矛盾 4
「よく来てくれた」
案内された応接間は飾りっ気も少なく、テーブルとソファがある位だった。七海が全員分の茶を入れた所で、大坊の隣に座った。
「今日は中田君の面会に来ただけなんだけれどね」
「分かっているとは思うが、ここで得た情報は外部に漏らさないでくれよ」
「漏らさないにしても、察せられる場合はあると思う。隠し事とか腹芸は苦手だし、リーダーも分かっていると思うけれど、私。結構『ジャ・アーク』の連中に付きまとわれているから」
桜井は今朝、ジャ・アークのメンバーに遭遇したことを話した。彼からの依頼は断ったが、桜井の様子を見れば中田の安否位は察せられるだろうと思った。
「出来れば、こちらも護衛を派遣したいが。嫌だろう?」
「うん。リーダー達には、私達の日常に干渉して欲しくない」
富良野も不安そうに桜井の方を見ていた。ヒーロー達と関りがある時点で、日常が危ぶまれているのに、更に肩入れされるなら何が起きるか分からない。
何よりも、自分達が対談している相手への恐怖が拭い切れない。今も皇で悪を狩り続ける男。狂人か英雄かの判断は分からないにしても、恐ろしい存在であることは確かだった。
「そうか。ハト教の件については申し訳なく思っている。まさか、播磨があんな事業に手を染めているとは、俺も見逃していた」
「ハト教は幾らか支部があると聞いたけれど。他の場所でも?」
「いや、査問したが支部では起きていなかった。だが、事態が公になった以上。施設として運営していくことは難しいだろうな」
「じゃあ、私達が勤めていたハト教の入居者の人や入信者の人達は?」
「管轄が別の者達に移るかもしれない。詳しいことは俺も知らないが」
「リーダーは管理って柄じゃないしね」
皆を牽引することは出来ても、細かな管理が出来ないのは昔から変わらなかった。一息入れる様にして飲んだ茶は、安っぽい味がした。
暫し、沈黙が続く。何を話すにしても、互いの立場が違い過ぎた。片やヒーローであり続けようとする者、片や日常に戻ろうとうする者。今更、意見が重なり合うはずも無かった。だから、桜井には是正するつもりもなかった。
「リーダーは、これからどうするつもり?」
「今までと同じく、悪を倒し続ける。播磨に『破砕塵』を渡した人間の目星も付いた。ソイツらの制裁にも向かわねばならない」
「……あの。少し良いでしょうか?」
富良野が控え目に声を上げた。彼女を向ける視線は威圧するような物でもないが、路傍に転がる石を眺める様な無機質で無関心な物だった。
「何だ?」
「悪を倒すって言いますけれど、何処に終わりがあるんですか?」
フィクションや映画ならば、悪の組織を倒せば終わりだ。だが、現実で悪が絶えることはまずない。凶悪な犯罪から、誰もが犯している様な軽微な物まで含めれば、法律を犯していない物は殆どいないだろう。
「終わらせる様に動くんだ。俺達の活躍が人々の心に響けば、いずれ、悪事を犯そう等と言う愚かな思考すら消えて行くはずだ」
「活躍。ですか?」
罪を犯した者達に制裁を加えた上での思考抑制。歴史上、幾度も繰り返されて来た行為であり、人々が『弾圧』と呼ぶ物でもあった。
「悪いことをしてはいけない、なんてことは子供だって分かる。誰かを傷つけたり、嘘を付いたり、物を取ったりすることはいけない。誰だって分かることだ」
言っていること自体は間違っている訳でもないのに、抑止する為の方法が致命的なまでに間違っている矛盾に、言いようのない気持ち悪さを感じた。
富良野はそれ以上、質問することも無く。桜井もまた大坊に対して、咎める様な真似をする訳でも無かった。
「私達を呼んだ用事は、中田君に関する注意喚起だけ?」
「もう一つだけ確認したいことがある。先日、リチャードから埋め込まれたクリスタルの具合はどうだ? 何か異常とかは無いか?」
「いや、特には。むしろ、クリスタルの力を発揮した影響か、いつもより調子が良い気がする位ね」
「何かあったら、遠慮なく連絡してくれ。そちらの彼女さんにも言っておく」
一瞬、何か違和感の様な物を感じたが言葉にすることは出来なかった。大坊は茶を飲み干すと、机の上にカードを置いて立ち上がった。
「桜井。俺はブルー達を手に掛けたことも、復活した幹部達を殺したことも、エスポワール戦隊を蘇らせたことについても後悔していない。ただ、一つだけ後悔があるとするなら、お前に迷惑を掛けている事だけだ」
「……リーダー?」
「餞別だ。持って行ってくれ」
七海も立ち上がると同時に応接間の扉が開かれた。幾人ものカラード達が並んでおり、全員が手にガジェットを握っていた。
「リーダー!? 待って! 何をしに行くの!?」
「うそつきは許さない。俺を裏切った連中に制裁を加えに行く。今度の相手は 『ジャ・アーク』や播磨なんかとは比べ物にならないからな。稚内、桜井達を駐車場まで案内してやれ」
「……二人共。何も言わずに付いて来て下さい」
カラード達を引き連れて、大坊達は何処かへと向かって行く。桜井達は呆然としていたが、どうすることも出来ない。大人しく稚内に従い、彼の後を付いて駐車場へと戻って行く。
「稚内君。リーダーは何をしようとしているの?」
「播磨に武器を流していた相手が分かったから、裏切りに対して制裁を加えに行くって事らしいです」
「誰が裏切っていたんですか?」
「すいません。俺にも教えられていないんですけれど、リーダーが覚悟を決めて戦いに行く相手だけに、相当な物だと思います」
アイマスクと耳栓を付けられ、車に乗せられた。車が発進する。また、元居た場所へと帰るのか。行きとは違い、妙な胸騒ぎを覚えた桜井は寝ることなど出来ずにいた。
~~
桜井達が去ってから数時間後。エスポワール戦隊基地の駐車場には何台もの車が到来しており、同時に天井のカメラに取り付けられていた自動小銃が火を噴いていた。けたたましくアラート音が鳴り響く。
『侵入者発見! 戦闘配備!』
「ガハハハ!! ここがアイツらの基地か!!」
続々と車から飛び出して来たのは、灰色の表皮を纏った怪人達だった。駐車場内に羽根が舞ったかと思えば、自動小銃ごとカメラが切り落とされていた。
「ヤサが分かったんだ。今度はこっちから行かせて貰うぜ。野郎ども! 親父の弔い合戦だ! 中田の救出も忘れんじゃねぇぞ!!」
応! と号令が響く。大坊との戦いから生還した豊島の怪人化後の姿は、一回り大きくなっていた。突入して来た怪人達の中には、槍蜂や前『ジャ・アーク』の姿もあった。
アラートが鳴ってから、僅かして駐車場内には隊員達が駆けつけて来た。いずれも量産型のブラックスーツであり、カラード達は少ない。
「貴様ら、どうやってここを!」
「地獄でじっくり考えろや!」
バイソン型の大柄な怪人が、車を巻き込みながら突進した。壁と車には挟まれた隊員達は腹部を圧迫され、肋骨が皮膚を突き破り、あるいは口から夥しい量の血や臓器を吐き出しながら絶命した。
隊員達が恐怖に襲われそうになったが、全員のスーツに電流が走る。闘争心や怒りが刺激され、恐れ知らずの勇猛さを手に入れた彼らは叫ぶ。
「掛かれ! 悪党に打ち勝ってこそのヒーローだ!!」
「やれやれ、戦場に赴いた兵士達に麻薬を打ち込むのと何が違うんでしょうかね? 偽りの勇気、私が解いてあげますよ」
電気クラゲ型の怪人が触手を振り回す。変幻自在に動く職種に触れた者達に流されたのは焼き殺す為の高圧電流ではなく、むしろ強化外骨格によって歪められた意思を正常化させる為の物であり。
「え。え?」
突如として、命の遣り取りに放り出された市民が自力で勇気を奮い立たせられる訳もなく。恐怖に顔を歪めながら、怪人や味方の流れ弾によって絶命していく。だが、怪人達も無傷と言う訳には行かず、幾つもの死体が積み重なっていた。
ここは戦場である。誰もが憎悪と敵意を掲げて殺し合う場であり、英雄が燦然と輝くシチュエーションは用意されていない。




