矛盾 10
「起きて下さい」
運転手から声を掛けられ、桜井達は七海と出会った喫茶店前に戻って来たことに気付いた。車から降り、礼を言って別れた。
「中田さん。元気そうにしていましたね」
「それは良かったんだけれど、リーダーは何処に行ったのかしら」
変える直前。リーダーはカラードと呼ばれる強力な隊員を引き連れて、何処かへと行った。今更、自分が気にした所で、仕方ない。
すっかり陽も落ちて暗くなったので、富良野と一緒に外食で済ませようかと考えていると、覚えのある臭いが鼻に突いた。
「先輩。この臭いって、まさか」
「美樹。絶対に、私から離れちゃ駄目よ」
何かが起きている。慎重に足を進める。路地裏の先には大柄な人影が動いていた、地面には赤い液体が拡がっている。異臭の発生源だった。
「足音。臭い。女二人かぁ」
ユラリと起き上がった。2mは超えており、巨大な牙と鼻が特徴的なイノシシ型の怪人が、桜井達を見ていた。口元と歯にはベッタリと血が付いていた。
桜井の判断は早かった。直ぐにベルトを起動して、交戦態勢に入ったが、相手はゲタゲタと笑っていた。
「何がおかしいの」
「カラード相手は丁度いい! 今日1日で、俺が何処まで強くなかったか。確かめさせて貰うぜ!」
「美樹! 下がって!」
体躯に反して、イノシシ型の怪人の動きは機敏だった。桜井も応戦するが、現場から離れていた日が長かったこと。本気で殺意を向けられていること。そして、相手の強さを前に防戦一方だった。
「どうした。攻撃しなければ、俺は倒せんぞ!」
「くっ。強……」
胸に埋め込まれたクリスタルが輝く。彼女の強化外骨格に強化が入り、ムチ型ガジェットにも変化した。……が、戦いの形勢は殆ど変わらなかった。
「見掛け倒しか! もういい、死ね!!」
「ぐほっ!?」
猛烈なラッシュを捌き切れずに、モロに蹴りを食らった桜井は壁に叩き付けられた。もしも、強化フォームを装着していなければ死んでいたかもしれない。
「先輩!」
富良野の悲鳴が響く。朦朧とする意識の中、目の前に何かが降り立ったのが見えた。
~~
「槍蜂に言われたから、様子を見に来たが」
富良野には見覚えがあった。『剣狼』と呼ばれていた青年で、自分の指導で散々な目に合わせた記憶がある。何故、こんな所にいるのか?
「お前も食いに来たのか? そうだな。俺達は怪人だからな。まぁ、待て。胸と脇腹のな、脂が詰まっている部分が美味いんだ、そこだけ食ったらやるよ」
「本当に怪人になったんだな」
怖気の走る会話に淡々と応じながら、されど賛同するでもなく。彼は全身からブレードを生やしていた。
「何の真似だ?」
「他のヒーローは知らんが、コイツは駄目だと言われているんでな。手を引け」
「ふざけるな! コイツは俺の獲物だ! 横取りは許さねぇぞ!!」
激高したイノシシ型の怪人が襲い掛かって来るが、剣狼は一切避ける素振りすら見せずに、すれ違う様にして傍を通過した。瞬間、巨体の両腕がボトリと落ち、膝から先がずれ、首がズルリと落ちた。
「ひぃいいい!!」
堪らず、腰を抜かした富良野が悲鳴を上げた。だが、不思議なことに人がやってくる気配がない。剣狼は彼女らを乱雑に掴み上げた。
「喋ると噛むぞ」
眼下に広がる惨劇から遠ざかって行くように、彼女らは何処かへと連れていかれる。一体、自分達がエスポワール戦隊の基地へ行って帰る間に何が起きたのだろうか?
~~
2人はどうやってここまで来たかを覚えていなかった。目の前には、剣狼や槍蜂達が並んでおり、中田の姿もあった。朦朧としながらも、桜井は尋ねた。
「中田君。どうして、貴方がここに?」
「俺も今から説明を受ける所なんだ。一緒に聞いてくれ」
中田自身も頭を抱えていた。事情も分からず、強化外骨格が受けたダメージを治療してくれる中、フェルナンドの声が響いた。
「まず、今日はご苦労様だった。ようこそ、桜井さん。我々『ジャ・アーク』の本部へと。1日でヒーローとヴィランの拠点に来るなんて経験。この先、一生訪れないだろうな」
「茶化さないで。何があったの?」
「順を追って説明するか」
桜井達が基地を訪問した後。フェルナンド達は襲撃を掛け、内部に居た隊員達や関係者を惨殺して回ったという。一方で、レッド達は協力者であったリチャード達の拠点に襲撃を掛けて、壊滅させたそうだ。
「惨殺って……」
「嬢ちゃん。先にやって来たのは向こうの方だぜ? 俺達の組員や仲間達は何人も殺されている。それとも、ヒーローが悪を裁いたんだから、潔く受け容れろって言うのか? 因果応報だ」
閉口せざるを得なかった。彼らも悪人ではあるが、身内や仲間に危害を加えられたら怒りもするだろう。エスポワール戦隊が怪人や悪人達を許さなかったのだから、彼らも許す訳がない。
「待ってくれ。リチャードって、エスポワール戦隊のスポンサーだろ? なんで、大坊達が襲撃を掛けているんだよ?」
「俺達にエスポワール戦隊の基地の場所を教え、播磨に破砕塵を渡したのがアイツだったからだ」
全員が振り向いた。何故? という疑問が一斉に浮かんでいた。エスポワール戦隊が裏切りや背信を許さないことは、長年連れ添って来たスポンサーなら分からないはずが無い。堪らず、黒田が尋ねた。
「という事は、罠の可能性もあった訳だよな?」
「精査はした。こちらが掴んでいる情報と符合することも多く、信頼に値する情報だと判断できたのでな。それで、中田の救出も同時に行ったんだが」
「救出で思い出したんだけれど。アレ、何だったんだよ。アニキ達の殆どが化け物になっていたじゃねぇか!」
「……化け物?」
中田が叫んだ意味が分からなかった。怪人の事を化け物と言っているのならば、彼らは普段見慣れているはずだ。……と思ってから、先ほどの出来事が脳裏に蘇って来た。震えた声で言う。
「ひょっとして、人を。喰らって」
「そうなんですよ。いや、エスポワール戦隊に喧嘩を売っちまった以上。絶対に報復されるんでね。俺達怪人が手っ取り早く強化できる方法を教えてやったんですよ。基地内の掃除も兼ねてね」
「槍蜂。お前」
剣狼が眉間に皺を寄せた。だが、エスポワール戦隊に攻撃を仕掛けた以上、報復は必ず訪れる。強くなる方法を知ったのなら、座して死を待つ者等いるはずもなかった。
「やっぱり、貴方達は化け物じゃないですか!?」
「だが、俺達を化け物にしたのはアイツらだ。奴らが俺達を追い詰めなきゃ、ここまでするつもりは無かった。皮肉なモンだ。世界を守る為のヒーローの行いで、平和が崩されているんだからな」
先に手を出したのはどちらか。エスポワール戦隊と悪との戦いに終わりはない。殺したら、殺されて。憎悪は延々と降り積もって行く。
「私達を誘拐したのは」
「隠さずに言うと、人質だ。これからの連中の活動はもっと過激になる。悪が一切許されない時代が来るのかもしれねぇな」
室内の壁面が裏返り、パネルが出現する。街の各所に出現した怪人達は、人を浚っては喰らっていた。何人かはエスポワール戦隊に補足され、今まで通りには行かない生死を賭けた戦いが始まる。
正義が悪を過激化させた。もはや、善良な市民達も無関係ではいられなくなった世界。誰もがヒーローと怪人の戦いに巻き込まれざるを得ない時代がやって来ていた。




