善意と言う怪物 3
フェルナンドは顔を覆っていた。昨晩、レッドを狩ると言って意気揚々と出て行った金剛達の首が転がされていた。
彼らが大量に人間を食らって、かつての幹部級ほどの力を得ていたことも知っており、駄目押しに援軍まで頼んだと言うのに。単身で返り討ちにするレッドの強さの底が知れなかった。
「軍蟻。俺達は奴らに勝てるのか?」
「難しい。昨晩の作戦は、こちらで打てる最善の手だった」
「……打つ手なしか?」
相手が孤立する機会を狙い、精鋭達を投入した。これでも駄目なら、以前と同じように潰されるしかないのか。フェルナンドの不安を察した様に、軍蟻は首を振った。
「可能性は無いこともない。でも、ボスの許可が必要」
「言ってみろ」
「ピンクを連れ出す許可が欲しい」
~~
桜井の1日は怠惰な物である。トレーニングをしたり、ベルトの解析に付き合ったりはしているが、基本的にはネットかテレビ。あるいはゲームをしている。
場所が場所なだけに能動的に働くことが適わないにしても、これは良くない。富良野もトレーニングに付き合ったりはしているが、彼女も部屋内で雑誌を読んだりスマホを弄っているのが主だった。
「うーん。ネットには糞みたいなニュースしか上がらないし、やっぱり猫ちゃんとワンちゃんの動画。後は、ネット特有の人権侵害コンテンツを見る位しか」
「仮にでも、元ヒーローが何をしているんですかね……」
履歴には猫と犬の微笑ましい動画に差し込まれる様にして、サムネの時点で悍ましさが分かる動画もあった。
「だって。SNSは常に紛糾しているし? こんな時こそ、現実を忘れられるコンテンツは大事だと思うのよ」
「インターネットをやめろ。という金言がありますよ?」
「暇じゃん!!」
これだけ皇が混沌とした状況下の中で『暇』と言えるのは、立場が恵まれていると言う外ない。PCの画面をのぞき込むと、動画サイト以外にも大量のタブを開いていた。
「動画サイト以外には何を?」
「え? いや、ちょっとね」
タブを切り替えると、エスポワール戦隊の関連サイト等が開かれていた。PV数稼ぎの為に煽情的な見出しを載せているゴシップな物から、飾り気が少なく本気で考察を乗せているサイト等。種類は様々だった。
「これって」
「あんまり見ない様にしていたんだけれど、今はどんな風なのかなって」
ゴシップサイトは見る価値もない低俗な煽りやゲスの勘繰りがあったが、突然更新がストップしていた。管理人の身に何が起きたかは想像に容易い。
一方、目を引いたのは考察サイトだった。エスポワール戦隊を一般人の視線から考察すると言う物で、時系列に沿って年表が作られていたりなど。データベースとして有意義な物だった。
「このサイト。私が、先輩を追っかけるときにちらっと見た覚えがあります」
「そうなの?」
「書いていることが難しくて、直ぐに閉じちゃったんですけれど。まだ、運営していたんですね」
「昔からあったサイトなのね」
先日、更新されたばかりの様で。ホームページ内には現・エスポワール戦隊との対談記録なども載っていた。
「色々と掲示板に上がる疑問なんかもまとめていますね。ヒーロー達が使っているベルトやガジェットはどうやって作っているんだ。とか」
「知らない。私、渡されていたのを使っていただけから。色々な企業が関わっているって言うのは聞いていたけれど」
別段不思議な事ではない。今、触れているPCも構造や製造方法を知って使っている者は多くない。だが、桜井のベルトに関しては本人の体に癒着したりと、知らずに使うには危険な要素を孕み過ぎている。
「じゃあ、こっちの1日のルーティンについての疑問とかは」
「基本は基地内に待機して、訓練して要請があったら……」
もしも、書き込みの制限がされていなければ。と思ったが、いずれも機密情報だったので、外に漏らせる物でも無かった。2人が他愛のない暇潰しをしていると、壁に掛かっている内線が鳴った。
「はい。桜井です」
「軍蟻だよ。話があるから、いつもの研究室に来て」
~~
「あら、中田君? それに剣狼も」
「よぅ。桜井達も呼ばれていたのか?
「そうですけれど。どういう集まりなんでしょうか?」
「軍蟻が来れば、聞かせてくれるだろう」
研究室に向かうと、既に中田と剣狼が来ていた。一体何の用で呼ばれたのか? 暫し待っていると、件の人物がフェルナンドと共にやって来た。
「よし。来てくれたな。説明を」
「うん。単刀直入に言うと、君達にはエスポワール戦隊のベルトの秘密を探って欲しいんだ」
「ベルトの? 偶に戦利品として回収するベルトから解析は出来ないのか?」
「それで出来るのは一部の解析だけ。お姉さんのベルトもプロテクトが強固で完全な解析が出来ない」
「貴方が無理な物を、私達がどうやって?」
「ピンク。心当たりはあるはず」
言われて、少し考えて。頭を振った。確かに、あの場所ではベルトやスーツのメンテナンスも行われていたが、行ける気はしなかった。
「まさか、私達が現役時代に使っていた基地の事?」
「何年前の話だよ。今は、どっかの施設に回収されているか。ある言いは、エスポワール戦隊が差し押さえているんじゃねぇの?」
「連中は件の基地の場所が分からねぇみたいだ。もしも、知っているなら。前みたいに別所に基地を作る必要はないだろう?」
機能を持った施設が既にあるなら、使った方が合理的だ。隊員の規模の関係上から、新たに基地を作った可能性もあるが。
「内部が変っていなければわかるけれど。私も、あの基地が何処にあったかは覚えていないのよ?」
「当事者も知らない場所に、どうやって向かえば良いんだ?」
中田の疑問は最もだ。壁面のモニタに地図が表示された。上空から見れば森林に覆われており、具体的にどの様な施設なのかは見えない。
「地図上のこの位置に、前・エスポワール戦隊の基地がある。当時の関係者が居ないと動かないギミックもあると思う」
「ここは今も稼働中なのか?」
「反町に何度か偵察を送って貰っているけれど、何かが搬入されたり誰かが出入りした様子は見当たらないって」
「概ねのデータは破棄されているかもしれないが、残っている物もあるかもしれねぇ。どうだ、行ってくれるか?」
断れる立場にないこともあった。だが、自分がヒーローになると決意した時から共に歩み続けて来たベルトの正体が何かを知りたい気持ちもあった。
「分かった。元より、協力するって言う案しか認めなさそうだけれど」
「話が早くて助かる。中田と剣狼を呼んだのは、護衛の為だ」
「俺達がですか?」
「他の奴らより、気心も知れているだろ?」
懇意にしている人間を付き人にするのは本人のストレス軽減もあったが、もしも逃げ出せば付き人の立場が危ぶまれるという、彼らが育んだ関係を逆手に取って選抜でもあった。
「今回は何が起きるか分からないから、僕も行く。小さいお姉さんは留守番で」
「……分かりました。中田さん、ケンさん。先輩の事をよろしくお願いします」
「分かった! 俺達に任せろ! な、ケン!」
豪語する中田に対して、剣狼は小さく頷くだけだった。彼らを見ながら、桜井は自らの腹部を見下ろした。対談に反応する様にして、ベルトが出現していた。
「(今まで、ずっと一緒にいたけれど。私、このベルトの事を殆ど知らないのよね。どうやって開発されたのか、どういう物なのか。でも、得体のしれない物なのに沢山作られているって言うのも、不思議な話ね)」
自分達がヒーローであることを止められない楔であり、今まで幾度も危機を救ってくれた物でもある。
自室に閉じこもって、意味のない日々を送るのも悪くは無かったが、エスポワール戦隊とは何者だったのかを知る機会がやって来た。楽しかった青春の裏では何があり、今まで尾を引いていたのか。軍蟻から、作戦の説明を聞いている間も。ベルトは出現したままだった。




