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矛盾 3


「起きて、着いた」


 七海に揺すられて目を覚ました。アイマスクを外されたので、周囲を見渡す。車は駐車場に止められており、現役時代に大坊が使っていたバイク『レッドチェイサー』の改良版が何台も停められていた。


「レッドチェイサー……の改良版かな?」

「あまりジロジロと周囲を見ないで」


 天井の方に視線を向けてみれば、自動小銃が取り付けられた監視カメラが何基も設置されていた。恐る恐る、富良野が尋ねた。


「あの。アレって、威嚇用ですよね?」

「認証のプロセスを踏まないで、侵入した者に対して警告なしで発砲される」

「ヒーローの基地って言うよりかは、マフィアとか悪の組織のアジトって感じですね……」


 人物の識別機能も付いているのか、自動小銃の銃口は全て彼女らに向けられていた。七海は『付いてきて』とだけ言うと、ズンズン進んで行く。


「美樹。行くよ」

「て、手を引っ張って下さい」


 冷たい暴力が存在している空間では委縮し切っていた。桜井は、彼女の手を掴んで七海の後を付いて行く。手のひら越しに伝わる体温が、ジンワリと心身を暖めてくれる様な気がした。


~~


 駐車場の物々しい雰囲気とは裏腹に、基地内は静かな物だった。幾つもの扉が並んでいたが、音すら漏れて来ない。偶に隊員とすれ違っても会釈されるだけだった。


「静かですね」

「騒いだり、談笑したりする場所は別に設けている」


 自分達が寄れることは無いのだろうなと思った。廊下にも等間隔でカメラが設置されていた。こちらの方には自動小銃こそ取り付けられていなかったが、何かしらの機材が取り付けられていた。


「アレは何ですか?」

「知らなくていい」


 自分達との会話には興味が無いのか。胸が詰まりそうになる沈黙の中、彼女はとある扉の前でピタリと足を止めた。


「もしかして、ここが中田君の?」

「そう。面会時間に制限は無いけれど、会話や様子は記録させて貰う」

「分かった」


 通された部屋はビジネスホテルの一室の様だった。豪華ではないが、文化的な生活をするには十分な設備が整っている。ベッドに腰掛けていた中田は、桜井達にヒラヒラと手を振っていた。


「よっ」

「中田君。無事だったのね」

「まぁな。意外と丁重にもてなしてくれて驚いたよ」

「ハト教の窮地を救った立役者ですからね。ここに来た後には、何があったんですか?」

「何処まで話して良いか分からねぇけれど、アレから何があったかっつーとな」


 ハト教を連れ出された中田は、桜井と同じ様にアイマスクと耳栓を付けられて、車に乗せられたという。基地に到着した彼は、大坊の部屋へと連れて来られて事情聴取をされたという。


「何を話したの?」

「播磨について何か知っていることは無いかって。隣に、ピンク色っぽい強化外骨格(スーツ)を装着した隊員もいたな」

「中田さんはなんて答えんですか?」

「知っていることは殆ど無いって。アイツ、食堂に飯を食いに来たり喋ったりすることはあったけれどよ。プライベートとか自分のことは殆ど話さなかったから」


 介護施設の方に様子を見に来ることはあったし、軽口を叩くこともあったが、じっくりと話したことは一度たりとも無かった。何時も笑顔を浮かべている飄々とした人物。と言うのが、桜井の印象だった。


「私も会ったことはありますけれど、ヘラヘラしている人。って印象しかありませんでしたね」

「ああいう奴程、何を考えているか分からねぇんだよな。他には、お前もヒーローにならないか? って勧誘されたな」

「どういうこと?」

「いや、ハト教でアンタらや皆を助けたことに関しては、やっぱり感謝はしているらしくてな。ヒーローになるか、ヤクザ稼業から身を引けとは言われたな」

「え? ハト教に居たのは、身を引く為じゃ?」

「潜入調査で来ていたんだよ。いや、こんなことになるのは全く予想外だったけれどよ」


 あまりにも馴染んでいたので、スパイだとは思えなかった。実際に皆を助ける為に動いていたことも考えれば、ヒーローと敵対する者とは思い難い。


「中田君は、もしも釈放されたらどうするの?」

「……組織に戻るべきだろうが、正直に言うと。稚内やハト教にいた隊員達と交流した以上は、戦いたくはねぇと思っている。でも、残してきた奴らを裏切るような真似もしたくねぇ」


 狭間に立つ人間の苦悩があった。自分が所属していた組織の人間達の事は裏切れないが、敵対するにはエスポワール戦隊の隊員達と交流を育みすぎた。

 両者の事を考えられる優しさは美徳であるが、殺し合いを行う上では邪魔なものでしかなかった。


「皆が、同じ様な考えに思い当ってくれれば、殺し合いとかもする必要は無くなるのにね」

「無理だろうな。既に、お互いが傷つけ合いすぎている。今更、和解なんて出来る気もしねぇよ」


 どれだけの血が流れて来たのか。殴り合えば友情が結ばれる訳もなく、生まれたのは憎悪と殺意と死体だけだった。皇に蠢く情勢の前には、桜井達の抱いた感傷はあまりにも小さかった。


「このまま、釈放されて一般人に戻るのが一番良いのかもしれませんね」

「するつもりもねぇ。けれど、この会話を聞かれているんなら釈放される事もないだろうな。俺は暫く休暇と思って楽しんて置くよ、飯にも困らねぇしな」

「ご飯だけ食べて寝転がっていると太るよ。マジで」


 実体験を伴った桜井の忠言は迫真だった。会話に一区切りついたタイミングを見計らったのか、七海が入って来た。


「二人共。リーダーが帰って来た。付いて来て」

「リーダーが?」


 頷いた。彼女らの許可を取らないまま、七海はズンズンと進んで行く。桜井達はついて行くかどうか一瞬躊躇ったが、意を決した様に言った。


「美樹。一緒に行こう」

「……はい!」


 中田の部屋を出た二人は、速足で進んで行く七海の後を付いて行った。


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