隊員の様だった。改良されたハズのスーツはアーミー色から、徐々に変化していき赤黒色へと変貌していた。

 一瞬先の未来を想像して、十字を切ったが意識が途切れることは無かった。変貌した隊員の胸からは刃が生えていた。


「レッド。じゃないな、だが雰囲気が近しい」


 獣じみた叫び声と共に大量の血を吐きながら、現れた怪人に対して反撃を試みたが、瞬く間に首が跳ね飛ばされた。だが、信じられないことに残された体は攻撃を続けようとしていた。


「!?」

「死ね」


腕を切り飛ばし、胴体を寸断して、ようやく動かなくなった。徐々に正気を取り戻しながら、面を上げると。赤毛の青年がいた。


「き、君は」

「一応協力という形にはなっているんだったな。俺の名は剣狼。ジャ・アークの幹部だ。軍蟻からの通信も途絶えた、何が起きたか説明し貰えるか?」


 軍人は先程までの事情を説明した。カラード達と戦っていたが、空に青い光が昇ったかと思えば、隊員達は突然撤退して、派遣軍や自衛隊が突如として同士討ちを始めたこと。そして、仲間の強化外骨格(スーツ)が突然変色したこと。


「確認するが。一緒に戦っていた奴は、エスポワール戦隊から紛れ込んだスパイ。という訳じゃないんだな?」

「……あぁ。身元は確認できているし、配給されたベルトの適性検査でも返信経験無しだってことは分かっていた」


 不可解な現象だった。つまり、全くエスポワール戦隊と関係が無く、僅かな時間しか変身していないにも関わらず。突如としてカラードに変貌したと。

 剣狼が試行していると、軍人が所持していた無線が鳴った。慌てて取ると、通信機からは怒声が聞こえて来た。


「こちら…聞こえるか…! 突然……が! 味方に攻撃を……!」

「どうやら、エスポワール戦隊の奴らが何かをした様だな」

「何が起きているんだ!?」


 彼の困惑に応えてくれる者は居ない。事態は止まることを知らない。気配を察した剣狼が男を掴んで飛び退いた。数舜後、彼らのいた場所で爆発が起きた。


「立ち止まるな! 走れ!」

「クソ!!」


 悲しむ暇も疑問を解決する時間もない。ただ、この流れに殺されない為にも、彼らは走る。


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