善意と言う怪物 4
座標軸は確認した。行く為のメンバーも決まった所で、一つ問題が出た。桜井達は顔を見合わせてもう一度確認した。
「私。免許は持っているけれど、殆ど運転していないからペーペー以下だからね? 剣狼は……」
「自動車免許なんて持っている訳無いだろう。中田の兄貴は?」
「車なんて持っていても金掛かるし。取ってねぇな」
「なんで、大の大人3人が車を運転できないんですかね……」
富良野が眉間に皺を寄せた。今や、皇の大学生以上の殆どが持っている普通自動車免許を! 誰も持っていないのである!
軍蟻が無表情を貫き、フェルナンドが頭を抱えながらスマホを取り出した。数度のコール音の後、相手が出た。
「アレ? どうかしましたか。ボス?」
「槍蜂。お前、車は運転できるよな?」
「当たり前でしょ。社会人の常識ですよ」
「お前。足役な」「は?」
情けない大人3人を見かねたのか、フェルナンドが運転手を都合してくれた。そして、彼は中田の肩を叩いた。
「お前。この任務が終わったら、教習な」
「はい……」
無料で教習を受けれるなんて良かったじゃない! と言いかけたが、余計なことを言えば自分も巻き込まれる気がしたので、桜井はそっと視線を逸らしていた。
~~
翌日、槍蜂が運転する車にて目的地へと向かい始めた一同は、今回の任務の概要を確認していた。
「桜井達。前・エスポワール戦隊の基地に侵入してベルトの情報を手に入れて来るということだが。本当にデータが残っているのか?」
「冷静に考えれば、既に引き払っていると考えるべきなんでしょうけれど。桜井さん、どうなんですか?」
「私も分からない。だって、戦隊を辞めた後は行った事が無いから。そもそも、私も何処にあるのか分からなかったし」
「それが奇妙な話なんだよな。自分達の基地の居場所が分からねぇってどういうことだ?」
中田の疑問は最もだった。自分達が使う基地の場所を知らなければ、帰還することも使用することも出来ないのではないのか?
「何時も、スタッフの人達に目隠しして送迎されていたから。それに、普段の生活も基地内だったし」
「ちょっと待って下さいよ。学校とかはどうしていたんですか? 親御さんは何か言わなかったんですか?」
「勉強とかは基地内でしていたから問題なかったけど」
車中に何とも言えない空気が漂った。槍蜂の後半の質問に対して、敢えて回答していない意図を何となく把握したからだ。そして、桜井もまた。この空気の変化を感じ取っていた。
「……分かった、言うよ。私、親居ないの」
「居ないって言うのは、まさか。俺達『ジャ・アーク』の工作で」
「いや、そう言うのは関係ない。理由は知らないけれど、私は孤児院に居たの」
「言葉を選ばずに言うなら、身寄りのない連中の方が気兼ねなく使えるって事だったんだろうな」
「おい、ケン!」
「中田君、良いの。剣狼の言う通りだから」
ジャ・アークは、サブカルチャーに出てくるようなフェアプレー精神にあふれた悪の組織では無く、取れる手段なら何でも使って来た。その中には、誘拐拉致も含まれていた。
「マトモな親なら、子供を殺し合いの現場に出すなんて真似はしませんしね」
「当たり前だろ! 大人ってのは、ガキを守るモンなんだよ! そんなことをしていたら、世間の奴らも黙っちゃ居ねぇだろ!?」
「話題になったこと。あった?」
中田の記憶にはなかった。つまり、国も世間も彼女らの挺身を容認していたと言うことである。少年兵と言っても、何ら差支えの無い存在を。
「大坊さんが暴走した理由が分かる気もしますね。ヒーロー自身に守るべきものが無いんですから」
もしも、本当に守るべきものがあるなら、自分の起こした行動による影響力を顧みない訳がない。桜井が目を逸らす中、剣狼が尋ねた。
「ピンク。お前は、本当に皇や人々を守りたかったのか?」
「当時は思っていた。だって、それが正しいことだと思っていたんだもん。私達が貴方達を倒せば、皆が喜んでくれたし」
「増々、少年兵の教育めいていますね」
「胸糞悪ぃ話だ」
ひょっとしたら、この国は自分が思うよりも腐っているのかもしれない。中田が思っていたのを見透かしたように、槍蜂はフォローを入れた。
「それだけ必死だったって事ですよ。生き残る為の必死さまで否定する気はありませんよ。俺達との生存競争だったんですから。マトモじゃやってられなかったんでしょうね」
「結局はお前らのせいじゃねぇか!」
「ハハハ。その通りですけど、まさかここまで尾を引くことになるとは」
話せば、話す程気が滅入る事ばかりだった。やがて、車は目的地に到達した。
木々が生い茂る中にポツンと佇んでおり、雨風に晒されていたこともあり外壁は汚れが目立っていた。玄関は固く閉ざされていたが、壁に設置された生体認証のパネルは稼働していた。
「誰かが使っていたのか?」
「かもしれないわね……」
「桜井。気を付けろよ」
恐る恐る、パネルに手を付けた。掌から得られる情報から照合が行われ、スピーカーから無機質な音声が響いた。
「桜井様ですね。無事、帰還を確認しました」
拍子抜けするほど、あっさりと扉は開いた。慎重に様子を伺う剣狼達とは裏腹に、桜井の足取りは軽かった。
「ちょっと、桜井さん。もっと慎重に」
「……ただいま」
返事をする者は誰も居ない。だが、ここは長年。彼女が過ごした場所でもあった。機材の概ねは撤去され、廃墟の様になっていた。
「ピンク。ここに手掛かりはあるのか?」
「データとかを取り扱っていた部屋はこっちの方だったはずだけれど」
桜井を先頭に基地内を進んで行く。薄暗い基地内を、懐中電灯の明かりを頼りに進んで行く。部屋を調べて行くと、かつての生活臭が見られた。
「この部屋は、世界地図とか外国の本があるが」
「イエローの部屋ね。アイツ、戦いが終わったら世界に出てみたいとか言っていたから。実際は、皇で生活していくのも精一杯だったけれどね」
放置されているのは持ち出す余裕も無かったのか。あるいは、興味を失ってしまったからか。次の扉を開くと、壁には色褪せたミュージシャンのポスターが張られていた。
「予想ですけど、この部屋はブルーさんですかね?」
「当たり。アイツって音楽が好きでね。偶にギターとかを弾いていたの。結構、上手かったな」
「へぇ、聞いている限り。他のヒーローってのは、色々と趣味があったんだな。次の部屋はっと」
中田が扉を開けた先。そこには、古ぼけた漫画を始めとした如何にも子供っぽいグッズが散らかされたままの部屋があった。
「グリーンの部屋ね。アイツ、ゲームとか漫画が好きだったから。他の奴らと違て、アイツは殆ど持ち出していたみたいだけれど」
「年頃らなら普通じゃないですかね?」
「なんか、ちょっと楽しくなって来たな。残す所は、桜井と大坊の部屋だな」
「目的を忘れていないか?」
「いや。エスポワール戦隊の基地に来たんだから、どんな生活をしていたか追走することは意味があると思うぜ!」
「確かに、言われてみれば」
本来の目的から逸れているが、中田がもっともらしいことを言ったので剣狼も頷いた。苦笑いを浮かべながら、案内した次の部屋にはボロボロになった縫いぐるみやファンシーなグッズが転がっていた。
「桜井さんの部屋。ですかね?」
「そう。孤児院に居た頃には、持たせて貰えなかったグッズを買ったんだけれどね。不思議なことに、手に入ったら途端に飽きちゃったの」
「欲しいと思っている時期が、一番楽しいんだよな。どうする? 持って帰るか?」
「……いい。もう、私はエスポワール戦隊のピンクじゃないから」
少しだけ寂しそうに目を伏せて、桜井は部屋を後にした。残る一人の部屋は、誰もが気になっていた。今も、なお。自分達と対峙し続けるヒーローであり、皇の脅威となり果てた男の現役時代が、どの様な物であったか。
「え?」
部屋に入った瞬間、中田が声を上げた。てっきり、体を鍛えるトレーニング機器や特撮関係の何かでも残っていると思っていたが。
「何も。ない」
彼の趣味や思想を思わせる様な物は何一つとして無かった。ただ、ガランとした空間が広がっているだけだった。
「ピンク。現役の時もこうだったのか?」
「作戦の指令書を持ち込むことがあった位ね。リーダーは基本的にトレーニングルームに居たから」
「帰りてぇ日常も無くて、平和になった後にもしたいことが無かったんだな」
「生粋のヒーローだったんですね」
槍蜂の発言は、多分に皮肉を含んだ物であった。それでも、何か無いかと調べると、壁面の一部がスライドして、中から鍵が出て来た。
「鍵? なんで、こんな所に?」
「怪しいですよね。使って良い物か……」
「罠かもしれないが、ピンク。どうする?」
もう、誰も訪れることが無いだろう場所に隠されていた鍵。基地から撤収する際に、スタッフ達は誰も気づかなかったのか。という疑問もあったが、こうして自分が見つけたことは何かしらの啓示のように思えた。
「皆、ひょっとして。これを使える場所に心当たりがあるかもしれない。付いて来てくれる?」
「手掛かりが見つかる可能性があるなら」
「ヘッ。俺達は最初から、その為に来てんだからな。覚悟は出来てらぁ!」
「う~ん。俺だけ反対するわけにはいきませんしね。行きましょうか」
「ありがとう」
桜井は歩き出した。足取りに迷いはなく、この鍵が何処で使えるか。半ば確信を抱いている様でもあった。




